17話 憶測
監視の仕事に区切りが付いたら、リドは眠るつもりでいた。だが、夜が更けてきたというのに、ボルガスに呼び出されてしまった。二人だけで話をしたいとのことで、リドは了承した。こういった機会が訪れるだろうと予測していた。
「結構しんどい仕事だろう?」
「ドブさらいの方がマシだ。退屈すぎて頭がおかしくなる」
所長室は収容者や監守が使う部屋と同じ内装の簡素な部屋だった。ボルガスが用意した苦い炭酸水を飲みながら、リドは窓際で煙草を吸った。
ボルガスはリドの連れが気に入ったらしい。
「ギミィは随分楽しそうだぜ」
「あいつなりに適応しようとしてるんだろう。いや、そんなことを俺が知るか」
「ネロも面白い。あいつは曲者だ。愉快な奴らが来てくれてうれしいよ」
ギミィは従順だが、掴み所がない。ネロは危うい。気楽なボルガスに嫌味でも言ってやりたいが、本題に入る。リドは自由な時間を割いて、ここにいるのだから。
ボルガスは、彼自身の尋常ならざる体力と精神力を存分に発揮するような仕事を好む。抗争では、先陣を切る部隊の長を勤めて作戦を完遂させた。戦局が虎目石の会に大きく傾くと、エルボー商会の会長を含む多くの会員を殺し回った。
「おまえはこんな収容所に踏ん反り返って何を企んでるんだ。おまえこそ、こんな仕事には耐えられないはずだ」
「悪いが、あんたは俺の退屈しのぎのためにこの収容所にいる。俺が監守を頻繁に入れ替えるのは、新たに来た奴らから話を聞くためだ。もちろん捕虜からも。カートライトと強兵運動の情報だ」
「噂ではカートライトは死んだことになってるが」
「その根拠を示した奴は虎目石にも商会にもいない。戦争の途中で行方をくらまし、奴にかかっている賞金が二度吊り上げられた。それが事実だ。商会の奴らはみんな言ってるぜ。カートライトは逃げたんだってな」
エルボー商会は、虎目石の会の宣戦布告より以前から、強兵運動と呼ばれる武力強化を進めていた。それは、百人に迫る兵隊の補充、軍隊的な戦術の構築、武器運用の熟練者の育成など、にわかには信じがたい取り組みだった。強兵運動は抗争後に明らかになり、エルボー商会がこれほどの大規模な動きを起こしていれば、虎目石の会が察知できないはずがない。よって、流言飛語にすぎないとされていたが、強兵運動を通じて抗争に参加したと証言する者の出現、エルボー商会の施設内での対戦車ロケット弾や狙撃銃などの非常識な武器の発見で奇妙な現実味を持つようになった。
「まあ、俺の耳に入ってる情報は、まだ口外できないようなものもあるが、ほとんどは公で噂になってるようなものばかりだ。商会の幹部連中を殺しすぎたせいで、強兵運動の全容を知る奴が残っていない。生き残ってるのは指揮を取ったカートライトだけかもな。だが、奴の行方にも確信が持てん」
「カートライトも強兵運動も、何もかも憶測にすぎないが」
憶測でもリドにとってはため息の出る話だ。憶測は真偽を検証する必要があるし、事実なら抗争が終わっていないということになる。
「そろそろ俺も真剣に引退を検討するべきか」
「いいや、しかるべき時が来たら、もう一度俺と組んでくれ。カートライトを捕らえて、可能な限り火種を潰す。賞金も頂く」
「ボルガス・ソーンズは戦争で名を上げた英雄だ。いい加減、誰と付き合うのが自分のためになるのかを考えろ」
近い将来、ボルガスが虎目石の会を担う存在になることは想像に難くない。今の内に一枚岩ではない権力者達の間に食い込む準備をしておくべきだ。ドブさらいの下っ端を餌付けた所で何の足しにもならない。
「考えるまでもなく、リド・アローガの力を借りるのが最善だ。それに俺は上の連中の後を継ぐ気はない。今の虎目石は破滅を手繰り寄せてる」
不心得者の発言だ。
「聞かなかったことにしてやる」
「あんたはどうだ? カートライトと強兵運動についてどう思う?」
ボルガスは情報交換に移りたいのだろうが、リドは彼を喜ばせるような情報を持っていない。
「俺の知ってる話なんざ、おまえは全部把握してるだろうよ」
「それでも逐一聞かせてもらう」
「明日にしてくれ。こっちは疲れてるし、話をまとめておく」
長話になるような話題はないのだが、疲れているのは本当だ。ボルガスは了承し、今夜はお開きとなった。
「できれば、ネロの話を聞いてみたいんだがね」
別れ際の抜け目ない言葉にリドは肝を冷やした。
「詮索するな」
追求を避けるようにリドは早々と部屋を後にした。
ネロの秘密はネロだけのものではない。ボルガスがどれだけ賢しい男でも、知るべきではない。
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突然髪を引っ張り上げられたかのように、監視中に睡魔に屈したネロの意識が覚醒した。誰かが怒鳴っている。複数人の声と荒い足音が入り混じり、今度は非常ベルが鳴り出した。
ネロは、監守が客室に入っていくのを見た。深夜だが、どの客室も照明が付いており、不自然に明るい窓に人が群がっている。
監守も収容者も騒然として冷静さを失い、燃えてる、と非常ベルにも負けない悲鳴を響かせた。




