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 第二章 選出者の刻印

 隣町の中でも栄えている宿場街。

 町に溢れる人の数が多いのはこの町が物流の要となる町であるからだろうか。酒場から漏れる明かりで通りは見通しがよく、陽がとうに暮れた時間であると言うのに露店も盛んに客を呼び込んでいる。農業主体のあたしの町とはまた違った雰囲気の土地だ。

「――で」

 あたしは窓から見下ろせるにぎやかな通りから部屋の中に視線を移す。

「どうして三人そろって同じ部屋になるの? 少しは気を遣いなさいよねっ!」

 部屋の中にはマイトとクロード先輩の姿がある。マイトは扉に寄りかかった状態でこちらを見ており、クロード先輩は部屋に置いてあった椅子に優雅に腰を下ろしている。

「そんなに嫌ですか?」

 しれっと問うクロード先輩。持ってきたらしい書物を机に置いて首を傾げる。

「嫌。絶対に嫌」

「だけどな、ミマナ。お前、命を狙われているかもしれないんだぞ? あの黒尽くめが襲って来たらどうする?」

 心配そうな顔で諭すように言うマイト。

 ――いや、まぁ、その気持ちは嬉しいけど。

「そのときは絶対に応戦しないから大丈夫。まずはあたしがゆっくり休める環境を、ですね、提供して欲しいわけなんですよ。――わかってる?」

 あたしは手を腰に当てて二人を睨む。

「我々がいると落ち着いて休めない、と?」

「そう。その通り」

 クロード先輩の台詞にあたしは大きく頷く。

「何を今さら意識して――」そこでこほんと小さく咳払い。「――えぇっと、意識して欲しいとは言いましたが、合宿で同じ部屋で転がっていた時代もあった仲ではありませんか。それってつい三、四年前の話ですよ?」

 合宿。

 クロード先輩が言う合宿とは、マイトの父親がやっていた格闘訓練のための合宿である。年に数回行われる合宿をあたしは物心がついて以来一度も欠席したことがない。もちろん、そんな合宿に参加するような女の子はあたししかおらず、必然的に寝泊りする部屋は同じだったわけだが。

「状況が違うでしょ? 状況が」

「何が違う?」

 きょとんとして首を傾げるのはマイト。本気で違いがわかっていない様子。

「あたしは今、独りにして欲しいのっ! 独りでゆっくり考えて、気持ちを落ち着かせて休みたいの! その気持ちぐらい察しなさいよ!」

「察した上での合理的な判断ですよ?」

 言って、眼鏡の位置を直すとクロード先輩は立ち上がる。

「いいですか? 確かにあなたを休ませたいとは思います。しかしですね、それ以上にあなたを危険な目に遭わせたくないのです。いざというときに護れるようにそばにいたいと思うのが男というもの。相手が愛する女性であるならなおさらでしょう。あなたこそオレたちの感情を察して従うべきだ」

「それのどこが合理的な判断なわけ?」

 ――眼鏡に触れたって言うことは、これは建前ってことか。

 あたしは近付いてくるクロード先輩の一挙手一投足を見逃すまいと注意する。

「合理的にこうせざるを得なかった理由は、町の財政難にあるんじゃないの?」

 ぴたり。

 クロード先輩の歩みが止まる。

 核心を突くことができただろうか。あたしは続ける。

「予算的に考えて、連続する二つの部屋を借りるよりも一つの部屋に収まるほうが安い上に便利――そういうことじゃないの?」

「……ほう」

 クロード先輩は口元を少しだけ上げる。

「それに――あたしが言うのも変だけど――同じ部屋にいたほうが、クロード先輩的に安心できるから、そういうことでしょ?」

「ん? それ、どういうことだ?」

 どうにも状況がわかっていない様子のマイトが不思議そうな声を出す。

 ――マイトの頭の中があたしを護ること以外になんもないからこその台詞だわね。

「……余計な心配だった用ですね」

 クロード先輩は苦笑して呟く。

 昨晩は勢いであぁなっただけで、マイトはあたしをどうこうしようという気はない――ということである。クロード先輩が心配するような事態はマイトの中では想定外なのだ。

「言っておくけど」

 牽制ついでに、あたしは続ける。

「あたしはマイトを信用しているし、マイトだってあたしのことをよくわかってる。だからこそそばにいられるし、隣で戦っていきたいとも思ってる。そういう関係なのよ?」

 戦場でともに互いの背中を預けられる――そんな関係でありたいとあたしは思っている。マイトの気持ちとしてはちょっと違うようだけど。

 あたしがちらりとマイトを見ると彼はふいっと顔をそらす。部屋の角灯に照らされているせいかマイトの頬が普段よりも赤くなっているように感じられた。

「――でしたらオレは」

 ――ん?

 まさかそこで口を挟んでくるとは。あたしは視線をクロード先輩に戻す。

「前衛として戦うあなたを支援する立場でありたい。戦場で舞うあなたが一番輝けるように全力で補佐しましょう」

 クロード先輩の真剣な表情。

 ――えっと……あたしはどう反応したらよいわけ?

 思わず対応に困って目をぱちくりさせる。

「あなたにとって、そういう存在は不要ですか?」

「危険な場所に送り出しておきながら安全な場所にいるような、自分大事な人間はいらない、だろ?」

 続けて問うクロード先輩にマイトが割り込む。少々苛立った感じがするのは気のせい……よね?

「うーん……そこまではさすがに言わないけどさ……」

 人間には向き不向きがある。

 クロード先輩に前衛になれとは言えない。彼は後衛としての仕事に適している人間であり、その場所にいるほうが彼の能力をもっとも有効活用できるだろう。正直、後方で指示を飛ばす立場の人間を選ぶなら、マイトではなくクロード先輩をあたしは選ぶと思う。それはマイトを信頼していないからではなく、マイトにはマイトのできることや適性があると考えるからだ。

 少なくともあたしはマイトは前線で戦況を見ながら指示を出し、敵を切り崩していくのが合っていると思っている。積んできた経験や知識を最も効率よく発揮できるのがその場所である、と。

 ――ならばあたしは、どこにいるのが良いのだろう?

