41話 ネロの声
エンジュリーアの両手が触れ、ネロの頭が捕らえられる。頭蓋骨にそって炎症が広がっていく。
ネロの声でエンジュリーアが囁く。テイザーを殺せ。
だが、このまま死んでしまうのはネロに違いない。それを拒むと、ネロはナイフでエンジュリーアの腹を刺した。
すると、目の前にいたのはネロだった。エンジュリーアはネロにされてしまい、つまりネロはエンジュリーアになってしまっていた。 長く、赤い髪を生やしていた。エンジュリーアとガズウィスの赤い髪。
このままでは炎症はエンジュリーアを殺すだろう。そしてやはり、ネロの声が囁くのだ。テイザーを殺せ、と。
テイザーを殺せば、エンジュリーアもネロも殺されることはない。
空と扉が遠ざかっていく。コンクリートの地面を引きずられたネロは、抵抗の甲斐なく投棄された。
墜落した地面から天井を仰ぎ見た時、そこに留まり続けていた自分を知った。
意識が戻ると同時にベッドからずり落ちたネロは、床を踏みしめることもできない足で駆け出した。額が窓ガラスに激突し、また倒れ込んだ。そのままどこが痛むのかをじっくりと感じ取り、自分が狂っていないことも確認した。だが、以前殺したドラッグの売人とその客達の仲間入りをしたような惨めな気持ちになった。
時計を見る。ちょうど頃合だ。もし、余計なことを考える時間はないと言われているのなら、その通りだ。
水を二杯飲み、あの刑事に指定された時間と番号に電話をかける。
「ネロ・ソネットだ」
自分の声に肝を冷やす。死人が喋ればこんな声だろうか。
「間違い電話だ」
何か言い返す前に切られた。もう一度同じ番号にかける。
「ネロ・ソネットだ」
「中指通りの一番北の駐車場に一時間以内に来い」
「場所がわからないんだが」
電話を切られた。ネロは長く、深いため息をつく。
自分のために下した決断だ。他の誰のためでもない。
タクシーに行き先だけを伝えて、ぼんやりしている内に駐車場に着いていた。一時間以内に来いと言われたが、時間も交通費もネロの予想を超える距離で、遅刻した。タクシーの料金を請求したら、あの刑事は応じるだろうか。
時間に遅れたにもかかわらず、ネロは待たされた。もっとも、先に待たされたのは相手で、痺れを切らして帰ったと考えた方が合点がいく。
出直すべきかと考え始めると、ネロの前で車が止まった。盗まれたら持ち主でも二度と判別できないような平凡な外観だ。後部座席に乗り込むと運転手を含めて二人の男がいた。隣の男は明らかに寝起きの顔だった。厳しい抵抗活動で疲れ切っているのかもしれないが、仲間の士気を下げてしまいそうな間抜け面だ。
車が発進する。加速もハンドル操作も穏やかで、丁寧な運転だ。こんな運転をする奴は堅気の仕事をしたらいいとネロは思う。ギミィについても同じだ。
車は十分も経たない内にアベルタ地区に入った。誰も一言も発しないので、車だけががなっていた。




