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敗者達とネロ  作者:
10章 血
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57話 狂い咲き

 拡声器を通した声が聞こえた。ホテルの外からだろうか。発言者は自分が警察の人間であると名乗ったようだが、こもった声のせいで完全には聞き取れなかった。投降、人質といった言葉が発せられると共に、それに対して大声で威圧する者もいる。喉を潰す勢いで叫ぶが、何を言っているのかロットロンにはわからない。

 虎目石の会と警察の駆け引きが始まった。ホテルの従業員を人質に取られ、警察は介入を妨害されている。本気になった虎目石の会は骨の髄まで狂っている。

 音の抜けが悪いわりには大音量がよく響く。カーテンの裏で窓が開いているらしい。前日に続いて今日も換気が躊躇われる程度に肌寒い。血がたぎって玉の汗を流すロットロンだが、戦いの最中に冷えた外気を取り込んだり、硝煙を逃がそうとはしない。

「窓を閉めてくれ。廊下の音が聞こえねえ」

 バッツはすぐに動いた。速足で、しかし、拳銃を下したまま窓を閉めに行った。

 ロットロンが反射的に弾幕を張った目の前で、ベッドの陰からの銃撃がバッツを襲った。

「俺に会いに来たかよ、リド!」

 低姿勢のまま、リドはベッドを盾にしている。その突撃銃を避けるようとしたロットロンはバスルームの入口に身を隠し、適宜応射した。

 双方がバスルームか客室の奥に押し込まれ、動きを制限された。リドは傍らに倒れているバッツに頓着しておらず、ロットロンの目にもバッツが生きているようには見えない。

「おい、ボルガスも部下も守れなかった雑魚が一人で俺を殺しに来たぜ! いよいよ虎目石もカスしか残ってねえと見える!」

 膠着状態を破るのは心理戦だ。用いるのはロットロン流の品のないやり方だが。

「でもな、おまえらがこんな所まで来てくれて、俺の働きは最高に報われた。カートライトは攻めの気概がなかった。テイザーは違った。てめえの本懐を心得ていた。おい、俺が何を言おうとしてるか、当ててみやがれ!」

 外の騒音と銃声が止まっていても、声を張らずにはいられない。ロットロンは秘密を暴露する快感に酔っている。

 リドは何も答えない。ただ時折、ロットロンを動きを窺う。まるで感情を煮詰めすぎてできたような得体の知れないものを視線に乗せて寄越す。

「俺がエルボーの分隊の情報を流したのさ! するとどうだ? 見りゃわかるだろう!」

 テイザーは消える寸前だった戦火を復活させた。しかも、このホテルにまで攻撃が及んだことはロットロンにとって望外の喜びだった。尻すぼみの戦争にまるっきり満足していなかったのだから。

「素敵だぜ、テイザー会長! おい、リド! 俺をテイザーに推薦しやがれ! ハハッ!」

「だったらツラ出せ!」

 リドが言い終えるより先に手榴弾を投げた。エルボー軍製の炸薬の瓶詰めを。

 ロットロンは浴槽に倒れ込む勢いで身を隠すと、襟足がひりつくような爆発音が起きた。破片による怪我はない。しかし、逃げ場のない場所まで完全に追い込まれた。この直後に起こることがわかる。ついに自分と死が結びついた。

 ロットロンは突撃銃を捨てた。俺は弾に嫌われている。そう呟く。ロットロンが撃つ弾は相手に当たらず、また、ロットロンを狙う弾も当たりしない。

 ナイフを手にバスルームを飛び出し、今まさに敵を仕留めようとするリドに切りかかった。熱い銃身を払い除ける手に発砲の衝撃が伝わる。刺突が喉に届く前にリドが左半身を引き、同時に反撃した。ロットロンの肋骨の隙間にナイフを押し込んだ。

 ロットロンのナイフはまたも空を切ったが、リドのナイフは肋骨を割るような力業でロットロンを圧倒した。もつれて倒れる二人。傷は致命的な域にまで広がった。それがロットロンに好機をもたらした。リドが舌打ちした。これだけ荒々しく肋骨に食い込んだナイフを抜くのは難しい。だが、すでにロットロンの手からもナイフが滑り落ちていた。

 ついにリドに一撃を加えた。リドの左目に親指を突っ込み、ねじ込んだ。悲鳴を噛み殺すリドに手首を掴まれる。リドはロットロンの手を剥がそうとせず、隠し持っていたハンマーを振り上げた。その先端が緩く尖っている。

 一撃目、二撃目と顔面を潰されながら、そいつで窓ガラスを割って入ったな、とロットロンは当たりをつけた。全身の力が抜け、肉体はもはや失われたものとなった。冴えた意識だけが残り、それが潰えるのを静かに待った。



 **



 リドは立ち上がり、ロットロンを見下ろした。不均衡になった視力と疲労のせいで眩暈がする。軽い吐き気もする。呼吸も辛い。加齢で視力が落ち、耳朶を綺麗に切り取られたせいで眼鏡をかけられないリドにとって、左目の喪失は痛手だ。

 ロットロンは殴られながらも、腕を防御に使わなかった。リドを傷つけることに全力を注いでいた。鼻血で落ちていなければ、なんらかのドラッグがロットロンの鼻の穴を縁取っていたのかもしれない。痛覚の鈍麻、病的な高揚感は、恐怖を克服したり、殺し合いを性行為感覚で楽しんだりするために必要だったのだろうか。

 リドは突撃銃とロットロンのナイフを拾い、武装を整える。廊下での戦闘は続いているはずだが、兵隊達は銃声と爆発音に反応しなかった。そして、廊下から物音が伝わってこない。ドアに頭をつけて音を探る頃には確信を得た。

 廊下で戦っている者は一人もいなかった。立っている者すらいなかった。東階段で激しい攻防が行われたことを死者達が物語っている。虎目石の会の深紅色の腕章をつけた死体があった。階段に転がる家具と死体を越えて三階に辿り着き、手榴弾で自爆したようだ。死体と壁に相当な破片の痕跡があり、ここで爆発した手榴弾の数は一、二個ではない。瓶の破片まで散らばっていることから、エルボー軍が自滅した可能性もある。ここは自滅と玉砕の跡だ。

 あまりに静かだった。ホテルの中も外も。リド以外の誰もがここでの役割を終えて去っていったかのように。

 リドは敵に注意しつつも死体を見て回った。片目の視力で損傷した死体を念入りに確認していくのは心もとなかった。こういう状況では臆病風に吹かれた者が潜んでいるに違いなく、自棄を起こして攻撃してくるかもしれない。

 テイザーの死体はない。

 俺は何をしている。何を望んでいる。どうしてこんな人間になった。自分に問うた。ここで生き延びても、逮捕されて二度と出られない塀の中に行くだけだ。

 ヴェレンに恩義を感じている。虎目石の会の先代達が築いた栄光に傷をつけたテイザーは死ぬべきだ。それが道理だ。にもかかわらずリドは失望している。矜持に殉ずるといえば箔が付くが、本質はしがらみだ。ヴェレンやジャルに使い潰されるためにリドはここにいる。

 特攻の兵隊を跨いでガラス交じりの絨毯を踏む。テイザーを探して階段を下る。

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