53話 破滅へ
テイザーは、手榴弾の爆発で生じた熱気と悪臭の中を進む。二人の敵が血まみれで倒れている。肌がまっさらな部位はない。特に、手榴弾の破片と臓物で波打った腹の損傷は凄まじかった。手榴弾の威力は信頼に足るものだ。
二階の制圧は、班を前衛と後衛に分けて行う。前衛が進路を作り、後衛は前衛の背中を狙った客室からの奇襲を防ぐ。客室の配置は南側に集中しており、常に左右からの攻撃に晒されるわけではない。
前方の客室のドアが激しく開かれた。敵がドアの盾から拳銃を握った手を覗かせ、闇雲な威嚇射撃を行おうとしている。先制したのはテイザー達だった。ドアの開放による隙が、テイザー達に十分に対応する余裕を与えた。弾幕に怯えた敵は反撃せずに手とドアを引っ込めた。
テイザーの背後で銃撃戦が起きた。消音機を介した銃声とそうでない銃声が入り混じる。後衛が閉じた客室のドア越しにに弾丸を室内へと撃ち込む。だが、銃撃戦は弾と時間を浪費するので、避けるべきだ。
「手榴弾!」
兵隊はテイザーの指示に素早く反応した。ボロボロになったドアを蹴破り、室内に手榴弾を放ってからドアから身を引いた。爆発音がテイザーの耳をつんざく。耳を塞ぐ余裕はない。いつどこから攻撃されるかわからず、突撃銃を握っていた。
「二一号室、全員死んでます!」
「何人だ」
「二人です!」
威嚇を試みた敵が籠城している部屋は二二号室。無視できないが、攻めれば銃撃戦になる。廊下で足を止めるような命取りがあってはならない。しかし、実際にはテイザー達の足は止まりかけている。敵兵の数も配置も不明。もし、三階の敵が加勢してくれば階段を塞がれ、退路を失うかもしれない。
「二二を通過する! 後衛、敵の弾を通すな!」
前衛と後衛が合流し、二二号室を通過した。ホテルの中央に位置する東階段に差しかかった。一階の制圧にあたった二班が下の踊り場で待機していた。数は五人。班長がテイザーに頷いた。
前衛は上の踊り場から死角になる位置で足を止め、上階と前後からの攻撃に備える。
階段の上から瓶が投げ落とされた。それに生えた導火線を伝う微妙な火の動きが、テイザーの目にはっきりと見えた。瓶は壁に弾かれ、テイザー達の左隣に落ちた。手榴弾で殺した敵の意趣返し。そんな考えがよぎった。
テイザーは階段に身を投げた。二班の兵隊に受け止められ、それに続いた兵隊がテイザー達を押し潰した。瓶の破裂を回避したが、眼鏡が少し歪んだ。
即座に二班の班長が手榴弾で反撃した。追撃に出た敵を牽制し、おそらく、逃げそびれた味方が巻き込まれた。
テイザーは兵隊を押し退けながら一班の被害を確認する。助かったのはテイザーを含めた六人。一人は足を負傷している。
踊り場に追いやられた。地の利は敵にある。死なないことを目的とするなら一階への後退が最善策だ。
しかし、警察の武力介入が迫っている。いまや抗争の責任を糾弾する大衆の声は警察に向かっている。辛酸を舐めてきた警察は虎目石の会を切り捨てる。
「二班は先行して、上の奴らを止めろ。手榴弾をうまく使え」
次に、一班から二人指名する。
「二二の敵を潰してこい。二〇秒やる」
指名された二人が「はい」と答え、上階を見上げた。
「一班は二階の敵を皆殺しだ」
各々の反応の中に生返事が混じる。
「前進」
二班が階段を駆け上がる。そのまま踊り場を目指して突貫した。怒号を銃声がかき消し、銃声は爆発音に埋もれた。一班が得た猶予は短い。
一班も二階へ上がった。死体や薬莢、手榴弾の破片で散らかった壁際に陣取る。これより階段の東方面、倉庫と二三号から二五号室の四部屋を攻める。
テイザーは「あれは殺すな」と指示した。負傷した敵が廊下を這っている。血の跡を引きながら、仲間の元を目指す。それを呼ぶ声は励ましというより懇願に近く、感情的だ。時折、這う敵の頭上を弾丸が飛ぶ。
テイザーは自らの忍耐力と判断力を信じ、死にぞこないを待った。狭い廊下に死体を作って足元を悪くしたくない。
逃げ切った敵が二三号室に引きずり込まれた直後、ドアから縦に並んだ二丁の短機関銃が攻撃してくる。敵もこちらの弾を恐れている。目視がおざなりで、狙いが甘い。
「手榴弾。あいつらの後ろに落とせ」
兵隊が投擲する。それに気付いた敵がドアを閉めた。テイザーは爆発を確認し、白煙が舞う廊下に飛び出した。
「前進! 続け!」
二四号室が開いた。そのドアノブをテイザーは掴んだ。一気に引き寄せ、唖然としていた敵を射殺した。そして、二四号室に手榴弾を放り込んだ。ドアを盾にし、二五号室に向けて引き金を絞った。二四号室から逃げ出した敵が弾幕を突っ込み、続けざまに手榴弾の破片をくらった。
「二三と倉庫を押さえろ!」
倉庫と二三号室が処理されるのを確認しようとし、テイザーは味方が誤射された瞬間を目の当たりにした。それも、撃った兵隊は正気をなくし、強い目で敵を見据えて発砲し続ける。危険を感じたテイザーは二四号室に駆け込んだ。出くわした敵に掃射を浴びせてた。テイザーに追従する兵隊がドアを閉めた。
弾倉を交換する。予備の拳銃も不具合は見られない。手持ちの手榴弾は一個。兵隊は二人。
テイザーは誰にも気取られないように深呼吸した。加齢と突撃銃を抱えて走り回る負担を考えれば、よく耐えている。射撃の反動のせいか手が少し震えた。
「武器の消耗はどうだ」
小さな声ではっきりしない報告が返ってきた。消耗するのは武器だけではない。先程の狂気に陥った兵隊の暴走が頭をよぎる。どやしつけると、兵隊達は困惑した様子で万全であると報告した。
廊下で大声を出す者がいる。代わりに銃声が止んでいた。テイザーがドアをわずかに開けて、声を拾う。
「早くしろ! こいつを殺すぞ!」
その声は不自然に遠く、くぐもって聞こえた。テイザーはこの時初めて、聴覚の異常を自覚した。
二五号室の中から拘束されたエバンスの上半身と、それを狙う拳銃が突き出ていた。横たわったエバンスによってドアが塞がれている。犠牲を受け入れるのなら、手榴弾で確実に敵を殲滅できる。
「問題ない」
取り回しの悪い突撃銃を負い紐に預け、拳銃でドアの隙間から仕掛ける。偶然にもエバンスを狙っていた拳銃を弾き飛ばし、隣室の敵に気付かなかった頓馬が二五室に引っ込んだ。攻撃の機会は思いがけず早く訪れた。
「前進」
手榴弾に手をかける。
「やれぇ! 撃て!」
いつ頃だっただろうか。エバンスが喉風邪をこじらせた、あの時と同じ声がした。まだ声変りしていなかったはずのエバンスの掠れた声が。
育ててきた存在を自らの手で消し去ろうと決めた時、自分の人生を清算しているのだと悟った。テイザーは今、最期の淵にいる。
その諦念を肯定するかのように、室内からあの瓶が飛んできた。テイザーも正確な投擲で応じた。




