29話 苛立つ男
昨夜、ビルダを収容所に届けた時からギミィに無気力の兆候が表れた。
そして、朝食の席で缶詰の鶏肉を食べるギミィは目に見えて生気が抜けていた。リドが思い出したのは、タバスカン収容所に赴任したギミィの不気味な独り言だ。それが誰かの耳に入れば、ギミィがドラッグをしているという不名誉な噂が広がるだろう。
一概には言えないが、ドラッグの影響は外見に表れる。肌荒、伸びた髭や髪の放置、体重の増減など。入浴や着替えをしなくなる者もいる。ギミィにそういった不潔さはない。ゆえにリドはギミィの気分の落差を生理的なものだと見ていた。だが、仕事に身が入らないなら尻を叩く必要がある。
「今にも首を吊りそうなツラだ」
ギミィの咀嚼は遅い。まるで歯が悪い年寄りだ。
「ここが空き家になる前にもう一度来たかったです。それなら疲れも幾分マシってもんです」
休日のギミィは賭場に入り浸る。虎目石の会で稼いだ金を虎目石の会の賭場に落とすそうだ。
「これでも仕事だ。カードやルーレットばかり見てるようじゃ困る」
「失言でした」
「タバスカンに行った時もそんなツラだったな」
「不自由は辛い。監守であろうと収容者であろうと。そう、失意なんです」
ギミィの頭の中がどうなっているのか、リドはますます興味を失った。だから、意味がわからない話に疑問を述べてこじらせたくはない。
開封済みの大きな缶詰からギミィが果物を取り分けた。差し出されたその皿をリドは断った。
「俺は不自由で調度良い。自由になると何をすればいいのかわからん」
「引退後は自由じゃないですか」
「どうせ、知り合いを頼って堅気の仕事に就くだろう。誰に使われるかが変わるだけだ。だが、本当に引退できるか怪しいもんだ」
「なんでです?」
「俺には甘えがあった。だから今はドブさらいじゃない、本気の仕事を片付けなければならん」
ギミィは果物の皿に手をつけない。リドは自分が他人の食事を邪魔していることにようやく気づいた。
「命を賭した本気の仕事ですか?」
「俺にも手伝わせてください」
テーブルの端で食事をしていたジェイルが話に割り込んできた。席を立ち、リドに歩み寄ると深く頭を下げた。
「無礼を謝罪します。すみませんでした」
「謝ることがどういうことか、わかってるんだろうな」
リドはジェイルの髪を掴み、下に押し込んだ。ジェイルは倒れまいと耐えている。二人に周囲の目が集まる。不穏な緊張感が生じ、誰もが食事の手を止めた。
「戦争の時はボルガスに見込まれただけのことはあると思ってたがな。とんだ坊やだ」
「……すみませんでした」
出任せの謝罪に過ぎないのは明らかだ。だが、ジェイルには屈辱に甘んじなければならない理由があるらしい。
「おい、坊や。どうやって俺の手伝いをするんだ。言ってみろ」
「ロットロンを殺します。賞金はリドさんに差し上げます」
馬鹿馬鹿しくなったリドは手を離した。自分の役目を忘れて仇討ちに執着する人間が正気といえるだろうか。ジェイルは頭を下げたままだ。
「誰がロットロンを殺しに行くと言った? 未練がましいんだよ。死んだ奴は忘れろ」
その言葉がジェイルの感情を刺激したようだ。頭を上げ、リドに掴みかかりそうな勢いで訴えた。
「我慢ならないんです! しかも、ボルガスさんがあんな殺され方をして、それでも平然としてる恥知らずどもにも虫唾が走る! リドさんは違うんでしょう!?」
「おまえと同類にされたくない」
電話が鳴った。新しい面倒事が転がり込んで来たのだと、リドは察した。
「俺が外に出て、敵の居場所を突き止めます。やらせてください」
「おまえらは俺が一時的に預かっているだけで、俺は会長の指示を受けているだけだ。勝手は認めん」
ギミィがリドに受話器を向けた。
「リドさん、電話です」
「誰からだ」
「エバンスさんからです」
リドは受話器を受け取る前に、もう一度ジェイルを睨み、声をひそめて言い放った。
「反抗的な部下を持ったおかげで俺は笑い者だ。これ以上、俺のツラを汚すな。いいな」
「……わかりました。勝手はしません」
信用ならない台詞だと思いながら、リドは受話器を受け取った。
「どうした」
エバンス・ハークも機嫌が悪いようだった。口調が投げやりだ。
「今から十人貸してくれませんか? 会長には話を通してあります」
「何をするんだ」
「ゴミ溜めを潰します。浮浪者を追い出すんですよ」




