冷えたスイカ (短編ホラー)
「冷えたスイカ」
今日は日曜日、そして晴天。
夏の強い陽光が、窓のカーテンの隙間から
差し込んでくる。
目覚まし時計を見る。もうじき正午。
部屋の中は、まるで蒸し風呂。
あまりの暑さに、眼が覚めたのだ。
ふいに俺は、違和感を感じた。
丸いスイカが隣に寝ていた。
目をこすった。
やはり丸いスイカが隣に寝ていた。
店で買ったわけでも、
誰かから貰ったわけでも無い。
なのに、このスイカは俺のベットで寝ていたのだ。
なぜだろう。
理由を考えてみたが、まったく分からない。
緑色の丸いボディ、黒い縞模様。
やけに大きく立派である。
手に持ってみた……ずっしりと重い。
とりあえず冷蔵庫の中のものを整理して
この立派なスイカを押し込んだ。
冷しておいて、あとで食べよう。
それにしても頭が痛い。
二日酔いか。昨夜の深酒のせいだろうか。
何か妙な夢を見ていた気もするが
さっぱり覚えていない。
洗面所に行き、顔を洗い、うがいをした。
居間に戻り、エアコンを入れた。
室外機の音が相変わらずうるさい。
テレビをつけた。
お昼のニュースの時間だった。
うちの近所でなにか事件があったようだが
あまり関心が無かった。
すぐにチャンネルを切り替えてゆく。
くだらない娯楽番組が映ったところで、
リモコンを手離し、台所へ行き、
湯を沸かし、昼食のカップラーメンを作った。
まだ、頭が痛む。
麺をすすり、スープを飲んだ。
身体が熱くなり、エアコンの温度を下げ、
扇風機もつけた。
妻は、どこへ行ったのだろうか?
麺を食べ尽くし、スープを一気に飲み干した。
まぁ、そのうち帰ってくるだろう。
カップラーメンの容器を台所で濯いでから
手で潰し、ゴミ箱に捨てた。
しばらくテレビを見ていた。
「テレビ番組」を観るのではなく、ただ漫然と
「テレビ画面」を見ていた気がする。
そろそろ、スイカが冷える頃だ。
そう思った時だった。
ピンポーン。
玄関のチャイム。誰か来たようだ。
慌てて玄関に行く。
ドアを開けたら、青シャツに紺色のベストを
着た男が二人。警察官だった。
近所でバラバラに切り刻まれた女性の死体が
出たそうで、色々と聞かれた。
正直どうでもいいし、鬱陶しかった。
ハヤク、スイカ、タベタイ。
鬱陶しかったので、適当に答えた。
しばらくすると、警官は帰って行った。
なにか訝しげな表情をしていたが、構うものか。
ハヤク、スイカ、タベタイ。
急いで台所に行き、冷蔵庫を開けた。
スイカがあった。よく冷えていた。
取り出して、スイカを胸に抱いた。
シャツ越しに冷たさが伝わってくる。
なにか違和感があった。
これは、スイカ、ではない……。
ダマレ!
俺は「スイカ」を、まな板に載せた。
包丁で切ろうとしたが、堅くて駄目だった。
やむなく峰で「スイカ」を叩き割った。
割れ目からのぞく中身を、スプーンで掬った。
とても柔らかい。まるでムースのように。
ムースを口に入れた。
その瞬間、なぜか妻の幼少時代の思い出が
脳裏に映った。
俺が知るはずの無い、妻の、妻だけの思い出。
まるでビデオのように、それは鮮やかに
脳内で再生された。
もう一さじ掬って、口に入れた。
今度は、妻の学生時代の思い出が、俺の心の中に
広がった。妻の初恋、甘い思い出。
見知らぬ若い男子学生に、俺は嫉妬した。
もう一さじ掬って、口に入れた。
結婚式の場面だった。ウェディングドレス、
チャペル、赤い絨毯、誓いの言葉、指輪、
そして俺との口付け。
俺の心に、そういった映像の断片が飛び交う。
目から涙が溢れた。
もういい、やめてくれ。
マダ、タベオワッテ、ナイダロウ
ノコスナヨ、ゼンブ、タベロ
もう一さじ掬って、口に入れた。
俺の心の中に、俺が映し出された。
酔っていたのだろうか。凄まじい形相だった。
手には鉈のような物を持っていて、俺はそれを
振り上げ、振り下ろした。
光る刃が、眼前に迫る。
そこで、映像は止まった。
俺は両膝を床に付いた。
「俺は、なんてことをしてしまったのだ!」
頭を抱え、泣き叫んだ。
ヨロコベ。
アイスル、ツマト、ヒトツニ、ナレタダロウ?
「黙れ! 貴様、よくも妻を殺したな!」
チガウ、オマエガ、ツマヲ、コロシタンダ。
「黙れ! この人殺しが!」
眼の前のスプーンには、血がこびりついていた。
俺は台所にあった包丁を眺めた。
ヤメロ!
俺は包丁を手に取り、切先を喉もとに当てた。
ヤメロ!
手に力を込めて、思い切り刺し込んだ。
血が、勢いよく噴き出した。
薄れゆく意識の中、まな板に乗せられ
頭蓋を割られた妻は、恨めしそうな顔で
俺を睨んでいた。
<了>
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