メモリアルブック
ある寒い冬の午後。
しんしんと舞い落ちる冷たい綿が、僕の頬を濡らした。街は白銀の世界が広がっていて、その中を、小さな子供たちが、こぼれそうな笑顔を浮ながら雪と戯れている。
僕も少し前まではあの無垢な子供たちのように、ただ純粋に笑って過ごしていたのだ。今ではもう、笑い方すら忘れてしまったようだ。子供たちを見ても、僕の心は深い海の底に引きづられたまま浮かんで来ない。
あんなことにならなければ今頃、僕は……
家の庭へと出た後、僕は新雪を踏みしめながら、焼却炉の前まで歩いた。その隣には、今朝準備しておいた、焼却処分の品々が並んでいる。あの時、一緒に燃やすことができなかった品。
僕と、おじいちゃんの思い出の数々。
僕はおもむろに手を伸ばし、積み上げられた一冊の本を手にとった。表紙には、とあるグラビアアイドルが満面の笑みで、水着姿を披露していた。
僕と、おじいちゃんの思い出が一番詰まっている本だった。
ちょうど半年前、おじいちゃんの散歩という名目の買い物に付き合わされた時のことだ。本屋の店頭に並んでいたこの表紙をみた瞬間、おじいちゃんの動きが二十歳ぐらい若返ったように、機敏な動きで本にかじりついた。僕は最初、そんなに興味がなかったのだが、おじいちゃんの熱弁ですっかり心が動かされてしまい、二人のなけなしの小遣いを叩いて購入した頃には、もう僕も興奮を抑えられずにいた。おじいちゃんと肩を組んで道端を歩いて帰ったあの日が――今となってはセピア色に染まっていた。
「おじいちゃん……楽しかったよな」
もう、戻って来ないんだ。失った時間はもう、二度と戻って来ない。
焼却炉の上扉を開ける。中はすでに轟々と炎が渦巻いており、さらなる燃料の投下を待ちわびている。手に持っていた本を火口付近まで伸ばした時、僕の腕が言うことを聞かなくなった。
いつまでも思い出にしがみついてはいけない。わかっている。わかっているんだ……
僕の瞳から一筋の涙が流れた。それを服の袖で拭うと、じっと炎を見つめる。
「うわああああっ!」
僕は叫んだ。自分の体に鞭打つように。おじいちゃんとの思い出を胸に刻んで、ついに僕の手から、宝物が放たれた。炎は容赦なくすべてを飲み込み、すぐに灰黒い煙となっていった。
これで本当にさよならだよ……
再び涙が溢れ出す。
錆びた焼却炉から立ちのぼっていく煙を一人見つめながら、僕は思い出との別れをつげたのだった。
「……終わったか」
「うん。今、終わったよ。ったく、一緒に燃やしてくれるって約束だったのに」
「しょうがないじゃろう。あの一冊は、ワシにはあまりにも重たすぎるもんじゃったからのぅ」
軒下に熱いお茶を二人分と、和菓子の詰め合わせを持ってきたおじいちゃんは、しみじみと言った。
「あのないすばでぃ、のヨシカちゃんが麻薬で捕まらんかったら、舞台女優も夢じゃなかったのにのう……残念で仕方がないわい」
「ほんっとうにそうだよね……こうして写真集を燃やさなくても済んだのに」
「うむ……じゃがの! 過去にしがみついてばかりじゃいつまでたっても成長せんのじゃ! ほれ、次ブレイクしそうなアイドルを探してきたぞい!」
おじいちゃんは腰に挟んでいたスポーツ雑誌を取り出して、僕の前に広げてみせた。
「桃尻グローバルZ、略して『ももグロ』じゃ。みんないいケツしとるのぅー! このユニットは絶対にブレイクするぞい!」
「うん……うん! いいよこれ! お尻もいいけどみんな可愛いしスタイルいいなっ! あ、僕は赤でお願いします」
「ならワシは黄色じゃ。ほっほっほっ! これからが楽しみじゃのぅー!」
「よしっ、去年の思い出のヨシカちゃんグッズ、残り全部燃やそう」
「ほいさー!」
紐で束ねていたヨシカちゃん写真集と新聞記事を、僕とおじいちゃんは二人で抱えて焼却炉へ放り込む。間髪いれずに次の束を抱えて、炎の中へと投げ込んだ。
灰黒い煙は真っ黒になり、煙突から大量のすすが舞い上がった。軒下に戻った僕たちは、お茶と和菓子を手に取り、その舞い上がるすすが枯渇するまで、眺め続けていた。
去年、最もおちぶれたアイドルを燃やす儀式。
毎年恒例、アイドルオタクの僕とおじいちゃんだけの、ちょっと変わった『どんど焼き』。
一応ジャンルは文学にしていました。
まぁ、こんな物語もあったら面白いかなと思いまして。
ふふっと笑っていただけたら幸いでございます。