「と、とにかく。――本題からそれたわっ! あたしは独りで寝たいの。それを叶える気があるかないか、どっちっ?」

 その問いに、マイトとクロード先輩は互いの顔を見る。

「面倒だし、今晩はこれで良いんじゃないか?」

「オレはもとからこの状況をお勧めしていますが?」

 ――う……今晩は我慢するか。

 思ったよりもさわやかに返してくる二人。利害が一致しているようなので、衝突することもないようだ。

「わかった……」

 あたしは項垂れて了解を示す。

 ――仕方ないわよね。心配してくれているのは事実なんだから。

 はぁ、っとため息。今晩も落ち着かない夜を過ごすことになりそうだと思うと、気が重かった。



 夢の中。

 ――うん、たぶん、そう。

 扉に寄りかかるようにして寝てしまったマイトと、椅子を寝台代わりに寝てしまったクロード先輩の気配がない。

 ――しかしこれは。

 いつもの見慣れた夢とは異なる。暗闇が続き、周りに何があるのか判然としない。

 ――疲れが溜まっているのかなぁ……。

 普段なら自分の故郷に似た場所を舞台に、幼い頃の思い出を自分勝手に演出を加えて編集したようなものを見ているあたしにはあまり慣れない光景。

 ――どうせなら、もっと楽しい夢を見せてくれりゃいいのに。

「期待に添えなかったようで悪かったな」

「えぇ、まったく……!」

 どこからともなく聞こえてきた声。あたしは声の主を反射的に探す。

 ――だってこの声は……。

「――よほどあたし、疲れているみたいね。まさか夢に呼び出しちゃうなんて」

 すぐさま警戒。ここがあたしの夢の中だとしても、ここは身構えるべき場面だ。

「呼び出したのは僕のほうなんだが……姿を見せようか?」

 男が言うなり、あたりが急に明るくなる。あたしは腕で光を避ける仕草をし――次に正面を向いたところで男の姿が目に入った。

「なかなか君が独りにならないので、夢に介入することにした。多少気分が悪いかもしれないが、ご了承を」

 黒尽くめの男が立っていた。前回の好戦的な様子はなく、想像以上に丁寧な所作で頭を下げてくる。背景は相変わらず殺風景な闇が広がっているだけだが、そうであるのに男の姿ははっきり見えた。変な感じだ。

「名も告げず、姿も明かさず、それでいながら神の使いだと名乗る。――あなた、一体何なの?」

 警戒を緩めることなく、あたしは黒尽くめから視線をそらさずに問う。

「自己紹介がまだだったな。――こちらの世界ではルーク=ブレイブと名乗っている。顔も見せたほうが良いかな?」

 言って、ルークと名乗った男はぱちんと指を鳴らす。それに合わせて彼の顔を覆っていた布がはらりと落ちた。

 ――!

 輝くような太陽と同じ色の長い髪。真夏の空のような澄んだ青い瞳。透明感のある白い肌。整った中性的な顔がそこにあった。

「か……顔を隠しているなんてもったいないわよ」

「目立つから隠しているんだが」

 ――あぁ、それは言えてるかも知れない。……って、そうじゃなくて。

 あたしは気を取り直して続ける。

「あたしに一体何の用があって昨晩は部屋にいたわけ?」

「吉報を届けに」

 短い返答。うん、確かにその通りだ。あたしは記憶を遡って納得する。

「じゃあ、なんであたし、町を出なくちゃいけなかったわけ? 脅されて飛び出してきたんだけど?」

 あたしの問いに、ルークは嬉しそうに微笑む。

「君にはどうしても選出者となってほしかったからな」

「あたしが選出者に? またどうして?」

 どういうことなのだろう。

 クロード先輩情報では、今年の選出者はまだ未定であるという。あたしを選出者として呼んだのが嘘であるなら、確かに選出者は決まっていないはずだ。

 ルークはあたしの問いに対して、少し困ったような顔を作ると口を開いた。

「――我が主を殺して欲しい、そう依頼したらわかるか?」

「……!?」

 ――我が主を殺すって……どういうこと?

 あたしは頭の中を整理すると深呼吸をする。そして質問を投げた。

「それってつまり……神様を倒せ、と?」

「平たく言うとそうなるな」

 さわやかにさらりと答えるルークさん。

「でぇぇぇぇえぇぇぇっ!」

 あたしはあまりのことに叫ばずにはいられない。

 ――いや、だって、夢にしてはちょっとこのノリはないでしょ。

「僕は君を選出者に任命したい」

「えっと、任命って……」

 何がどうなっているのかわからない。夢だといってもわけのわからないことだらけだ。処理できない。

「選出者――それは神を倒す力を与えられた者のこと。町の祭りはかつての伝説に基づいて行われているだけのもので、大した意味はない。本来なら選出者は神の使いである僕のような存在が任意の人間を選び力を与えることで成立するのだよ」

「で、でもっ! だけどよ? 神様を倒しちゃって大丈夫なわけ? この世界は問題ないの?」

 神様を倒す――彼はそんな大それたことをなんでもないかのように言う。神様はこの世界を作った存在であり、そう簡単に倒されては困るものではないのか。

「神様も変わらねばならない。そのために、神を孕むことのできる乙女を選ぶのだからな」

「神を……孕む――ですって?」

「その通り。故に、選出者を辞退したい場合は男と交わるのが一番手っ取り早い。それで資格は失われる」

 ――お……男と交わる、とな?

