43話 冷血
「俺が商会の人間を騙っていた理由を思い出してみな」
「虎目石に投降した者に屈辱を与えるためだ」
「そう。悪意が俺の動機だ」
「その矛先はテイザーに向いているのか?」
カートライトの問いは、ネロの無自覚だった本心を引き出した。ネロはそれを言葉に置き換えて語った。
「的の中心には奴がいる。でも、俺は的を撃ち抜きたいんじゃない。粉々に吹き飛ばしたいんだ。中心も端もありはしないんだよ」
「春の狂気だね」
ネロは何を言われたのかわからなかったが、意味ありげに笑ってみせた。
「君とテイザーは血縁関係ではないそうだね。そのせいでつらい体験をしてきたと聞いている」
だがしかし、と付け加え、カートライトが言葉を区切った。ネロの反応を見ている。影が落ちた瞼の下で硬そうな眼球が光を返している。
「テイザーが君に温情を示したのではないかと、僕は推測している。人々の認識に反して、ガズウィスは生存していた」
頭を殴られたような揺らぎで視界が一瞬遠のいた。怒りが湧き起こった。ネロ自身が否定されたと感じた。
「自動車を爆発させて、どうでもいい堅気を吹き飛ばした男がなけなしの慈悲で俺を生かしたって? だとすれば、人々の認識通り、エンジュリーアはあんたらに吹き飛ばされたのか?」
テイザーは無情な男だ。それは血筋や間柄がどうという理屈ではなく、人間に対する基本的な姿勢にすぎない。だからこそ、カートライトと刑事が主張する堅気殺しと謀略が現実味を持つ。
「利用価値を見出されたがためにガズウィスが生かされたとは考えにくい。僕は容易く君に接触できた。 テイザーが君に注意を払っていなかったからだ。誰もが君に無関心だった」
腑に落ちないのはネロも同感だった。カートライトが反攻の切り札としてネロを使えば、テイザーの失策は途方もなく大きな代償で贖われるだろう。
「なぜ、君は死んでいない?」
「ネロ・ソネットにされたからだ。それ以外の理由を知らない」
「理不尽な理由だ」
「そうさ」
「その恨みを、このエルボー軍で晴らすといい」
死にぞこなった負け犬の集まりが軍を名乗るとは、失笑ものだ。
「良い軍隊だ。大将が思慮深い」
「同情しているんだよ。例えば……君は中等学校で事件に巻き込まれたことがあるね」
鼓動が跳ねた。肌の裏側で血が冷め、筋肉を強張らせた。
「保護者の要請で打ち切られてしまったとはいえ、カウンセリングを受ける程に打ちのめされたのだろ。それに関係した一連の体験が、君の精神に深い傷を残した」
ネロは握ったカップを投げた。カートライトの肩が濡れ、カップがソファーの上で倒れた。
バスルームから警棒で武装した男が二人飛び出してきた。その襲撃を呆然と目で追いながら、ネロは打ちのめされる自分を想像した。
「タオルを持ってきてくれ」
攻撃の意思を狩られた襲撃者達。その一人がカートライトに従い、バスルームに引き返した。
「冷えた茶でもてなしたことを詫びなければ。僕達も慣れていないことが多いのでね」
カートライトは受け取ったタオルで顔に散った飛沫を抜き取る。
ネロは、この男を敵に回す日が来ると予感した。カートライトはテイザーに近しい人種だと理解したからだ。




