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敗者達とネロ  作者:
6章 長い髪のリド
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31話 奇妙な顔役

 リドは車内から空を覗いていた。厚みを増した雲がこちらへと流れ込んでいる。車は浮浪者の居住地区を目指して走行している。雨が降り出すのは時間の問題だというのに。

 先頭を走るエバンスの車の窓から一瞬手が伸びた。すれ違いざまに頭を手で守った男は浮浪者だ。吸殻でも投げつけられたのだろう。浮浪者は頭を両腕で挟み、身をすくめる。後続とすれ違っても、同じ姿勢で立っていた。

 目的地がリドの視界に入った。さほど広くもない公園に四つのテントが鎮座している。そのうちの一つは他のテントよりも明らかに小さい。誰かが「鳥の巣みてえだ」と呟いた。テントの外観はシートや布の塊だが、リドの視力では細部を観察できない。

 車が止まると、ある浮浪者がベンチに並べていたタオルのような布を急いで拾い上げ、テントに逃げ込んだ。外に出ている浮浪者はいなくなった。また、別のテントの入り口が微かに動いた。住人が外を覗いているようだ。来客の度に騒動が起こるせいで車の音に警戒するようになったのだろう。

 リド達は車を降り、公園に入った。テントを近くで見れば、鳥の巣と言われるのも頷ける。思いの他、多くの素材を用いたテントだ。木材や煉瓦を組んで床を高く設けてある。雨水の浸水を防ぐための工夫だ。床が外に露出しているのは不可解だが、外壁にしたシートが小さすぎたからだろう。そのシートの裂け目から布に覆われた骨組みが覗いている。シートと布を重ねれば防寒になる。

 痩せた中年の男が一人、テントから出てきた。中からこちらを窺っていたのはこの男だろう。

「おい、リドさん以外の奴はテントと周りを探れ」

 エバンスの指示で部下達が動き出し、公園内に散らばった。それらとすれ違いながら、浮浪者の男が早足に近づいて来る。通り過ぎる部下達をいちいち横目で追っている。

 神経質な態度とは裏腹に、男は冷静に話ができた。ただし、若干の苛立ちが見て取れる。

「エバンスさん、何をしてるんですか。まだ俺達を疑うんですか」

「いつもの挨拶だよ。今日で最後にさせてもらうがな。おまえら全員、リーエン地区から出て行け」

「無茶なことを」

「他人の土地に勝手にテント張って生活してんだろ! おまえらの方が無茶だろうが!」

 リドは、この男に見覚えがある。だが、思い出せない。

「あんた、どこかで見た顔だな」

 男がまっすぐに目を合わせてきたので、リドは違和感を覚えた。自尊心が傷ついている浮浪者の視線は必ず少し逸れているものだ。しかも、男はまったく臆していない。

「ボンド・ルーレだ。昔、虎目石にいた」

 その名前にも聞き覚えがあるが、人物像はまるで浮かんでこない。

「ここの顔役はあんたか」

 ボンドはやや言い淀みつつも、そうだと認めた。

「虎目石にいた奴が浮浪者の顔役になるなんて、聞いたことがない」

「今でも物を盗まれることはある。壊されることはなくなったが」

 さほど珍しい話ではないが、虎目石の会を脱退しても堅気として社会参加できず、浮浪者になる者がいる 。そして、浮浪者には虎目石の会に苦汁を飲まされた者もおり、怨敵の仲間入りを歓迎しない。

 リドはボンドを記憶に留めておくべき人物と判断した。エルボー軍との結びつきは見られず、不良集団との問題を解決できずにいるものの、浮浪者の集団の中で虐げられず、力を持つボンドは異質な男だ。

「おい! まだ終わらねえのか!」

 エバンスが働く部下達に怒鳴ると、ボンドは思い出したかのように不快感を顔に出した。エバンスはボンドにも嫌われているようだ。リドも同感なので、この仕事が早く終わればいいと思っていた。その上、小雨が降り始めたのだから、部下をどやしてでも帰りたくなる。

 結局、異常を報告した部下はいなかった。エバンスも見込みのない捜索にこだわらない。

「それじゃ、今すぐ荷物まとめて出て行け」

 ボンドは演技に見える程大きく首を横に振って抗議した。

「待ってくれ。出かけていて、事情がわからない奴もいる」

「だからなんだよ! 理由になんねーよ!」

 エバンスは苛立っている。傘を持たずに小雨を浴びている。

「一日だけでいい。待ってくれ。それまでにみんなを納得させて、ここを離れる」

 雨は勢いを増し、ボンドに味方した。エバンスもリドも、濡れ鼠になりたくはない。

「明日、ここに一人でも残ってたら許さねえぞ」

「……わかった」

「本当にわかってんのか!」

「約束する」

 エバンスはさっさと身を翻し、車に向かった。急がないのは見栄のためだろう。雨ごときに動じる男ではないと部下とボンドに印象付けたいのだ。そんなエバンスを追い抜いてリドは足早に車を目指した。同じく、エバンスを追い抜いてきたギミィが車のカギを開けた。

 エバンスを先頭にして、雨に打たれながら歩く部下達がリドには不憫に思えたが、それが上を立てるということだ。

 ボンドは立ち尽くしてエバンス達を眺めていた。どんな表情で彼らを見送っているのか、リドには見えない。

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