15話 開かれた牢
ホテルとは聞いていたが、それは商いらしい賑やかしさに頓着しない、無味乾燥な建物だった。三階建てのコンクリート建築で、二階と三階の窓はすべてカーテンが閉められている。三台分の駐車場があるが、車は停まっていない。どんな意図でここにホテルを建てたのかがわからないくらい閑散としているが、人気がないわけではない。虎目石の会のチンピラが二人、突っ立ている。一人はホテルの入り口の前。もう一人は道に出て、滅多に現れない通行人を見つける度に睨んでいる。
ネロ達もホテルの正面にたどり着くまで危うい視線を向けられた。そのチンピラの顔には疲労感がにじんでいたので、ネロは不愉快になるどころか、見下すようで同情するような、それでいて確かな憂鬱を感じた。チンピラはリドに一言だけ「ご苦労様です」とこもった声で挨拶した。
「あの窓の周りだけ塗装の色が濃いよ。きっと塗り直したんだろうね。なんでだろうね」
ぶつぶつ言っているギミィをネロとリドは無視している。ギミィは明らかに様子がおかしい。笑っても表情がほとんど笑顔に見えない、中途半端な表情になった。口調は抑揚に乏しく、無視されても気にせず喋るので気味が悪かった。ネロは、おもむろにホテルのカーテンで輪を作り、それに首を通すギミィを想像した。ギミィはギターケースを持参しており、ホテルで生活する間に、自由についての歌を作るのだと言っていた。
こもった声のチンピラが「少しお待ちください」言うと同時に、ホテルの両開きの扉が開いた。現れた男は、疲れてもいなければ憂鬱でもなく、むしろ快活といった様子で意地悪く笑っていた。ネロ達に歩み寄りながら、仰々しく歓迎の意を口にした。
「タバスカン収容所へようこそ。諸君、私がボルガス・ソーンズ所長である」
また変な奴が増えたとネロは思い、げんなりした。歳は三十の半ば辺りだろう。ボルガスは現実のギャングというよりも映画で主役を務めるギャングのような二枚目だった。擦れて堅気離れした雰囲気があるが、不敵に微笑んでいるためか健全で屈強な印象を受ける。
ボルガスがリドに握手を求め、ネロはリドが誰かと握手している姿を初めて目にした。
「リドともあろう者が、相変わらず、ドブさらいをさせられてるらしいな?」
「次は収容所に篭ってるのか。気が知れんな」
「娘にも同じことを言われた。尽くす男は孤独になるもんだ」
二人は赤の他人というわけではないようだ。リドは普段通り無愛想だが、少し饒舌になっている。
「収容所送りと聞いて、こいつの言動が普段以上におかしくなった」
リドが背後にいるギミィを指差した。心ここにあらずという顔をしていたギミィが、突然歯を見せて笑った。やはりネロはギミィが不気味に思えた。
「それなりの待遇を期待したい」
「真面目な話は中に入ってやろうぜ」
ボルガスは外で見張りをしている二人に労いの言葉をかけ、ホテルに入っていった。続くネロ達はロビーに通された。ホテルの外見から想像していたので、ロビーがどれだけ質素でも驚かなかった。受付に従業員が一人いて、もう一人ギャングか堅気かわからない男が落ち着きなくうろうろしていた。
ボルガスは意外と気を利かせる男だった。ネロ達に壁際に並ぶ椅子を勧め、自分は立ったまま仕事の説明を始めた。
「あんた達には十日間、住み込みで十一人の宿泊者を監視してもらう。奴らは全員商会にいた捕虜だ。あくまで宿泊という名目でここに収容してる。ホテルの従業員も協力者だ。あんた達には退屈だろうが、タダでホテルの食事とベッドが手に入りる。宿泊費はすべて商会が持つし、当然給料も出る。そこらの浮浪者なら喉から手が出る勢いだろうよ」
「なら、浮浪者を雇え」
ネロもリドに同感だ。
ボルガスは苦笑し、「あんたからテイザー会長に進言してくれ」と切り返した。
「今は問題を起こす奴はいないが、くれぐれも商会にいた奴らだったということは忘れてくれるなよ、リド」
「商会は自動車爆弾を街中で爆発させて、無関係の堅気まで吹き飛ばした連中だ」
「そういうことだ」
ネロは、このロビーにトラックが突っ込んできたり、爆弾を投げ込まれたりしても仕方のないことなのかと聞きたくなったが、黙っていた。この仕事は地味で退屈で不自由だ。脅威もある。そんな檻に自分は閉じ込められようとしているのだ。それは本来、罪人への報いだ。ネロは、気がおかしくなりかけているギミィに共感すると同時に、自虐的になっていた。
リドが髪をかき上げた。かすかな溜息が聞えた。
「把握した。戦争でも同じ仕事をした」
「あの時ほど気張る必要はないぜ」
「灰皿をくれ」
リドは煙草を取り出した。ボルガスも同じ台詞を従業員に伝え、座っているネロ、リド、ギミィを意味ありげに見渡し、含み笑いをしながら何かを言おうとした。
「ボルガスさん、ちょっとよろしいですか」
突然、男に声をかけられたボルガスは、「ちなみに、ここでは飲酒は認めない。一応は収容所だからな」と言い残して、男と共にこの場を離れた。
「自由とは本来、何者も表現出来ない概念なんだ」
ギミィが足元のギターケースと会話を始めた。
「だから、俺達は自らの無力と不実を嫌悪せずにはいられない」
尿意をもよおしたわけではないが、今の内に出しておいた方が良さそうだと判断し、ネロはリドに尋ねた。
「手洗い行ってきていいですか?」
「ボルガスに聞け。あいつが所長だ」
このような形で不自由を体感するとは。
灰皿を持ってきた従業員が、それをリドに手渡した。
「俺も吸っていいですか?」
ギミィが人差し指と中指を口に被せるように立てて、リドに尋ねた。
「煙草くらいならいいだろう」
何か言うべきなのか迷ったが、やはりネロは黙っていた。人生は不条理なものだ。




