24話 怒れる男
トロスの賭場はもぬけの殻だった。そのことはリドを始めとした十一人には知らされていなかった。
リドが会長の電話番に確認した話によると、トロスは急遽賭場を閉めたらしい。賭場の噂が警察の耳に入らない内に他所へ移ったのだ。こうしたことは不定期に行われている。
この空き家に虎目石の会の賭場が隠れて存在すると勘違いして乗り込んでくる間抜けを待つことがリド達の仕事であると電話番は念を押した。テイザーはボルガスの葬儀に参列しているため、話が出来なかった。
エルボー商会の反撃を重く見たトロスが慎重を期して急に賭場を閉めたのなら理解できるが、テイザーがそれを把握していなかったとは想像しがたい。その点を電話番に尋ねると、わからないと言われた。だが、テイザーの命令で動いているリドに独断で指示を送る電話番など存在しない。
忌々しいテイザーめ。歳をとって陰湿になった。あるいは地位を得たが故の傲慢か。
これは閑職送りどころか厄介払いだ。警備するものなど何もない。屈辱を感じた部下達の憤りはすぐにリドにぶつけられた。
「リドさん、こんな所で暇を持て余すのは御免です。ボルガスさんを殺した奴らを探しに行きます」
「持ち場に戻れ」
不満を訴えた五人の先頭に立つのはジェイル・カスプだ。この若者はリドの顔見知りで、抗争時からボルガスの下で働いていた。先程から度々、上司を殺したロットロンへの復讐をほのめかしてる。
「戦争では敵の隠れ家にこもって、その次は収容所だった。今後はただの空き家だ。あんただって馬鹿げてると思ってるんだろう」
「馬鹿げていても、それが勤めだ」
ジェイルの目が険しくなる。
「俺達はあんたに従いたくない」
「何が言いたい」
「耳なし野郎に指示されるのが我慢ならねえんだ」
ジェイルの後ろからは同意の声が、外野からは批難の声が上がった。
虎目石の会の伝統的な処罰に耳を切り落とすというものがある。死刑と追放に次ぐ厳罰であり、拭い去れない恥辱の印を押されるに等しい。リドは過去にその処罰を受けていた。
「当然、先々代の会長の甥だからといって、媚びたりしない」
ジェイルは感情的で、長らく溜め込んでいた苛立ちに突き動かされている。息をつく間もなく与えられたつらい仕事を耐えた末に厄介払いされ、軽蔑すべき者の下で働かされる。ジェイル達の我慢は限界に達したのだ。
リドはジェイルを殴り倒してやろうかと思った。この場を任されているのはリドだ。下の者の勝手など認めない。
「ボルガスの仇を討ちたいのか。無理だな。おまえらは勘違いしてる」
嗜虐的に言葉を選びながら、凄むジェイルを睨み付ける。
「ボルガスが殺されたのはおまえらが無能だったからだ。無能には誰も期待しないし、耳なし野郎に使われるしか収まる場所がない」
ジェイルが歯を剥き出しにして反論する。
「あの時、ボルガスさんが散らばれって言ったから、それに従っただけだ」
リドはジェイルの顔を殴った。甘ったれた言い訳だ。虫唾が走る。
ジェイルが後ろに控えていた仲間の腕に倒れ込んだ。
「おまえも耳なしになるか」
「この野郎!」
ジェイル達は皆、怒りの形相を作り、罵声を上げてリドに掴みかかってきた。その内の一人はリドの拳を顔に受けて後ずさったが、いくつもの手が伸びてリドを捕らえた。
静観していた者の中から「やめろ!」という叫びが上がり、何人かがリド達を引き離そうとした。ジェイル達は抵抗し、仲裁に入った者まで取り押さえて暴力を振るった。
リドは組み付かれて押し倒されそうになるのを耐えた。反撃を封じられたまま、でたらめに振り下ろされる拳を浴びた。背後からも蹴られた。
「おい! 何やってる!」
乱痴気騒ぎに気づいた者がぞくぞくと集まり、場を鎮めようと体を張った。派手に殴られ、床に組み伏せられ、髪を引っ張られ、罵詈雑言を飛ばし合い――誰もが痛い目を見ながら乱闘は過熱していく。リドは束縛が緩んだ隙を突いて、ジェイルの腹に靴底を叩き込み、足を滑らせ、仲裁者を巻き込んで倒れた。
「どけろ、間抜けめ……!」
どいつもこいつも、全員気に食わない。
リドは起き上がろうと膝を立てたが、顔を蹴られて、また床に転がされた。平衡感覚が狂う程の眩暈に襲われた。
「テイザー会長からお電話です!」
その名を耳にしたリドは我に返った。他の者達も不意に刺されたかのように大人しくなった。皆を黙られたのは電話番をしていたギミィだ。
リドは自分が呼ばれているのだと理解した。うんざりだ。このまま床で眠りたいくらいだ。
「リドさん、立てますか?」
「反吐が出る」
電話がある部屋までギミィの肩を借りて歩いた。眩暈に揺られながらだと、目と鼻の先の距離が妙に遠く感じられた。
今頃、テイザーは葬儀に出席しているはずだ。にもかかわらず電話してくるのは緊急事態が起きたからかもしれない。だが、受話器の向こうのテイザーは特別に意に介した様子もなく言った。
「ジャル・ハインから連絡があった。襲撃に係わったと思しき男をこちらに引き渡したいそうだ」
リドはギミィが持ってきた椅子に座った。シャツのボタンが二つも千切れていることに気づいた。
「奴にしては大胆ですが」
「あれは落ち目だ。警察での地位を守るために、我々に擦り寄りたいのだろうよ」
今のジャルは、抗争を防げなかったせいで警察での信用を失いつつあり、しかもテイザーに見限られていた。警察が求める、虎目石の会の内部事情に精通した橋渡しとしての立場を守りたいはずだ。
もう一度テイザーの信用を回復できれば、警察もジャルの評価を見直す。ジャルは汚名返上を狙っている。
隣の部屋で罵声と荒っぽい物音が響いた。馬鹿共が乱痴気騒ぎを再開したらしい。リドは受話器を手で覆った。男の名を尋ねると、テイザーはビルダ・エヴェンガーと答えた。
「二十時に留置所から出てくる。うまく捕らえろ」
「はい」
「最後に花を持たせてやる」
リドは一瞬、前向きな返事を躊躇した。そんな言葉を鵜呑みに出来るわけがない。