 あたしはその言葉の意味を考え、全身が熱くなるのを感じる。

「選出者であり続けたいなら、清き身のままでいることだな。簡単なことであろう?」

 簡単だろうか。思わず頭を抱える。

「おや、交わりたい殿方がいると? ――あぁ、あの少年か」

 あの少年。

 あたしはその台詞を聞いてマイトの姿を想像してしまう。

「ちっちがぁぁぁぁぁうっ!」

 全力否定。身体から火が出てきそうだ。

「ならば良かった。君は彼に対して防御が弱いようだから、心配していたのだよ」

 ――う……防御が薄いのは確かだけどさ。

「神を孕み、産み落としてくれれば君は自由だ。好きなように恋だの愛だのして構わない。それまでは耐えて欲しい。それが僕の願いだ」

「耐えるってねぇ……」

 さらりとこの美形お兄さんは言ってくれるが、言う人の見た目が違うとかなりの変態発言だと思うのだが。

「それと、だ。君が選出者となることを快く思わない人間もいる。君の行く手を阻む存在となるはずだ」

「そ……そんなのがいるの?」

 邪魔をする者がいる。それは神を倒すのを悪いと思う者たちだろうか。

「神の使いは僕だけではない。同様の役割を持つ使いが他に二人いる。神を倒すことのできた選出者を選んだ使いには次期神の側近となることが約束されているため、その地位を狙う者は確実に邪魔をしてくるだろう」

 ふむ。神様の世界にもいろいろあるらしい。

「じゃあ、あなたはどうしたいの?」

「僕?」

 まさか問われるとは思っていなかったのだろう。彼はきょとんとした顔をする。

「えぇ。だって、あなた、あまり興味がないみたいだから」

 選出者を辞退するなら男と交わってしまえ、などと過激なことを平気な顔で言う人物である。脅しているようにも見えなかったので気になったのだ。

「あぁ、そう見えると?」

 あたしはこくっと頷く。

「僕は同じ使いである一人には是非とも良き選出者を見つけ、神を倒して欲しいと思っている。それは別に君に期待していないからという訳ではない。彼ならば次期神をきちんと教育し、世界を安定させるだけの力があると思っているからこそだ」

 ――へー。認めている人物がいるわけだ。

 しかしそこで彼は表情を硬くする。

「だが、もう一人の彼にはその地位について欲しくはない。この世界を確実に崩壊へと導いてしまう……それだけは阻止したい」

「つまり、あたしは『良き使いの選出者が神を倒せなかったときのための存在である』ってこと?」

「物分りが良いな」

 微苦笑をしてルークは頷く。

「どうにも中途半端な立ち位置での願いで恐縮だが、選出者として仕事をしてくれないか?」

「つまり、神を倒せ、と」

「はい」

「悪い使いの選出者が神を倒してしまわないように、ってことよね?」

「はい」

 なるほど、納得したと言って引き受けても良いものなのだろうか。あたしは迷う。

「あれこれ考えるのは君に合わないな。ここは頷く場面だ。選出者を辞めたいなら、いつでもできるだろう? 僕は困るが、自分の目が悪かったと思うことにしよう。もちろん、君をどうこうするつもりもない。約束する」

「むぅ……わかったわ。一応了承してあげる。不慮の事故で選出者としての資格を失っちゃったとしても恨まないでよ?」

「恨まないさ。――では、任命の証を」

 ルークはそう言ってあたしの首筋にその指先をあてる。

 ちりっ。

「!」

 痛みが走り、あたしはさっと後退する。

「これで契約完了だ。これが夢であったか現実であったのかはその首筋の痣が証明してくれることだろう。――今夜のところはこれで失礼」

 笑顔でこちらを見ているルークの姿が霞んでいく。

 ――あれ、なんかまだ確認していないことがあったような……。

 視界が白んでいく。それは夢から現実に戻ってきた証拠であった。



 朝、宿屋の食堂にて。

 食事時にしてはまだ早い時間らしく、席についている人の数はまばら。そんな食堂の端っこを陣取り朝食中。

「――と、まぁ、そういうことなのよ」

 搾りたての牛乳を飲みながら、あたしは夢で見た話を二人にする。

「なるほど。それでその痣ね」

 左側に座るマイトがあたしの首元を見ながら頷く。彼の前に置かれた皿はすでに空になっていて食事は済んでいる。

「三日月のような形ですよね」

 右側に座るクロード先輩が生野菜を突きながら一言。彼もそろそろ食べ終わりそうだ。

「言われてみればそうね。上弦の月、みたいな?」

 自分でその痣を見ることはできないが、鏡で見た記憶からすればそんな形だったような気がする。今も拳大で青黒い三日月があたしの首の左側に浮かび上がっているはずだ。案外と目立つ。

「その話が現実だとすると、他の選出者も同じ痣を持っているってことか?」

 うーんと小さくうなり、首を傾げるマイト。

「これが選出者を示すものならそうでしょうね。――そういう伝説みたいなの、クロード先輩は知らないの?」

 あたしがこの話をしたのには二つの理由がある。一つはこの痣と夢についての説明がしたかったこと、そしてもう一つは伝説や伝承などにも精通しているクロード先輩から情報を得ること。

 ――ま、知らないなら知らないで仕方がないんだけどね。

 期待のまなざしをクロード先輩に向けると、彼は考え込む。

「そうですね……選出者にまつわる祭りが伝承から生まれたものであるって事は聞いたことがありますよ。役場の祭事担当者なら必ず学ぶことでしょうし」

 ――で、情報課のクロード先輩はなんで知っているのよ?

 心の中で突っ込みを入れるにとどめて、あたしは相槌を打って話を促す。

「『神の使いが選びし者を選出者とし、特別な力を与える』みたいなことはどこかで読んだことがありますね」

 ――ん?

 あたしは生野菜をもぐもぐしていたのを飲み込む。

「特別な力?」

「えぇ。具体的な資料はありませんでしたが、確かそのようなことが書いてあったかと」

「ふむ」

 特別な力――それは神様を孕むことができるということだろうか。それとももっと別の何か。

 ちなみに夢の話の中で、選出者を辞退するための方法については伏せている。いや、だって、説明するの恥ずかしいじゃない? 黙っていても構わない事項ならこちらから明かす必要はないでしょ、きっと。

「ははは。ミマナが魔法を使えるようになったら似合わないな」

 何を想像したのかは知らないが、マイトはあたしを見て笑う。

「に……似合わないって? そこ、そんなに笑うところかしら?」

「だって、魔法って後衛の連中がせこせこやるもんだろ? 特攻しちまうミマナには合わない」

 その台詞にいち早く反応したのはあたしではなかった。

「せこせこというものでもありませんよ? 前衛に対し強化系の術を使ったり、敵の攻撃力を削ぐための防御系の術を使うだけでなく、きちんとした魔導師であれば敵自体を倒すこともできます」

