34話 足跡
リドは受話器を握りなおし、エバンスに電話をかけた。電話番は何も答えず、素早くエバンスに繋いだ。
「ロットロンが浮浪者と一緒にリーエン地区を出ようとしている。このことを境を見張ってる奴ら全員に伝えろ。ボンドも共犯だ」
「本気ですか」
「当然だ。逃げられたら、おまえが責任を問われるぞ。わかってるのか」
エバンスも緊張感を持っている。同時に嘘であって欲しいという不安を覗かせた。リドも同感だ。
「すぐに伝えます。切ります」
リドは公衆電話を離れ、公園に戻った。警官を強引に振り切って車を出した。公園から最短距離でアベルタ地区を目指す。
警察は検問を敷いているのだろうか。今の所は車の流れに滞りはない。
サイレンの音が聞えた。リドはミラー越しに警察車両を確認した。幸いにも速度超過を取り締まる余裕はなさそうだ。リドは車線を変えて道を警察車両に譲った。一秒程度の間、並走し、警察車両は右折した。
ロットロンの移動手段が予測できない。せめてジェイルの死亡推定時刻を刑事から聞き出していれば、公園を発った時間は推測できたかもしれない。ボンドを連れ立っているのなら、少しは目立つのだが。
駐車している警察車両の近くに人が集まっている。その中心で二人の警官が流血し、倒れている。他に警官はいない。怪我人と、それを介抱する一般人を囲むように野次馬が集まっていく。
リドは車を停めて、野次馬に加わった。人々の間を進みながら、自分なら警官を殺したらどこに逃げ込むかを考えた。だが、逃走は絶望的と言う他ない。
片方の警官は拳銃を抜いていた。安全装置が解除されている。撃ち合いになったようだ。目撃証言が得られるかもしれない。
「警官を襲ったのは誰だ。見ていた奴はいないのか」
女が叫んだ。顔を歪めて、今にも泣き出しそうだ。
「浮浪者が発砲したわ!」
「どこに逃げた」
「公営団地の方向に――」
女は涙声になり、最後まで証言できなかった。リドはすぐに立ち去り、車を公営団地に走らせた。 警察の応援が到着していなかったことは、リドにとって好機だ。それは、まだ警察もロットロンの足取りを完全に把握しきれていないことを意味する。リドは警察を追い抜き、よりロットロンに近い場所に辿り着いたのだ。
公営団地に乗り入れるや否や、リドは道路標識の足に血が付いているのを見つけた。乾いていない、手で握ったような跡だ。ロットロンも銃弾を食らっている。前方を注意深く見ると、道にわずかな血痕が残っている。
リドは車を降りた。次の血痕を探し、そのまた次の血痕を同時に見つけた。逃げ回ることで傷を深くし、痕跡を残して尚も逃げる怨敵は、もはや獲物に成り下がった。
住宅の窓から人の顔が見えた。リドに気づかれたからか、すぐにカーテンを閉めた。あの住人は、これから何が起きるのか察しているのだろう。そして、絶対に関わり合いたくないと思っている。先に、警官とロットロンの銃声を聞いているはずだ。
拳銃を抜いたリドは、浮き足立つ殺意を戒めるようにゆっくりと血痕を辿る。遠くから響くサイレンの音を聞いた。




