9話 喧嘩
若い方の赤ら顔が殺意立った。ネロとの距離を詰めようと前に出た。見張り役と案内役が止めに入り、彼の両肩を羽交い絞めにした。その偶然と同時にネロの蹴りが若い方の腹に食い込んだ。見張り役と案内役は衝撃に耐え切れず、よろめきながら若い方を床に落とした。
ネロは若い方に椅子を投げつけた。続け様に助走をつけて横腹を踏みつけようとしたが、うまく踏めず、体勢を崩して若い方の上に転倒してしまった。起き上がると若い方の髪を掴んで、頭を何度も床に打ち付けた。
ベルンがリドに抗議した。もはや悲鳴に近い。
「待ってくれ! あいつを止めてくれ!」
「やらせた方が手っ取り早い。話せる状態じゃない」
すっかりベルンの声はかすれてしまった。
「あれはやりすぎだ!」
「それは同感だな」
ネロは立ち上がり、若い方の頭を蹴った。
「おまえ、さっき仲間がどうとか言いかけただろ?」
「……それがなんだよキチガイ野郎!」
思いの他威勢の良い返事だ。足を使って若い方を仰向けにした。顔の側面から出血している。
「俺もおまえらの仲間だったんだよ。商会にいたんだ」
その表情を観察しても何を考えているのかネロには読み取れない。だらしなく口が開いており、目は細く虚ろだ。少し考えて、これは呆けているだけだと合点がいった。
「今は虎目石で商会の奴らを狩ってる。こんなふうに」
ネロは笑う。若い方の顔を観察していると、まるで怒りが脳髄から筋肉と皮膚へと伝達されていく様を見ているようだ。肌は赤く、皺は深く、形相が怒りに染まる。
「殺す!」
ネロは飛びずさり、更に数歩下がって距離を設けた。その際見張り役か案内役のどちらかとぶつかった。若い方が壁に身を預けながら立ち上がった。産まれたての子馬のように覚束ない足取りだ。
「手出しはするな」
リドが見張り役と案内役に向けて言った。意外にも気乗りしているリドに目を向けていたネロは一瞬で押し倒された。強烈な体当たりをまともにくらったのだ。若い方ともつれ合った状態で顔に拳を振り下ろされた。頬骨を伝った痛みが脳を揺するようだ。
愉悦が急速に冷めた。何もかもが不愉快だ。力任せに手足を使い、クズの体を横に押し退けて起き上がった。時折視界にかかる邪魔なフードを脱いだ。
喚きながら掴みかかって来るクズの鼻筋を殴る。次は左目だ。逸れて唇に当たる。もう一度目を狙う。ネロも側頭部に拳をくらう。
口と鼻を血で真っ赤にしたクズが、目を見開いた。殴りかかろうとしていた腕を止めて頭をかばった。
ネロが拳銃を構えたのだ。無防備な腹に蹴りを叩き込み、壁際まで突き飛ばした。そのままクズが動かなくなるまで椅子で頭を殴った。
ネロは足が曲がった椅子を投げ捨てた。代わりに落とした拳銃を拾い上げ、腰に挿した。