 不機嫌な言い方のクロード先輩。彼がこのような言い方をするのは珍しい。

「魔導師なんて筋力なしの頭でっかちじゃないか。本読むだけじゃなく身体も動かせってぇの」

 彼の人生の中で何があったのかは知らないが、マイトは魔導師のことをいつも悪く言う。彼の意見はかなりの偏見だと思うが、しかし魔導師をよく思っていない人は多い。誰もが使えるわけではない不可思議な力を扱える存在、それが魔導師と呼ばれる人々だから。人間は、自分で理解できないものをとことん嫌う性質を持つ。その顕著な例がマイトだと思う。ちなみにあたしはそこまで嫌ってはいない。

「そうおっしゃるなら言わせてもらいますけど、前衛の戦士なんてただの暴力愛好家じゃないですか。血と肉に飢えた野蛮な存在だ」

 口元を小さな布で拭いながらクロード先輩が棘のある口調で言う。

「なんだと!」

 がたんっと椅子を倒して立ち上がるマイト。クロード先輩の態度が気に入らなかったようだ。

「ほら、あなたはそうやって力で訴えようとする」

 やれやれといった様子で肩を竦めるクロード先輩。さらに続ける。

「人間はもっと知性豊かな生物です。言葉が通じれば互いの意見をぶつけ合うことは可能でしょう? それを放棄するような人間は野蛮な存在であると言っているのです」

 冷ややかなクロード先輩の視線と、怒りで燃え滾るマイトの視線がぶつかる。

 ――うーん、この二人の内面は正反対だなぁ……。

 あたしはふぅっと息を吐き出す。

「はいはい、二人ともそこまでにして。食堂を出入する人も増えてきたんだから、騒ぎを起こさないでちょうだい」

 マイトが倒した椅子を起こし、彼に座るよう裾を引っ張る。そしてクロード先輩には視線で示す。

「――ミマナは文句ないのか? クロード先輩にあぁ言われて」

 しぶしぶ腰を下ろすマイト。あたしの横顔に小声で訊ねてくる。

「そうね。あんまりいい気持ちじゃないけど、口より先に手が出ちゃう性格だってことはあたし自覚しているもん。そういう意味なら、あたしはクロード先輩の言う野蛮な存在ってことになるわ」

 だから前衛志望。後ろで落ち着いて状況を判断して戦略を練るなんてこと、あたしには到底できない。

「ミマナ君はその意味で言うならそうなりますね」

 クロード先輩は前に流れてきた長い三つ編みの毛先を優雅な仕草で後ろに払う。

「ですが、環境が変われば違ってくるかと思いますよ。ミマナ君はマイト君と違って柔軟さがありますから」

「頭がっちがちのクロード先輩に柔軟さがどうだとかの講釈は受けたくない」

 むっとしてマイトが返す。その態度がまだまだ子どもっぽい。

「それはそれは失礼いたしました」

 そんなマイトを口先だけで軽くあしらうクロード先輩はだてにあたしたちより数年長く生きているわけじゃないといったところか。大人の態度と言うにはまだまだのような感じだが、年上の態度には違いがないと思う。

 ――うーん。この二人と一緒にいて大丈夫かな? 変に対立しているし。

 あたしは正直頭が痛い。

「――えっと……話を戻していいかしら?」

 途中から魔法がどうのと言う話になって脱線してしまっている。本題はそこではない。

「何の話だっけ?」

 本気で忘れているらしい。マイトがきょとんとして言うのを、あたしは睨んで返す。

「選出者を決める神の使いの人数だとか、それぞれの目的だとか――」

 そこで一度区切ると、声を低めて続ける。

「神を倒せなかった場合どうなるのか、とかね、そういったことに関係ありそうな伝説や伝承は知らない?」

「さぁ……どれもこれも関係していそうですからねぇ。確実にこれだと言うことはできませんよ」

 それもそうだろう。祭事関係のお話はあたしの町だけでもいくらでもあるし、これが町単位で存在し国家にまで及ぶと言うならば数も果てしないことだろう。書物としてまとめられているものもあれば、口頭で受け継がれているものもあるだろうし。

 当然だと納得していたあたしに、クロード先輩は人差し指を立てて横に振る。

「ん?」

「しかし、選出者に関連した祭りの話なら、ここの役場にも資料があるはずです。見に行ってみるのも手ではありませんか?」

「あ」

 クロード先輩の言うとおりである。あたしの町に隣接するいずれの町にも、選出者を出して今後十年の町の栄枯盛衰を占う祭りは存在する。発祥はおそらく似たり寄ったりであろう。

「そうとくれば、これから町役場ね。図書館併設型だと助かるんだけど」

 残っていた牛乳を飲み干すとあたしは勢いよく立ち上がる。

「さぁ、どうでしたかね。いくらか施設が充実しているとは思いましたが」

 農村の役場よりもずっと都会のこちらの役場の方がいくらか規模が大きいことだろう。街の活発さからしても期待できると思う。

「動き出さないと始まらないのは事実だからな」

 マイトは気乗りがしないようだが、頷くと立ち上がる。

「ようっし。待っているのはあたしの性に合わないもんね。こっちからも仕掛けるわよ」

 二人がついてきてくれることを確認したあたしは、早速町役場に向けて歩き出したのだった。



 世の中そう甘くはない。

「うーん……思った以上に難航しそうね」

 夕方の大通り。あたしたち三人は役場からの道を徒歩で移動中。

「つっても、収穫がなかったわけではないだろう?」

「それもそうだけど」

 町役場にて運良く祭事担当の人間を捕まえることはできたのだが、結局そこまで。この祭りがだいぶ昔から行われていること、そしてそれが行われるきっかけとなった神話が存在すること、その神話に関した資料は一般の人間には公開されていないことを知れただけで、具体的な情報はほぼ皆無。併設された文化資料館も見てきたが、大した収穫はなかったのだった。

「神話の資料は非公開、それが一番残念ですね」

 浮かない顔で言うクロード先輩。あたしの町の役場の人間として一生懸命掛け合ってくれたのだが、この町で管理しているわけではないからと断られ、その所在の情報を聞きだすこともできなかった。

 ――だけど、祭事担当の方に会えたのはクロード先輩のおかげなんだけどね。

 この町の情報課に知り合いがいて、その縁で引き合わせてくれたらしい。ありがたいことだ。

「仕方ないわよ。歴史的価値があるから平民には見せられないってことでしょ? 納得できることだわ」

 残念だと言う気持ちには共感できるが仕方がない。何か知っているんじゃないかとこの痣の話を祭事担当者さんに語ってみたが、よくわからないと言われただけだったし。この町で得られる情報はこの程度なのだろう。

