22話 耄碌
「相変わらず長い髪が似合うじゃないか」
その台詞は元々は映画の台詞だったそうだが、虎目石の会ではある種の皮肉として用いられる。同席していた幹部の一人が笑いを噛み殺し、会長の護衛が一瞬顔を背けた。ロットロンも同じ台詞を吐いていた。
リドは、テイザーを一目見て、大柄になったと感じた。あるいは、自分の視力が落ちたせいで、そう感じただけかもしれない。この距離からはテイザーの表情は見えない。テイザーは、先代から使われてきた会長用の事務机にもたれながらリドを迎えた。
「責任を感じているようだな」
「はい」
「では、おまえの過ちをおまえの言葉で聞こう」
テイザーが備えている狂気は血潮を冷ますような類のものだ。およそ三十人の目がある所でたった一人を刺し殺し、自らの正体を明かしてしまう襲撃者とは質が違う。彼は、ここ数日間で起きた一大事に怒りを感じていないのか、それとも感情が冷めてしまったのか。テイザーは冷静だった。
「ボルガスを殺されたこと。ロットロンを取り逃がしたこと。この二つです」
テイザーは眼鏡を外し、眼鏡拭きでレンズを拭い始めた。
「違うな。それらの過ちの一つはボルガスのものだ。だからボルガスは死んだ」
リドは、テイザーがどのような手段で支持を得て、戦争を始めたかを知っている。エルボー商会の劇薬で息子が死んだと公言し、親として恥じ入りたくなるような、ドラッグに手を出すような愚息を活用した。そうやって周囲の同情を集めた。
「タバスカン収容所で寝ぼけていた役立たずどもを全員おまえに預ける。働いて贖え」
「わかりました」
立つ瀬がないリドはテイザーの命令であれば、死で報いるつもりでいた。ただし、リドは自らの失敗と経歴を鑑みても、自分が死刑になるか予測できなかった。死刑は明確な規則がない、恣意的な処罰だった。
意外にも死の不安は陰鬱な無力感と疲労に敵わず、ゆえに動揺する気力が萎えていた。
「トロスの賭場を見張れ。あそこで騒がれるのは都合が悪い」
警察も把握していない賭場だ。公になるだけで虎目石の会の不利益になるような場所だが、エルボー商会の残党なら自分達の手で爆弾を投げ込みたいと考えるだろう。しかも、警察の警備が得られない賭場であり、襲撃対象としては妥当だ。もっとも、敵が賭場の存在を知っていればの話だ。リド達は閑職に回されたのかもしれない。
「会長はボルガスの葬儀に参列されるのですか」
「私自らが撒き餌になってやるのさ。誇大妄想のネズミどもに、我々が何者であるかをもう一度学んでもらう」
ボルガスの家族の気持ちを察すれば、これ以上の迷惑はない。会長が会員の葬儀に参列したり、遺族を見舞うことは珍しくないが、今回は襲撃の危険が伴う。
警察は、ボルガスを警察の警備の下で密葬させるように虎目石の会に要請した。これを虎目石の会は受け入れず、襲撃者を含むすべての危険因子を排除した上で、自分達の主導で葬儀を行うつもりでいた。襲撃から今日までの間、リドは警察の事情聴取に協力し、敵と脱走者の捜索で身を粉にして働いた。だが、ほとんど成果がないまま葬儀は三日も先延ばしになり、止むに止まれず執り行うこととなった。
「ロットロンがいたそうだな」
「自分から正体を明かす程に興奮していました」
ロットロンが話かけてきた理由を、感情の高ぶりで正気を失っていたからだとリドは推測した。ロットロンは仲間の運転で逃走する際、気絶して無力になったネロを狙って発砲していた。合理的ではない。リドとギミィに威嚇射撃を行うべきだった。そんな人間は合理性も理屈も放棄している。
「奴は閉鎖病棟に入ったと噂されていたがね。それがボルガスを仕留めたとはな」
数年前、ロットロンは虎目石の会を追放された。重度の無気力に陥り、まったく働かなくなったらしい。追放されたロットロンが虎目石の会に逆恨みしていた可能性がある。
「気味の悪い、不可解な男だ。だが、二度も抜かるな」
「はい」
「話は以上だ」
「最後に、会長にお許し願いたいことがあります」
リドは、テイザーを始め、部屋にいる全員の視線を集めたように感じた。誰一人、音を発する者はいない。伝わってくるのは敵意に近い威圧感だ。会長が話を打ち切った以上、発言の自由は認めない。そう言いたいのだ。
「商会との決着がついたら、自分は虎目石を去ります」
テイザーはうつむいてリドから顔をそらした。眼鏡をかける。
「自虐的だ」
「自分は耄碌しました」
「ならば止めんよ。最後の仕事を全うしろ」
「はい」
にやにやしながら目配せしあっている幹部達。もし彼らの顔を二度と見なくてすむのであれば、晴れ晴れしいことに違いない。それでもリドは笑っていられるような気分ではなかった。




