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敗者達とネロ  作者:
6章 長い髪のリド
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33話 影

 浮浪者が住んでいた公園を囲むように警察車両が並んでいる。警官の姿は多く目に付くが、リドが確認できた浮浪者の数は二人だけだ。すでにほとんどの浮浪者は公園を去っている。警官はボンドのテントを重点的に調べている。その中でジェイルは死んでいたのだろう。嫌な予感がする。

 リドは運転席の窓から、警備をしていた警官に声をかけた。

「ジェイル・カスプが死んだと聞いて来たのですが」

「あなたは?」

「ジェイルの上司です。リド・アローガといいます」

 リドは警官の誘導に従って車を停めた。リドが降りてくるのを私服の刑事が待っていた。見たことのない男だ。

「ご足労ありがとうございます。この人に見覚えは?」

 刑事は写真を両手で持って、ジェイルの首が写っている箇所を指で隠した。派手な裂傷を見せてリドを驚かせないための配慮だ。ジェイルの穏やかな死顔からして絞殺ではない。

「よく見せてもらえますか」

 リドは手を出して、写真を要求した。刑事は躊躇いなく写真を渡した。

 ジェイルの顔と髪は、拭った血が所々で固まっており、かなり汚れていた。喉に、ガラス片や安価な包丁で切ったとは思えない深い切り傷が一筋だけある。実に手馴れたものだ。浅い傷をいくつもつけたり、刃物を突き立てたりする素人業とは違う。深い傷をつけられたにもかかわらず、ジェイルが呼吸困難で苦しんだようには見えない。致命傷が別にあるかのもしれない。

「確かにジェイルです。苦しんだ時間が短ければ良いのですが」

「どうでしょうね」

「他に怪我は」

「まだ調べている最中ですので」

 手応えのない反応ばかり返される。口が堅い刑事だ。

「ジェイルさんが何か問題を抱えていなかったか、ご存知ではありませんか?」

「わかりません」

 リドも知らぬ存ぜぬに徹する。

「ジェイルさんがここに出入りする理由に心当たりは?」

「ありません」

 刑事はジェイルが生きた状態で公園に現れたと考えているらしい。ジェイルはここで殺されたのだ。恐らく、ボンドのテントの中で。

 相手を窺うような真似は止めだ。一秒でも時間を取り戻したくなるような事態が起きているのかもしれないのだ。

「ジェイルの遺体を見せて頂きたい。何か気がつくことがあるかも知れません」

 若干判断を鈍らせた刑事は怪訝な表情をしつつも「構いませんよ」と了承した。

 リドは刑事の案内で納体袋の前に通された。納体袋が開封されていくにつれて、写真で見た通りのジェイルの顔、続いて、リドが求めていた痕跡が現れた。ジェイルの左の脇腹は激しく出血していた。ボルガスが負った傷を否応もなく思い出させた。

「気分が悪い。すまないが、トイレで嘔吐したい」

 体調不良を装うリドに、刑事は眉をひそめた。

「……誰か同伴させましょうか?」

「いや、結構」

 不本意といわんばかりに刑事はリドを睨みつけた。やはり、この刑事には何らかの圧力がかかっている。虎目石の会員とは必要以上に係わるなと厳命されているのかもしれない。




 リドは公衆電話に入った。ドアを開ける手が力む。荒々しく受話器を引き寄せる。何かもかもがもどかしい。

「リド・アローガだ。すぐに会長に繋いでくれ」

 電話番が下がり、すぐにテイザーが電話口に現れた。

「良くない知らせか」

「ロットロンはリーエン地区から出ようとしています。浮浪者に紛れています」

「詳しく話せ」

「ジェイルは浮浪者のテントの中でロットロンに殺され、エバンスはロットロンが紛れていることを知らずに浮浪者達を追い出しました。すでにほとんどが公園を去っています。ビルダ・エヴェンガーも、ロットロンがリーエン地区からの撤退を支持していたと証言しました。こちらも直ちに行動を」

「すでに地区の境に監視体勢を敷いているだろう。打てる手は打ってあるのだ。おまえがやるべきことは冷静になることだけだ」

 その言葉は侮辱に他ならない。だが一瞬、リドは何を言われたのか理解できなかった。

「あの空き家に戻れというのですか」

「我々は警察の後手に回った」

 テイザーが喉を鳴らした。何かを飲んでいる。

「おまえの言葉が事実だとすれば、警察は我々をしのぐ捜査能力でジェイル殺しの犯人を追う。警察が捜査に着手した時点で我々は追い抜かれた。後に続くのは徒労だ」

「ではどうするのです」

「打てる手は打ったと言った。それだけだ」

 テイザーは諦めている。講じれる策があるにも係わらず、検討すら放棄している。

「今から人を増やすくらいは出来るでしょう」

 テイザーの舌打ちが聞えた。

「警察の捜査を掻い潜ってロットロンを捕らえるか? そこまでおまえ達が有能なら何故、いまだに奴を見つけられない?」

「虎目石に付けられた汚名を放っておくのか。会長ともあろう者が矜持を忘れたのか」

「矜持を欠いているのはおまえだ。復讐に囚われた痴れ者が」

 リドは驚愕と怒りに震えた。諦めろというのか。怨敵に、かつてない距離まで迫っているというのに。

「テイザー、警察相手にロットロンとビルダを交換したな」

「妄想も大概にしろ。もう終わりだ、おまえは」

「ふざけるな!」

 リドは受話器を投げつける。すでに電話は切られていた。

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