「国のお偉いさんに知り合いがいれば何とかしてくれるかな?」

 屈託なくマイトが呟く。

「いやぁ、そう都合よくそんな知り合いはいないし」

 あたしはクロード先輩に視線を移すが、彼は苦笑して肩を竦めた。クロード先輩の伝手にも国のお偉いさんはいないようだ。

「今知り合いじゃなくても、これから作る、なんてどうだ?」

「簡単に言うけど、現実的に厳しいわよ。どうやって知り合いになるつもり? 家に押しかけるの?」

 マイトはなんでもないことのように提案してくるが、あたしには無理だろうとしか言いようがない。何か名案でもあるのだろうか。

「護衛の募集を探せばいいかな、なんて思ったんだけど。――そりゃ都合よくそんな募集はないだろうとは思うけどさ」

 あたしの視線に込められた思いを察したのか、後半は自信なさげに呟く。

 そんなマイトの台詞に反応したのはクロード先輩だった。

「あぁ、それはまだ実現できそうな話ですね」

「できそうだとは思うけど、それで資料を見られるとは思えないけど?」

 半信半疑な気持ちのままあたしは二人の顔を見る。

「それでも情報を得られる確率は上がるでしょう。それに、お二人なら護衛の仕事を任されてもきちんとこなせるでしょうし、向いていると思いますよ。情報は得られなくても旅費が手に入れば無駄にはなりませんし」

 旅費。

 これもまた頭が痛い問題である。慌てて出てきただけに手持ちが少ない。この旅が長くなれば長くなるほど懐が寂しくなるのは必至であり、従ってどうにか旅費を工面する必要はある。

 ――って。

「あたしたちが護衛の仕事をするとして、よ? クロード先輩は何をするわけ?」

 さりげなくクロード先輩は護衛役から自分を対象外にしている。あたしが指摘してやると、クロード先輩はにっこりと微笑む。

「痛いことは嫌ですからね。オレは別行動をさせていただきますよ」

「そりゃそうだろうな。かわすことしかできない非戦闘員が護衛なんてできないだろうし」

 参加拒否を表明するクロード先輩に、わざとらしく言うマイト。ぎすぎすした空気が流れ始める。

 ――なんだろう。今日はやけにつっかかるなぁ、マイトの奴……。

「えぇ、なんとでも言ってください。人にはできることとできないことがあるのですから」

 口の端をぴくぴくさせながら言い返すクロード先輩。一応笑顔を保っている。

「できないんじゃなくてしないんだろ? 所詮自分の身が大事な御坊っちゃんってことか」

 にやっと笑んでマイトが言うが、クロード先輩が熱くなる様子はない。反対に笑顔が冷ややかなものに変わる。

「身体を張ることしか頭にないあなたとは違うということですよ」

「んだとっ!」

「二人ともやめなさいっ!」

 あたしが怒鳴って立ち止まったためにマイトとクロード先輩は急停止。

「あたしに協力しようって言うなら二人とも仲良くしなさいよね! いつまでもそうやって言い争いをするなら、あたしは一人でもこの旅を続けるわ!」

 いい加減にしてほしい。あたしは二人の不毛なやり取りに対して怒りを爆発させる。

「いや、だけど、ミマナ」

「あなたを一人にするなんてできるわけないでしょう?」

 困惑する二人。

「そう言うなら仲良くする! 本題から話をそらさないこと! いいわねっ!」

 あたしはきっぱりと言い切って歩き出す。そろそろ宿屋が見えてくる頃だ。

 ――はぁ。これでもう少し互いを認めてくれりゃいいんだけど……。

 小さくため息。

 あたしは二人を必要としている。マイトが傍にいてくれれば心強いし、クロード先輩は頼りになる。一人でだったら旅なんてきっとできなかったはずだ。

 ――だから、二人とも一緒に来て欲しいんだけどなぁ。

 難しいことではないはずだ、そう信じたい。

 あたしがそんなことを考えながら歩いていたときだった。

「ひゃあっ!」

 前方にいた少女の叫び声。さらにそこから走って遠ざかっていく影。

「どっ、泥棒っ! 誰か追ってっ!」

 くるくるとした巻き毛の少女が真っ赤な顔をして叫ぶ。どうやら彼女はぶつかった拍子に持っていた荷物を盗られたらしい。

「待ちなさいっ!」

 あたしは状況を理解すると、通りを逃げていく影の追跡に気持ちを切り替える。

 ――この道は確か見通しのよい真っ直ぐな通り。路地は行き止まりになっていたはず。

「おい、ミマナ!」

 犯人らしき人影を追いかけ始めるあたしに、同じく駆け始めたマイトが声を掛けてくる。そんな彼の目は獲物を追う目。

「捕まえるわよ!」

 あたしの声に、マイトは足を速める。

 ――うわ、でかい図体の癖に速い!

 ちらりと後方を見ると、クロード先輩は被害者である少女の様子を見守る方についていた。なかなか良い判断だ。クロード先輩らしいと言うか。

「ちっ……」

 あたしたちは犯人の舌打ちが聞こえてくるまでに接近。犯人――汚れた服装の壮年の男は胸に不釣合いな鞄を抱えて逃走中。それが確認できたところであたしは跳躍した。

「待てって言ってんでしょ!」

 走って勢いのついた跳び蹴りが犯人の腰に炸裂。

「ぐあっ」

 低く短い悲鳴を上げて男はそのまま前方に倒れ込む。

 がしゃっ。

 ――あら、嫌な音。

 あたしはその流れのまま犯人の男の胸倉を掴み引っ張り起こす。

「人様の物を奪うなんていい度胸しているじゃない! 返しなさい!」

「す……すみません……」

 言って、男はその胸に大事に抱えていた鞄をぱっと手放す。

「って、ちょっとっ!」

 割れたような音が聞こえてきたのはその鞄の中からだったはず。あたしは男を掴んでいた手を離し、鞄に注意を向ける。

 その刹那。

「ふんっ!」

 男の蹴りがあたしに襲い掛かってくる!

 ――わわっ!

