少女漫画は主人公を間違えました
「きゃあ!」
角を曲がった途端、目の前にある頭を突き合って衝撃のあまり地べたにはいついちゃた。
「大丈夫?」
手を差し伸べてくれたのは、
かっこよくて、顎が勇ましくて、手がごつくて、
背が高すぎて顔も把握できないイケメン。運命の人かも。
「はい。」
紅色に膨れ上がるほれ顔を見られないように照れ隠しカーテンを敷くけど、
その勇ましい手はそれすらひりほどいて私を引っ張ってくれる。
「大変だ。膝に血が出てる。おぶるから行先はどこ?」
「でも私の不注意だし、遅刻したら迷惑かけるから。」
私のハートは自負の念で押しつぶされそうだった。
彼の手を振りほどいて自分の胸に抱え込む。だが、彼は優しかった。
私の目に急接近して、振りほどいた手をもう一度掴んで。
「君さえいればこの先の絶望だって怖くない。
一緒に行こう、マイスイートハ二―。」
顔の距離は一センチほどで、厚い唇が一層輝いて見える。
やだ。そんなに見つめないで......これ以上見たら、私。
目覚まし時計が鳴ることに気付く。これは夢?
あたし、高木勇!
今日から高校の新学期が始まってワクワクウキウキしちゃう15歳の男の子よ。ウフッ。
とまあ、変にハイテンションな男児が一人いるが俺は決してオカマではないぞ。断言しとく。
俺の名前は高木勇だ。
今日の朝から心臓のなりが止まらぬ高血圧の状態で新しい学校へ行けるのか。
友達が100人、いや冗談ではなく本気で作ろうと一週間前から台本まで作って苦労したよ。
力作の構成分野は主にネット引用で例えば某掲示板の「友達つくりたいから教えてケロ」のスレを拝借し、
役に立つ言葉をノートに一字一句間違わず書き写ししまくった。あれはさすがに疲れたね。
「自分から話しかけろ」「ネタ帳は即座に見返せるようポケットサイズを買っていけ」「最低でも3000円は持って行け」「高校生がケロとか頭大丈夫」とか全部写し書きで、
しかも簡潔主義な俺だからきれいに書かないと納得いかない。
いつもより気合を入れて鉛筆に力をこめ、ちっさく角ばりを大切に筆書きしていた。
普段の字もきれいなのかといえばそうでもない。
テストのときは時間制限に束縛されると途端冷静な判断ができなくなってしまう習性が働いて、
破滅的な字を提出しては教員に呼び出される毎日だった。あのころが懐かしい。
思えば俺の性格はきくさで、
小中のあれがトラウマでロクに会話することすらできないほど重症患者だった。今もか。
高校生にもなって将来の夢が「ずっとお話ができるお友達をつくること」なんて笑っちゃうよ。
思えば中学も小学もひどい.......トラウマ回想を掻き消したのは下の階の妹だ。
今行く―!といつものように下の妹へと挨拶し、
新しい制服に着替え、新しいはみがきで心機一転、
そして5歳の妹と大学生の兄貴、母さんのいるリビングへと向かう。
もう高校生にもなって~のありがたい洗礼の言葉を聞く。
それ中学生初日も言ってなかったか?
やばい!もう時間がない!
俺は前日6度確認と検閲を繰り返した重たい指定校バッグを肩に抱え、
おニューの靴のひもを堅く結ぶ。
時間内に食べきれないのでパンをくわえて恥ずかしい。
バター直塗りでオーブンに浸してない食パンはやっぱりまずいが、もはや俺の芸当だ。
ずっとお話が出来るお友達をつくること。それが夢だった。
確かに願いは叶えられた。
友達の真意を知るまでの、玄関を出るまでの俺は
まだ幸せだったのだろうな。
友達をつくることは、
平和主義の終焉と自己満足のための大戦争に突入すること同義だったとは―
夢で見たあの曲がり角が、すべてを変えた。