32話 矛盾
ジェイルが失踪した。リド達が気づいたのは空き家に戻った直後のことだった。公園を去る時、自分とジェイルは、それぞれ別の車に乗っている――全員がそのつもりでいて、実際にジェイルと一緒に乗った者は誰もいなかった。最後に目撃されたのは、エバンスの指示で公園を捜索した時だ。
「誰か心当たりはないのか」
ジェイルがボルガスの仇討ちに向かったことは明白だ。ならば、目的を同じとする仲間と合流するのではないかと、リドは考えた。
誰もジェイルの行方を予想できなかった。しかし、失踪を疑問視する声が挙がった。
「ジェイルがロットロンを狙ってるのは事実ですが、何も告げずに消えるとは思えません」
リドはふざけるなと言いたい気持ちを抑えた。事実、ジェイルは突然失踪したというのに。
「根拠はなんだ」
「あいつは二回もリドさんの許しを得ようとしました。筋は通す奴です」
リドは舌打ちした。
「二回話が通じなかったら、別の手を使うんじゃないか」
「……わかりませんが」
「何人か浮浪者の所に戻って、聞き込みしてこい」
適当に選ばれた四人がジェイルを探しに出た。もっとも、浮浪者達はすでに公園を去っているだろう。
他のリド以外の者は持ち場に戻った。現れもしない襲撃者を出迎えるために。
煙草をふかせば気が紛れるというわけではない。それでもリドは煙草に頼った。
何故、ジェイルの失踪を許す程に取り乱していたのか自分に問う。何が平常心を突き崩してしまったのか。
考えてみれば単純だ。今のリドを動かそうとしているものはテイザーの命令ではなく、俗な感情だ。
ロットロンへの怒りとボルガスへの罪悪感。そして、無力感。
自分の目の前でボルガスが死んだ。裏切り者のロットロンに、あり得ない状況で殺され、逃げられた。
リドは無力感を自覚した上で、恐るべきロットロンを討つという矛盾に苛まれている。
ジェイルは違う。愚直に復讐を成そうとしている。その愚直さがリドを苛立たせる。にもかかわらず、二人が抱えている感情は同じだ。ロットロンへの怒りとボルガスへの罪悪感。そしてやはり、無力感。
リドは、その愚直さを羨み、だからこそ嫌悪していたようだ。賢しく従順に振舞う自分はロットロンの足跡にも迫れないだろう。それは、この空き家に閉じ込められ、誰かの気まぐれに付き合わされることを意味する。
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ジェイルの失踪から一夜が開け、日が昇りきる前に電話が鳴った。エバンスからだ。
「ジェイルって奴、知ってますよね。そいつ、死にましたよ」
「何があった」
リドは、何か取り返しのつかないことが起きたのだと直感した。エバンスも尋常ならざるものを感じ取っているようだ。普段の軽率さを戒めたような緊張感を父親に似た冷めた声で伝えてくる。
「わかりません。あの公園で死んでたんですよ。警察はリドさんに立ち会って欲しいそうです」
「現場検証か。警察は誰が来ている」
「自分で確かめてください。そうとしか言えません。わかったことがあれば、俺に連絡してください」
「すぐにでも動けるように準備しておけ」
「そのつもりです」
リドは電話を切た。ジェイルをボルガスとロットロンの事件に関連付けることに迷いが生じた。あの事件に囚われた自分の勘を信用できない。しかし、ジェイルの目的は明確だ。
「居心地は良いか、虎目石は」
電話番をしていたギミィに話しかけた。ギミィは返事を迷っている。唐突に尋ねられれば、誰だってそうだ。本心は言いにくいものだ。
「抜けて堅気になれ。ずっとドブさらいなんてロクなもんじゃない」
「でも俺は、今日まで楽しんできたつもりです」
「そうか」
リドは煙草を消して、一杯だけ水を飲んだ。使ってもいない拳銃の弾倉を確認した。これから警察に会いに行こうというのに。