 こんな状況下でも諦めずに反撃してくると思っていなかったあたしの胴はがら空き。そこに吸い込まれるように男の足が向かってくる。

 ――避けられない!

 がすっ!

 がちゃん。

「くっ」

 咄嗟に構えたおかげか、吹き飛ばされるほどの威力はなく。

 ――ってか、案外と効くんですけど、このおっさんの蹴りはっ!

 あたしはその場に踏みとどまり、顔を歪める。

「おっさん」

 低く響くその声はマイト。

「その程度にしておきな」

「いっ……!」

 犯人の男の腕をマイトが締め上げている。

「――ミマナ、大丈夫か?」

 拘束する手を緩めることなく、心配そうな顔をしてあたしを見る。

「へーきへーき。打たれ慣れているから」

 笑顔を作ってあたしは答えたつもりだが、正直ちゃんと笑顔になっていたか。不意打ちの攻撃は結構痛い。

 ――最近まともに組み手やっていなかったしなぁ。身体がすっかり鈍ってる……。

 心の中で盛大なため息。この気持ちを悟られるわけにはいかない。これはあたしの意地だ。

「しかし……」

 あたしは犯人の足元に落ちた鞄をそっと拾い上げる。かしゃかしゃと何かがこすれあう音。

 ――中身……無事かなぁ……。

 跳び蹴りを選択したのは間違いだったと今更後悔してももう遅い。犯人が大事そうに抱えているのを見て、もう少し慎重になるべきだったと思う。反省反省。

「ミマナ君」

 鞄を取り返したところでクロード先輩と被害者の少女が合流。あたしは気まずいながらも鞄を少女に差し出す。

 ――さ、先に謝っておいた方がいいわよね。

 あたしは受け取られる前に頭を下げる。

「ご……ごめんなさいっ! もしかしたら、中身……無事じゃないかも」

「え……? あ――気になさらないでください」 

 すごすごと差し出した鞄を受け取ると、少女は一瞬驚いたような声を出し、そしてやんわりとした口調でそう告げた。

 あたしはおそるおそる顔を上げる。

「私が一番心配していたのはこれですから」

 言って鞄から取り出して見せてくれたのは一冊の本。

 ――ん? 魔導文字?

 真っ赤な表紙をこちらに向けてくれたのだが、そこに書かれている文字は見慣れないもの。どこかの資料館で見た魔導文字に似ているような気がする。

「なかなか手に入らない貴重なものなんですよ。ようやく見合った金額を払い終えたというのに奪われたとなったら――」

 そこで端整な彼女の顔が冷たく凍る。

「――呪い殺してやるところでしたわ」

 ――こ、恐いっ……。

 その表情を見たあたしは思わず後ろに下がる。

「……え? その本、まさか……」

 その場の空気に合わないクロード先輩の驚く声。

 ――ん? なんだなんだ?

「あら、ご存知ですの?」

「古代魔法をまとめたと言われている本では? 神話で語られている時代に至る所に存在したと言う魔法をまとめた――」

 そこまで言ったときにはすでに彼女の手はクロード先輩の手を包み込んでいた。

「そうっ! そうですっ! これはある高名な方の写本ですけどっ! ご存知なんですね!」

「えぇ、まぁ……」

 目をキラキラさせながら嬉しそうに語る少女。ついさっきまでの冷たい気配は完全にどこかに吹き飛び、うきうきとした空気が全体を満たそうとしている。

 ――なんかすごい少女に出会ってしまった気が……。

 完全に引いてしまっているクロード先輩があたしに助けを求める視線を向けたような気がするが、気付かなかったことにしよう。

 ――ってか、クロード先輩はなんで魔導書の話も知っているのかしら?

 何でもよく知っているクロード先輩だが、まさか魔導関連についても興味があったとは。それゆえに魔導師たちに対しても肯定的だったのかもしれない。

「――で、この犯人はどうします?」

 逃げないようにしっかり犯人を捕まえていたマイトがそこで割り込む。

「あ、あら嫌ですわ、私ったら」

 マイトに声を掛けられて我に返ったらしい。頬を赤く染めて少女はクロード先輩の手を離すとマイトに身体を向ける。

「窃盗の現行犯ということで役所に届けましょう。罪は罪。法に則って罰せられるべきです」

 少女は犯人を睨みつけながらきっぱり言う。

「くっ……」

 今度こそ観念したのだろう。犯人の男は力なく項垂れる。

「んじゃ、このまま引き返すとしますか」

 マイトは犯人をもう一度軽く締めると、役場に向かって歩き出す。

「――あっ! そうですわ」

 皆が役場に向かって歩き出したそのとき、ぽんっと手を叩く音。その音がした方には被害者の少女。

「助けていただいたお礼がしたいのです。犯人を役所に届け終えたら是非私の屋敷にいらしてください。夕食をご馳走いたしますわ」

 感謝の気持ちがよく表れている笑顔。

 どうする、そう訊いてくるマイトとクロード先輩の視線。二人ともあたしの意見に合わせるつもりのようだ。

 ――ま、お礼の気持ちを断るのもおかしいか。……いや、変な断り方をしたらあとが恐そうだし……。

 少女の『呪い殺す宣言』が軽い精神的な傷になっているようだ。

「なら、お言葉に甘えて」

 あたしの返事にちゃんとした笑顔がついていただろうか。――きっとついていたわよね?

 そんなわけで、あたしたち一行は少女――メアリ=ロットの屋敷に招待されたのであった。



「ささ、どうぞ。お上がりになって」

 すっかり陽が暮れて、空には星々が散らばりだす。

 あたしたちは窃盗犯を捕まえてくれたお礼がしたいと言い出した少女メアリに誘われて、町の中心部から離れた地域に移動。そこに唐突に現れた大きな屋敷の前にやってきていた。

 ――いや、半端ない大きさなんだけど。

 案内された家の扉は二階の窓にまで届くんじゃないかという高さを持ち、その幅も馬車がすれ違えそうなくらいである。敷地に入るまでの門もどこかの城にやってきたみたいな雰囲気の豪華さであったが、庭だといっておきながらかなり歩かされたのを思うともっとこの先ものすごいものが出てくるのかもしれない。

