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敗者達とネロ  作者:
3章 夜
12/62

11話 追う者

 嫌に高い声だ。誰かへの罵詈雑言をまくし立てている。よく酔いが回っている。きっと息が酒臭いに違いない。

「俺らがあいつらを黙らせてやらきゃ。わからせてやるんだよ。馬鹿でもわかるように」

 もう一つ、適当な相槌を打つ声。こっちも息が臭そうだ。

「おまえは正しいよ。俺と同じことを考えた」

 深夜だ。どこからも室内光は漏れてこない。街灯は不自然にまばらで、光源としては不十分だ。それでも酔客達の姿形が影になって見える。くっきりとした輪郭が大きくなり、近づいてくる。

「おい」

 呼び止めながら、一人を殴り倒した。顔を殴っただけだが、まるで死んでしまったかのように呆気なく崩れ落ちた。これほど上手に倒される人間は初めてだ。

「おまえらみたいなチンピラに聞きたいことがあるんだ。商会の負け犬どもがどこに逃げたか、知ってるなら教えろ」

 突っ立ている方の男は、「えっ」と言って息を呑んだ。間抜けで臆病な子供染みた印象からして、まだ思春期の真っ只中なのかもしれない。その顔を軽くはたいてやる。

「知らないなら、それでも構わないけどな」

 次は強くはたいた。酔いを覚ましてやりたいわけではない。どれだけ苛めてやれば虚勢を張るようになるのか、試しているのだ。



 **



「知らねえよ、俺は! おまえらの言ってること、全然わかんねえ!」

 ネロの前を走るランスルが怒鳴り、ネロの後ろを走るギミィが笑う。

「いいや、知ってるさ! あんたが知ってることを知ってるのさ! 俺達は!」

 馬鹿共に挟まれて走るネロが苛立つ。

「うるせえよ! もっと速く走れ!」

「もっと速く走ったらッ! おまえら追いかけるの止めるのかよ……!」

「おまえには言ってないんだよ! 遅えぞギミィ!」

 息も絶え絶えになっている中年男が、まったく減速せずに走っている。追いかけても距離が縮まらないので、ネロはランスルの快足に舌を巻いた。快足を誇るのはネロも同じで、普段なら人を追いかけて追いつけないなどあり得ないことだった。

「さあ! これでも遅いと言えるか!」

 背後からギミィが叫んだ。振り返って見ると、なぜかギミィは自転車に乗っていた。さっきまで足を使って走っていたはずだが、今は立ち漕ぎで自転車を走らせている。

「道を譲れぇ!」

 言われるまでもなく、ネロは道の脇へ飛び退いた。危うく建物の壁に衝突しかけた。一瞬、自転車と併走し、追い抜かれる。

「誰か助けてくれ! 殺される……!」

 ランスルに迫るギミィ。だが、ブレーキ音を響かせて減速する。ランスルが曲がり角に入った。

 車体を横に傾けて、ギミィも曲がり角に滑り込む。失敗だ。体勢を保てなかったギミィは転倒し、自転車が投げ出された。

「何やってんだ! 下手糞!」

「怒るなよ!」

 すぐに起き上がらないギミィが自転車を指差してた。

「ネロ! 自転車!」

「乗れねえって言ったろ!」

「まだ乗れないのぉ!?」

 ネロの方が下手糞じゃないか! という罵声を無視して、ネロはランスルを追いかけた。

 このまま進めば、ランスルは路地を抜けて大通りに出る。追いつく算段のないまま走り続けるが、問題ない。打ち合わせ通りに事は進んだ。

 ランスルは、脇道で待ち伏せていたリドに顔面を新聞紙で殴られ、失速した所を腹に拳を叩き込まれた。そのままゆっくりと膝から崩れ落ちて嘔吐した。リドの手並みは実に鮮やかだった。

 ネロは深く息を吸って、呼吸を整えようとしたが、リドのヤニ臭い体臭を吸ってしまい、むせた。

「随分と走らされたな」

「本調子じゃなかったんでね」

 横向きで倒れているランスルの腹をリドが足で二度小突いた。その度にランスルは吐瀉物を少量ずつ吐き出した。

「別に痛めつけてるわけじゃない」

 ネロでもわかる。窒息しないように吐瀉物を吐かせているだけだ。

「俺は他人を殴ったり蹴ったりしても楽しいとは感じない。おまえはどうだ」

「なんのことですか」

 射抜くようなリドの目が、ネロを非難していた。幼い頃、大人に隠し事をして叱られた時に感じた、心に陰りが差していくような不安を思い出す。秘めていた後ろめたさを引きずり出される感覚だ。

 だが、リドから目を逸らしてはいけない。今この場でリドに非難されるような謂れはないのだから。

「必要があるなら殴ります。仕事は楽しくありません」

 リドは幾重にも折り重ねた新聞紙でランスルの口元を拭った。車に積み込む際に吐瀉物で汚したくないからだろう。力尽きたランスルは逃げも喚きもしなかった。

「ギミィはどうした」

「自転車で転んで寝てます」

「すぐに連れて来い。帰るぞ」

 胸に暗い予感を抱えながら、ネロはギミィを起こしに行った。不安も後ろめたさを無視して、人を殴る自分を想像すると気がまぎれるようだった。

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