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敗者達とネロ  作者:
5章 陰り
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21話 不適任

 ロットロンはこの椅子が気に入った。座ると程よく沈み込み、それでいて腰をしっかりと安定させる。上等な椅子だ。こんなものに座る機会は後にも先にも一回限りだろう。

 この一軒家が人殺しの隠れ家として適切なのか、ロットロンにはわからない。余所者の出入りで悪目立ちしているかもしれないし、逆に近隣住民に溶け込んでいるのかもしれない。

 家主に金を支払ってこの家を借りたのは便利係と呼ばれる連中だ。ロットロンは連中を労ってやってもいいと思った。もっとも今現在、連絡が途絶えているのだが。

「また駄目だった」

 部屋に入ってきたモーデルは意気消沈していた。ロットロンに殴りかかった時の激昂が嘘のようだ。やはり便利係と連絡がつかなかったらしい。それは本隊との情報共有が断たれたことと撤退時の援助を失ったことを意味する。

 ロットロンに賞金がかかったことを知った便利係は、襲撃が失敗したと判断したの後、リーエン地区から撤退したと推測された。虎目石の会や警察に捕まった可能性もあるが、モーデル達は自分達が見放されたという悲観論に傾いていた。

「ロットロン! どうするつもりだ!」

 アドールだけは賑やかだ。なぜなら、隊長のモーデルの代わりに大声で喚き散らすことが自分の務めと勘違いしているからだ。

「モーデルが隊長だ。俺に聞くな」

「余計なことをして賞金首になったのはおまえだぞ!」

「余計なこと? いいや、ボルガスは俺でなければ殺せなかった」

「馬鹿が! それが余計だったんだ!」

 うんざりしたモーデルが、「やめろ」と吐き捨てた。

「何度も同じ話をするな。ロットロン、おまえのお節介が虎目石と警察を無駄に刺激したんだ。便利係は逃げ出した。おかげで今の俺達は孤立無援だ。理解できるか」

「よく理解できてるぜ、モーデル」

 もし、タバスカン収容所への襲撃作戦が予定通り進んでいれば、ボルガスは死ぬ必要がなかった。火事から逃げ遅れて焼け死んでくれるのなら好都合だとモーデルは笑っていたが。

 予定されていた襲撃作戦は、ロットロンに言わせれば嫌がらせにすぎなかった。見張り役を殺害後にホテルに放火する。敵を混乱に陥れて、捕虜の自発的な脱走を促す。そして、脱走者を捕まえるために虎目石の会には煩わしい思いをしてもらう――ロットロンとて嫌がらせ作戦に不満だったわけではない。だが、見張り役を一人、二人と片付けていく内に強い確信が生まれた。もっと大きな成果を出せる、と。

 モーデルの表情から察するに、彼が緊張と不安に苛まれているのは明らかだった。終身刑を言い渡されたかのよう沈痛な顔がロットロンの同情を誘った。

「同じ話題を聞きたくないなら、次に俺達がやるべきことを決めて、話を進めようじゃないか」

 アドールの威勢の良い蹴りが飛んできた。ロットロンは強引に椅子ごと横に倒れて、蹴りを避けた。ロットロンがゆっくりと立ち上がる様をアドールは苦々しそうに見下ろしていた。

「アドールよ。おまえ、本当に戦争で戦ったのか?」

「何が言いたい?」

「その鈍くさい短足で逃げ回っていただけじゃないのか?」

「本性を現しやがったか。今になってよ!」

「全員黙れ! この地区から自力で撤退する! 今日中にここを離れる!」

 アドールの視線がモーデルに釘付けになった。

「モーデルまで焼きが回ったのか! 自殺行為だ!」

「ここでぐずついていても状況が悪くなるだけだ。すぐに行動するんだ」

 ロットロンはモーデルに賛同した。

「英断だ。支持するぜ」

 沈黙を貫いていたビルダが口を開いた。威圧的な物言いで隊長を諌める。

「俺も反対だ。後続の奴らを待つべきだ」

 ビルダは頭の冷めた男だが、今は四人の中でもっとも殺気立っている。

 モーデルもまた強固な態度を崩すことなく、ビルダとアドールを説得する。

「俺達は失敗したと思われる。しかもボルガスを殺して予定が狂った。こんな状況では後続は来ない」

 誰よりも激しく反論するアドール。

「それでも今は危険だ! こっちには賞金首がいるんだぞ!」

「もう行動するには遅いくらいだ。だから急ぐんだ」

「そんな指示に従えるか! 馬鹿げてる!」

 アドールは危うい。割れた意見を即急にまとめるべきであるにもかかわらず、まったく理性的ではない。

 ロットロンは好ましくない未来を想像した。もしアドールが錯乱すれば、彼の相手をさせられるのは自分達だ。見捨てれば、誰に口を割るかもわからない。それは命取りになりかねない災難だ。

「勇気を出せよ、アドール」

 ロットロンがアドールの肩に手をかけて語りかけるが否や、手は振り払われた。その動作がアドールにとって致命的な一瞬を作った。拳銃を抜くのが遅れたのだ。

 ロットロンはアドールの手が懐に伸びているのを確認した上で、無防備な脇腹を刺した。ナイフの切っ先を捻り、深く食い込ませる。その様をモーデルとビルダは止めようとはしない。アドールはナイフを生やしたまま崩れ落ち、喘いだ。

「誰かタオルを持ってきてくれ、あるだけ全部」

 モーデルは何も考えられないといった具合で、唖然としていた。

「……何に使う気だ?」

「首を切ってやる。見るに耐えないからな」

 アドールにタオルを被せて返り血を防ぐのだ。少ない痛みで死なせてやりたいが、隠れ家で銃声を鳴らすわけにはいかない。

「待て」

 ビルダがアドールの苦しみを肩代わりしているかのような痛ましい表情を見せ、「切るよりも殴った方が苦痛は少ない」と言った。冷静さを保つために何かに耐えなければいけない時がある。そんな事態に陥った人間が必要とする虚勢だ。

 今もなお興奮しているアドールが何かを呟いているのだが、呼吸が荒すぎて理解できない。ロットロンはアドールが落とした拳銃を拾った。

「仕方なかった。アドールは不適任だったんだ」

 拳銃の安全装置は解除されていなかった。つくづく鈍臭い男だ。ビルダが息を呑んでロットロンと拳銃を注視しているので、肩をすくめて笑いかけてやった。ビルダとモーデルまで手にかけずに済んだことにロットロンは満足した。

「ビルダもここに残るのか? 死んだアドールと一緒に」

「冗談を言うな」

 モーデルがタオルの束を両手に抱えて戻ってきた。どれも白く清潔なタオルだ。

「ハンマーでも探してきてくれ」

 タオルを足元にぶちまけたモーデルは何も言わずに踵を返した。

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