「お……お邪魔します」

 気後れしながら、あたしはその扉をくぐって中に入る。

 ――ひぃ……。

 二階の廊下が見える玄関。左右に階段があり、その上を真紅の絨毯が彩っている。天井を見ればキラキラと輝く燭台が室内を照らしている。あたしの人生でもっともお金が掛かっていそうな場所だ。

 ――しかし、どうしてこの少女、これだけの屋敷に住む御令嬢だと言うのに護衛をつけていなかったのかしら。

 護衛さえつけていれば窃盗犯に狙われることもなかったはずだ。不注意だったのか、あるいは――。

「――そういえば、あなた方は旅をしている最中と言うことでしたが、今晩の宿はもう決まっていらっしゃいますの?」

 にこにことしながらメアリは問うてくる。

「えぇ。窃盗犯を捕まえたあの場所から見える宿屋を借りています」

 その問いに答えたのはクロード先輩。食事や宿などのお金が必要なことに関してはそのずべてをクロード先輩に任せている。もともと町の企画であったがため、彼がその費用をわずかながら預かってきているのだ。

 ――最初こそためらいがあったけど、これは慰謝料なのよ、慰謝料。不愉快に感じたのは事実なんだから。

 クロード先輩がしてくれた説明を思い出し、頭痛がぶり返す。なんでこんなことになったんだか。

「ならば今晩はこちらにお泊りになってくださいませ」

「え、あ、でも、それは申し訳ないです! 図々しいと言いますか」

 笑顔のまぶしさに「はい」とうっかり返事してしまいそうになるが、あたしはそれを振り切って答える。

「あら、なぜですの?」

 不思議そうな顔で首を傾げるメアリ。心の底からそう思っているらしく、わざとらしさが微塵も感じられない。

「そこまでしてもらうほどのことはしていないってことですよ」

 しかしそれでも断る。あたしの本能がそれを拒否している。女の直感って当たるのよ。

「何をご謙遜を。遠慮なさることはないんですよ。私にとってこの本は命と同等の価値を見出せるものなのですから」

 言って、メアリは本が入っている鞄をぎゅうっと抱きしめる。あたしは本以外の鞄の中身が気になっていたが。

「彼女もここまで言うのだから甘えちまったらどうだ?」

 そんなあたしの気持ちに関係なく、マイトがさらりと言ってくれる。何も考えていないような顔。

「ちょ……あんたまた考えもなしに」

 ――人を疑うってことがないもんなぁ。ま、そこがマイトの良いところなんだけど。

 明確な物証でもない限り、一時の感情くらいでは他人を拒否しない。それでも彼の中で魔導師は別格のようだが。

「いや、だってさ。懐事情を考えてみても悪くない話だろ? 善意を断るのも気が引けるじゃないか」

「それもそうだけど……」

 あたしは答えながらチラリとクロード先輩を見る。彼はどう思っているのだろうか。

「ミマナさんはそうおっしゃっているのですが、あなたはどうですの? クロードさん」

 あたしの視線に気付いたようで、メアリが期待のまなざしを向ける。

「そうですね……」

 困っているようだ。腕を組み、眼鏡に手を添える。

 良かった。二つ返事で了解を示す人間ではないようだ。それなりに考えることのできる人間で助かった。

 あたしがほっとしていると、メアリは続ける。

「私、あなたともっと個人的にお話がしたいのです。この本について知っている人間が近くにいないもので」

 ――ん、ひょっとして……。

 あたしは今の発言からメアリの狙いを導き出す。彼女が興味を持っているのはクロード先輩。そして、彼女はこの屋敷の人間に魔導書に興味を持っていることを隠している。魔導書に興味を持っていると知られたらまずいのだろう。こんな屋敷に住まう御令嬢なのだから。

「――あぁ、探しましたよ、メアリお嬢様。勝手に屋敷を出てはならないと何度も申したではありませんか」

 玄関に近い扉を開けて真っ直ぐ向かってきたのは赤い髪の美形のお兄さん。ふわふわとした長い髪を持ち、その顔は女装しても充分に映えそうな整った顔立ち。黒い上下の服に身を包み、その身のこなしから執事だろうと思われる。

 ――見たことないもんなぁ、執事なんて。そんな大富豪、あたしの町にはいないし。ってか、黒尽くめのルークも綺麗な顔をしてたけど、この人もまた派手な顔しているなぁ。

「わかっておりますわ。しかし、仕方がないではありませんか。屋敷から出ないと欲しいものが買えなかったのですもの」

「なんでも取り寄せてやると、あなたのお父上もおっしゃっていたでしょう? なぜ言いつけを守れないのです?」

 荷物を持とうと執事のお兄さんは手を出すが、メアリはその手をそっけなく払う。

「検閲など受けたくないという意思表示です。私は私のやりたいようにやらせていただきます。あなたは私の言うことを聞いていればいいのですよ。あなたは私の執事なのですから」

「は、はい……」

 参ったなと言いたげな表情を浮かべて頷く執事のお兄さん。さぞかし手の掛かる主なのだろう。あのつんとした態度に対応せねばならないことにあたしは同情する。

「では、サニー。客人をお食事にお招きしたの。我が危機を救ってくださった恩人なのです。丁重に扱って。あと、食事のほかに部屋の手配もお父様にお願いしておいてちょうだい」

「了承いたしました、メアリお嬢様」

 メアリに命じられて、サニーと呼ばれた執事のお兄さんは部屋に戻っていく。

 ――って、ちょっと待て。部屋の手配とか言っていなかったかしら、彼女。

「あ、あの……」

 あたしが言いにくそうにメアリに声を掛ける。

「今から料理を用意するとなると時間も掛かりましょう? ゆっくり夕食を召し上がってもらうには泊まっていただくのがよろしいかと思いまして。ご迷惑でしたかしら?」

 一部の荷物は宿屋に預けたままだ。しかし前金で借りているため明日の朝まではそのままにしておいて大丈夫だろう。

 ――でも、問題はそれだけじゃないような……。

 あたしは再び意見を求めてクロード先輩を見つめる。

「そこまでしていただくとなると恐縮してしまいます。ここはお気持ちだけで」

 さりげなくやんわりとした口調でクロード先輩は断る。あたしの気持ちを察してくれたようだ。

「そ、そうですか……」

 メアリはがっかりしたような様子で俯く。

 ――!

