46話 肥大
テレビは通信販売の宣伝番組を映していた。それを眺めていたのはベッドでくつろぐバッツだった。ネロならどれだけ暇を持て余しても、そんな番組は観ない。自室に戻ったネロをバッツが一瞥で迎えた。部屋を共用していながら、二人は相手に対して興味を示さなかった。無関心が平穏に過ごすための不文律だった。
だが、他の者はバッツへの関心が尽きないようで、エルボー軍に参加して日の浅い若者が挙げた手柄に注目が集まった。ネロが拳銃の掃除をしている時、バッツはエバンスを拉致するという大仕事に当たっていた。その成功を高く評価され、休暇と特別で上等な夕食を与えられた。
おかげで、ネロも少しばかりの楽しい体験を得られたので、バッツを讃えてやるのも悪くない気分だった。もちろん、労いの言葉をかけるつもりは毛頭なかったが。
番組はキャンプ用品を宣伝している。画面が切り替わり、晴れやかな空と芝生に包まれ、微笑みあう家族が映し出された。母親に扮したモデルが胸に抱えた赤ん坊に話しかけ、父親役は折りたたみ式のテーブルを組み立てる。それを目にしたネロの中で、突如言い表しがたい感情が湧き起こった。肺の中身がせり上がってきたような衝撃を受け、声を上げそうになる。見てはいけないものを目の当たりにしてしまった のだ。自分を何事も成すことのできない無力な人間に変わってしまう予感がした。
忌まわしい過去とて忘れていたわけではない。しかし、常に意識の中にあったわけでもない。ただ確かに、ネロの内でわだかまっていた。今や、その身を揺るがすまでに肥大した記憶にネロは戦慄した。
神経質になっている。エバンスに会ったからであり、そして、カートライトのせいでもあった。
このままではいけない。憎いものと蔑視しているもののことを考えようと努めた。それだというのに、 行き当たった先はエンジュリーアの汚された寝顔だった。
ネロはテレビに襲いかかり、枕で殴打した。テレビが黙るまで、この狂った行為を狂わないために繰り返し、最後にテレビと並んで床で眠った。
いつの間にかバッツは部屋を去っていた。
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急遽、朝食前に招集がかかり、三人部屋に十を超える数の兵隊が集まった。屹立する彼らに囲まれる形でソファを陣取るカートライトはエルボー軍の支配者らしく悠然としていた。肘掛に頬杖を突き、足を組んでいる。彼の横顔は何も語ってはいなかった。周囲の物々しさに頓着している様子はない。
ソファの傍らに配置していた副官が全員の集合を確認した。ざわめきが消えたわずかな合間にカートライトが口を開いた。
「昨日、第二分隊が襲撃を受け、壊滅した」
首を動かす、鼻を擦る、踵の位置を変えるなど、兵隊の反応はささやかだった。だが、それらが動揺の証に違いないと察したネロは事態の重大さをなんとなく理解した。
「詳細は伝わってきていないが、死体の数が足りない。一人拉致された可能性がある。情報漏洩と虎目石の攻撃に備えて、我々も警戒を強める」
カートライトは、外部との接触の制限と見張り役の増員を宣言し、この場を解散とした。
このホテルを放棄するのではないかという憶測や、第三分隊の安否を危ぶむ声が聞かれた。何もかもがネロにとっては他人事だった。自分がこの場にいる理由に思いを巡らす。結局、テイザーへの報復とエンジュリーアの庇護という動機でギャングの小競り合いに付き合うことを再確認した。




