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敗者達とネロ  作者:
8章 舞台袖
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45話 倒錯

 ネロは部屋に入る前に仕事の説明を受けた。兵隊から鉄製の棒を受け取り、多少の暴行は問題ないと耳打ちされた。だが、兵隊は「医者が必要になるような怪我は駄目だ」と付け加えた。

 いくつかの投光機が不穏に変貌した客室を照らし、壁と天井と床が鈍色のシートで覆われていた。室内灯が消えており、カーテンは開いていない。光が集中する位置に男が座っていた。椅子に四肢を拘束され、麻袋を被っている。ネロは舞台俳優さながらの緊張と高揚で入室する足がはやるのを感じた。

 撮影の準備は完了していた。三脚付きの大袈裟なカメラに、天井から向けられたガンマイク。映画撮影にも対応できそうな機材が揃っていた。それらが男を囲んでいる。

 撮影係がネロに頷いた。始めろ、ということだろうか。撮影係が自分の頭頂部の髪を引き抜くような動作をした。その背後にカートライトがいる。

 ネロはカメラの前に進み、男の麻袋を外した。エバンスは振り返った先にいるネロを目にし、瞼と鼻の穴を開いて驚愕を示した。口にタオルを噛ませてある。小汚い髭が少々長くなっている。エバンスが髭を伸ばすようになったのは二十歳の頃からだ。

「なあ、エバンス。タオルなんかしゃぶって、うまいか?」

 エバンスは目の前にガズウィスがいると認識しているようだ。髪の色と形を変えてしまったので、ガズウィスだとわからないのではないかとネロは予想していたが、杞憂に終わった。

「まだしゃぶり足りない? どうなんだ? それとも俺と話がしたいか?」

 火がついたようにがなり出したエバンス。

「倒錯していなくて安心したよ」

 タオルを下にずらしてやるネロ。

「こんな所で……こんな所で何してやがる!」

 手に付いた湿り気をエバンスの肩で拭う。

「兄貴の顔に見に来た」

「商会に寝返ったんだろ、死に損ない!」

「何だって?」

「親父に命拾ってもらったんだろうが!」

 はやくもネロは目的を達成してしまった。はからずも、エバンスはガズウィスの生存を証言した。カメラの下から撮影係 のにやけた口が覗いている。

 力任せにエバンスを椅子ごと引き倒した。少し遊んでみたい気分になったのだ。腰と膝を折った姿勢で転がったエバンスを見て、ネロは思い出したことがある。

「昔、俺にケインの自転車を盗ませたことがあったな。俺が自転車に乗れないのを知った上で」

「……知らねえぞ、んなこと」

「すぐに捕まっちまった。ケインと奴の仲間に袋叩きにされた。……連中に加わって、一番しつこく蹴ったのはおまえだったよな。しつけとかほざいて」

「知らねえ!」

「あの頃はおまえの頭の中がどうなってんのか理解できなかった。でも、今はよくわかる。俺も同じことをしてみたいと思う」

 エバンスの脇腹を踏む。じわじわと力を込めていく。身じろぎするその肩を鉄棒で打った。

「おい、こいつをケツに突っ込んでみるか? 虎目石とも縁が切れるぜ」

 犬歯を剥いで吠えた負け犬。

「殺す!」

「はあ!? 誰が誰を殺すんだよ!」

 鉄棒を振り下ろす。搾り出すような喘ぎ声を止めるために、もう一度。

「どうやって殺すんだよ!」

「やれるもんならやってみろよ! 腰抜けなんだよ、おまえは! 昔から! 殺してみやがれ!」

 やかましい口に鉄棒の先端を捻じ込む。それが歯茎を擦って派手にぶれた。歯の凹凸の感触がいちいち不快だ。

 唐突に動きを封じられた。ネロは数人の手で無理矢理エバンスから引き離された。自由の利かない腕で鉄棒をエバンスめがけて投げたつもりだったが、足元を転がるのみだった。

「殺してみろよ!」

 部屋から引きずり出される前に言い放つ。感情が高ぶるがままに。

「ああ、殺してやるよ! テイザーも一緒に殺してやる!」

 廊下に連れ出され、ドアで隔てられても、エバンスを蹂躙する手段を探していた。カートライトに顔を張られても、みぞおちに一撃くらうまでネロはエバンスに夢中だった。一気に血の気が引いたネロは痛みに悶えつつも、自分の見苦しさを自覚できるようになった。

「よくやった。部屋に戻れ」

 ネロは無言で指示に従った。頭の中の混沌は去り、新たに呆然が居座った。

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