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敗者達とネロ  作者:
4章 収容所と英雄
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16話 タバスカン収容所

 ネロは映画から得た知識で収容所の風景がいかなるものか知っていたつもりだったが、タバスカン収容所はネロの想像とまったく合致しない収容所だった。

 ネロは収容所生活一日目でほとんどの仕事を把握した。多くの時間は収容者がいる客室を廊下から監視するために費やされた。その際には拳銃を支給された。

 十一名の収容者は奇妙な生活を強要されていた。一つの客室に二、三人が軟禁されており、ドアは開けっ放し、窓とカーテンは開放厳禁だった。仕事は監視という体ではあるが、観察に近い。監視する側だけでなく、収容者も暇を持て余していた。収容者にはなんの労働も懲罰も与えられておらず、活力を奪われるほどの退屈で無気力になり、緊張感すらない。

 収容者の衣服は共用のものに統一されており、毎日の入浴のあとで洗濯されたものが与えられる。更に、ホテルで調理された食事が三食欠かさず用意され、食後に一本だけ喫煙を許される。軟禁生活を送りつつも、収容者は名実共に宿泊客でもあった。中には、ボルガスが世間話をしに客室を訪れると、笑顔を見せる者までいた。

 ボルガスと一部を除く看守の誰もが暗い表情をしている理由がネロにもわかった。広くもない客室で雑談、睡眠、軽い運動などで懸命に退屈をしのぐ収容者を眺めていると、馬鹿馬鹿しい気分になり、仕事に対して虚しさ感じるのだ。タバスカン収容所は、虎目石の会とエルボー商会が殺し合いをしたという過去から現実味を奪う。異常な場所だ。

 だが、どういうわけかギミィは一日で憂鬱から脱してしまった。休憩場所を兼ねた食堂では、ギミィのギターに合わせて他の監守が手拍子をし、ボルガスが歌うという珍事が起こっている。

 食堂に入ったネロと目が合ったボルガスは、一つのフレーズを歌いきった所で「ネロ!」と合いの手を入れるように呼んだ。ギミィと監守の楽しそうな視線がネロに集まった。ギターと手拍子が止まないので、ネロは歌を振られたのだと気づいた。

「歌えないです、俺」

 反応を見越していたかのように、ギミィが歌い出し、ボルガスがコーラスをし、監守が手拍子をした。

 そういえば、と思う。ネロは誰かと一緒に歌うという体験をしたことがない。

 音楽で騒ぐ三人を尻目に、ネロは食堂を出た。何か食べたかったが、自分の部屋で寝ようと決めた。


 **


 ネロは客室を監視している。廊下の椅子に座って、交代を待っている。同じように監視をする者が他に三人、客室を前にして並んでいる。秩序が乱れる気配はない。

 ネロはエルボー商会が憎い。しかし、エルボー商会が存在したという実感を持てなくなりそうだった。人間として堕落した収容者を眺めていると、自分の怒りの矛先が明後日の方向を向いているように思えてくる。こんな連中がどんなことをしようが自分の人生に何ももたらしはしない。それは諦念に近い考えだ。ここにいては戦う意思を抜き取られる。与えられた拳銃は火を噴かないなら玩具と変わりがない。

「そこの奴はおまえらが捕まえたんだってな」

 やって来たのはボルガスだった。ボルガスの言う”そこの奴”とは、ネロが監視している客室にいるベルン・グルーナーのことだ。先程までベルンは部屋の中を歩き回って運動不足を補っていた。ゆっくりとした足運びだった。今はベッドに腰かけてネロとボルガスのやり取りを見ている。

「少し爺さんと話して来いよ。俺が代わりに見張ってやる」

 ネロにはボルガスの意図が理解できなかった。

「なんでですか」

「なんででもいいんだよ。年の功ってやつに触れて来い」

「わかりました」

 わけがわからないまま了解した。

 ネロが客室に入ると、もう一人の収容者がベッドから起き上がった。その威嚇する目が、ネロにフクロウで殺しかけたベルンの連れを思い出させた。都合の良い話題が出来た。

「あの連れはどうなった?」

 ベルンの反応は薄かった。ネロを見上げようともしない。声がかすれていて、病人のように弱々しい。

「ブラストのことか?」

「そう、ブラスト」

「俺は何も知らない。生きているのか死んでいるのかさえも聞かされていない」

「あんたを捕まえて貰った金で、あいつの治療費を払わされた。多分、生きてるよ」

「おまえを殺したい」

 ネロは苦笑いを浮かべた。相変わらず面白いことを言う爺さんだ。

「ブラストがガキだった頃、親父が服役中に死んだ。それで俺が少しばかり世話を見るようになった。……最後まで俺に付いてきたのはブラストだけだ」

「悪かったよ」

 情に訴えるような語り口で責められては敵わない。こっちが年寄りを苛めているような気分だ。

「やり過ぎだった。あの場で挑発したのも間違いだ」

「それなら、ここから飛び降りろ。落ちて死ね」

 ネロは肩をすくめ、四階から飛び降りて死ななかったという、かつての同級生を思い出した。顔の左側をベルンに向けた。リドに殴られた痣が残っている。

「この痣に免じて許せよ。報いは受けたつもりだからな」

 初めてベルンが目を合わせてきた。憎悪をたぎらせる小さな目だった。それに諭されたかのように、ネロは気づきを得た。怒りを、戦う意思を忘れてはならない、と。

「だが、俺には商会の連中を殴る、まっとうな理由がある」

「聞かせてみろ」

「嫌だね」

「おまえ、商会にいたと言ったな」

 怒り狂ったブラストを更に煽ろうとした時だ。ネロが頷くと、ベルンの語気が少し強まった。

「俺がおまえを見たのは、あの時が初めてだったが」

「俺だってあんたと会ったのは、あの時と今だけだよ」

 ベルンの追求は続く。疑念と怒りに支えられた老人に活力が戻り、今度は早口になった。

「誰の下で働いていた? 言ってみろ」

「嫌だね」

 ベルンは顔を背けた。それは拒絶の態度だ。

「出て行け。嘘つきとは話さん」

 何を根拠に嘘つき呼ばわりされたのか聞いてみたいものだが、話を切り上げられた。いい加減面倒になってきていたので、ネロにとっても都合が良い。ベルンの希望に従った。

 ネロが廊下に戻ると、見物していたボルガスから拍手が送られた。愉快な見世物だったようだ。所長にはさぞかし満足してもらえたことだろう。

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