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敗者達とネロ  作者:
1章 助手席のネロ
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1話 前を

「どれくらい練習した?」

 ネロは意地が悪い。この質問でギミィの口笛を止めさせようと思った。それは、先程の後続車が鳴らしたクラクションよりもうるさい口笛だ。

 人間が歌う一般的なメロディよりも速くて細かい、ピアノが奏でるような難解なフレーズをたっぷりと数小節堪能してから、ギミィは返事をした。

「一度も練習したことはないね。音を出そうとしていたら、いつの間にかメロディを吹いてたんだ」

「うぬぼれた奴の台詞だな」

「ネロならじきに共感してくれるはずさ」

 今日のギミィは法定速度を守り、割り込みや追い抜きもしない。基本的に優良運転者であり、ギャングには似つかわしくない男であり、だから後続車が煽られても無視する。

 前方の信号機が黄色をともし、ギミィは停車した。ネロの視界から、二車線を跨ぐ横断歩道の両端が見渡せる。

「要は仕事も口笛も叩き上げで学ぶんだよ。今からネロは生まれて初めて補助輪付きの自転車に乗って、ペダルとハンドルの重さを体感しようとしているようなものなのさ」

 今日、ネロは殺してもいい人間に銃を向けて撃ち殺すという、初めての体験をしなければならない。それは演習と仕事を兼ねている。

「子供の頃、十年くらい前に他人の自転車を盗んだことがある。すぐに捕まって、ボコボコにされた」

「君も相手もお気の毒な話だねえ」

「自転車に乗るのが難しいなんて知らなかったから、うまく乗れなくて、それで逃げられなかった。誰も買い与えてくれなかったしな」

「今ならカートライトが買ってくれるさ」

「死んでいないのなら期待したいがね」

 カートライトには懸賞金がかけられており、その額はすでに二度上乗せされている。魅力的な話だ。

 信号が青になってから数分の間、車は走り続け、目的地で停車した。ここからはネロが徒歩で待ち合わせ場所に行く。高架橋沿いに進めば、柱の傍らでドラッグの売人が待っているはずだ。それを撃ち殺す。

「さて、今日は捕まることなく逃げおおせてくれよ」

 ギミィは車内でエンジンをつけたまま待機する。ネロが三分を過ぎても帰ってこない、あるいは五発以上の銃声が鳴った場合、失敗とみなされ、ギミィだけで逃走する。

「やっぱりフードを被ったままで行くの?」

「顔を見られたくない」

「あまり意味ないと思うよ。死角には気をつけて。横見えないでしょ」

「前だけ見えてれば、うまくやれるよ」

 茶化すように口笛を吹くギミィ。

「その通り。自転車をこぐ時はまっすぐ前を見るんだ。みんな、最初はそう教え込まれる」

 癪に障ったネロはギミィの肩を小突いてやった。

「君を信じてるよ。三分後にまた会おう」

 ギミィが言い終える前に、ネロの片足はコンクリートの地面を踏んでいた。その言葉に答えるような形でドアが閉まった。


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