25話 去る男
リドは、受話器を下ろしてから気分がいくらか良くなるまで座って休んだ。隣の騒ぎ声が静かになったので、ギミィに様子を見てくるように指示した。
「喧嘩が終わっていなくても割って入ったり、声をかけたりするな。眺めるだけでいい」
「わかりました。それと、タオルを濡らして来ましょうか? 額が痛々しいことになってますけど」
「いや、結構だ」
リドはテイザーに抜擢された理由を考えた。裏があると疑わざるを得ない。最後に花を持たせてやると言われたが、閑職送りにされた人間が労いや栄誉を頂戴するなどおかしな話だ。
自分の立場と経験を鑑みた上で邪推する。おそらく、テイザーは誰かが手柄を立てることを嫌がっている。自分の地位を守るためだ。抗争という犠牲を伴う手段を選択したがためにテイザーの求心力は落ちており、下の者の台頭が不穏に映るのだ。その点、リドはテイザーの脅威にならない。なぜなら、虎目石の会を去ると宣言した身であり、耳のない男であり、ドブさらいに従事する日陰者だからだ。
ギミィは戻ってくるなり、肩をすくめて報告した。
「全員くたびれきってましたよ」
「ジェイルはどうなってる」
「舌を噛んだせいで血が止まらないみたいです」
「まだ水道が止まってなくて良かったな」
反応に困ったような苦笑いを浮かべたギミィに、リドは舞い込んだ仕事について説明し、同伴するように伝えた。
「ロットロンとの距離が縮まりましたね」
「ああ。ジェイルごときに賞金を渡してたまるか。引退した後に必要な金だ」
「引退……。引退ですか」
ギミィは察したようだった。隠す理由はない。
「商会との揉め事が片付いたら引退だ。会長にも話をつけてある」
「唐突ですね」
「本当にそう思うか」
ギミィはうつむいた。
「わかりません」
「これでも長くやった」
本当に長く働いたとリドは思う。時に暴力沙汰になるような荒事を四十過ぎまで続け、抗争にまで駆り出された。そんな人生を思い描くことなど、若かりし頃のリドには出来なかった。そして、自分の限界を知って身を引くような未来は他人にのみ訪れるのだと思っていた。
「灰皿を取ってくれ」
ギミィが電話の隣に灰皿を置く。
「ボルガスさんのこと、悔やんでいるのでは?」
「そんな話が聞きたいのか」
「いえ、差し出がましかったようで」
煙草の煙が肺に染み込むまでじっくりと馴染ませる。堪能しながら徐々に吐き出していく。
「湿っぽい話は酒の席でしてやる」
おまえは酔うと陰気臭く絡んでくる。テイザーにそう言われたことがある。思い返してみれば、リドと呑むのを嫌がる者は多かった。
「お手柔らかに。下戸なので」
こいつも酒が回ると面倒なことになりそうだ。
「俺も似たようなものだ」
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反抗的だった五人の処罰は見送られることとなった。どんな罰を与えるにせよ、五人の兵隊を足手まといに変えてしまっては警備が機能しなくなる。リドはこの空き家が襲撃される可能性は低いと考えていたが、万全を期すつもりだった。
ジェイル達は楯突く元気をなくしたのか、大人しくなった。リドが口にした処罰という言葉も脅し文句として効果的だったのかもしれない。ジェイルは口の周りを血まみれにしていた。時折、血の混じった唾を吐き、袖で口元を拭った。汚れた床に座ったまま、リドを見ようとも話をしようともしなかった。他の四人も同じような態度を取った。
リドは目的を伏せた上で、空き家を離れることを部下達に伝えた。
「詳しい説明は出来んが、会長から直々に任せられた仕事だ」
リドの厚遇に納得いかない者もいただろうが、テイザーの名を強調すれば、不満が噴出することもなかった。リドが不在の間、代理の年長者が取り仕切るよう話をつけた。
出発の手筈と警備の建て直しを終え、リドとギミィは十九時を待って空き家を発った。