 その一瞬、彼女の目に奇妙な光が浮かんだのを見逃さなかった。呪い殺してやると宣言したあの時と同じような気配。

 ――まだ何かある?

「それなら仕方がありませんね。あなた方の都合もありましょう。帰りはサニーに言って宿屋まで送らせますわ。ですからゆっくりしていってくださいませ」

 顔を上げてにっこりと微笑むメアリからはさっきの違和感は消えてしまっている。果たしてあれはあたしの気のせいなのだろうか。

「食堂へ案内いたしましょう。どうぞこちらへ」

 あたしは警戒を緩めることなくメアリの案内に従って食堂へと向かったのだった。



 何がどうしてそうなったのかよくわからない。いや、たぶん原因は窃盗犯からまともに喰らった蹴りによるところがあるのだろう。

 用意してもらった豪華な食事をいただいていた途中で気分が悪くなり、少し休んでいったらよいと部屋に案内された。食事が終わったら執事のサニーに宿屋まで送らせると告げたメアリの言葉を信じ、あたしはおとなしくふかふかの高級そうな寝心地の良い寝台を借りていたわけだ。

 ――そのはずなのだが。

「……遅い」

 食事の中盤で抜けたとはいえ、だいぶ時間は経っていた。気分も回復してきており、いつまでも長居をしているわけにはいかない。さっさと宿屋に戻るつもりでいたのに、あれから誰も部屋に現れなかった。

 ――マイトはここに泊まることに賛成のようだったけど、クロード先輩は違ったはず。もしも話の流れから泊まらざるを得ない状況になったとしても、そろそろどうするかを知らせに来ても良いと思うんだけど。

 また、静か過ぎるのも気になった。通された部屋は食堂から結構離れた場所にある客室。あたしたちが借りている宿屋よりも充分に広そうで立派な部屋である。とても静かで、この階だけでも十数部屋ありそうなのに人の気配が感じられなかった。

 たまたま人がいなくて、だからこそあたしたちの部屋を用意するような余裕があるのかもしれないが、だとしてもあたしは引っかかりを感じずにいられない。うまく行き過ぎている、と言うか。これも幸運の一つなのだといってしまえばそうなのかもしれないが、なぜか胸の奥がもやもやとしていて晴れない。

「早く来ないかな……」

 マイトもクロード先輩も何をしているのだろう。自分の体調不良が原因とはいえ、離れるのは得策ではなかったと反省する。

 ――そんなに食事が美味しかったのかしら? 話が弾んでいるのかしら? それとも……。

 そこでふと、呪い殺してやると告げたメアリの凍った笑顔が脳裏を過ぎった。あたしは咄嗟に起き上がる。

 ――疑うのってよくないけど、新手の敵だったりしないかしら? ……いや。

 メアリはクロード先輩に用事がある。クロード先輩の持つ魔導書の知識に興味があるようだったからだ。彼を引き止めるために、何かを企てて実行している可能性は高い。

 ――でも、あのクロード先輩が簡単に落とされるとも思えないんだけど。

 あたしの体調が悪いことを利用して迫っているのかもしれない。だとしても、泊まることを決めたのなら知らせに来るはず――そう信じていてもいいのよね?

「……よし」

 この部屋で待っていても仕方がない。様子を見に出て行くことに決める。広い屋敷ではあるが、食堂までの道はわかりやすい一本道だ。迷うこともないだろうし、歩いていれば屋敷の人間にも会うだろう。そこで事情を説明すればよいはずだ。

 あたしは角灯が照らす室内を扉に向かって歩く。足元のふかふかの絨毯が心地よい。他も客をもてなすにしてはかなりのお金がかけられていそうな調度品ばかりである。メアリの親は何をしている人間なのだろうか。

 取っ手に手をかけて回そうとし、そこで気付いた。

 ――鍵?

 カチャカチャと揺すってみるが回らない。押してみたり引いてみたりしたが扉が開く気配はなかった。

 ――閉じ込められた?

 油断していた。部屋に案内されたときは気分が悪くて気付かなかったが、扉には鍵がかけられている。

 ――そ、そこまでしてクロード先輩を引き止めたいわけ?

 だったらそう言ってくれれば、クロード先輩を置いてマイトと先に帰るってことも考えたのに。クロード先輩本人は嫌がるだろうけども、それはそれ、これはこれだ。

 冷や汗が背筋を撫でる。

 ――あの子、ちょっとおかしい……。

 強引に扉を開けてしまおうか、そんなことを考える。しかし、ちょっとやりすぎなような気がして躊躇し、しぶしぶ扉に耳を近づけて様子を窺うにとどめることにした。誰かが通りかかったらこの扉を叩いて異常を知らせ、とにかく開けてもらおう。水が欲しいとか何とか言い訳をすれば、それで充分な理由にはなるだろう。

 耳を扉にくっつけると、早速誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。

 ――お、これは良い兆候だわ。

 すぐに機会が巡ってきたことを素直に喜び、扉を叩いて外部に知らせようと離れる。そして――。

「はひゃっ!?」

 手を伸ばしたところで扉が開いた。がたいの良い影。あたしは視線を上げる。

「な、なんだ。マイトかぁ。いきなり扉が開いたからびっくりしちゃったじゃない」

 そこに立っていたのはマイトだった。一人だけのようである。どきどきする胸に手を当てて、あたしは笑顔を作る。

「クロード先輩は? やっぱりメアリさんに捕まっちゃった?」

 マイト一人だけと言うことは、クロード先輩の不在も示す。クロード先輩がメアリにつき合わされている可能性は高い。

 しかし、マイトは反応しなかった。

「――ん?」

 様子がおかしい。あたしは首を傾げる。

「何かあった? 泊まるのか帰るのか、そろそろどっちかに決めなきゃいけないと思うんだけど……」

 マイトの表情は暗くてよく見えない。廊下側の明かりの方が強いからかもしれない。

「マイト?」

 焦点が定まっていないように感じられて、あたしは彼の顔の前で手のひらを振ってみる。

 と。

 さっとその手を掴まれた。しかも、放すまいとするかのようにしっかりと。

「な、なんだ。見えているんじゃん……って」

 掴んだ手はそのままに、彼は空いている手をあたしの肩に置き、そのまま一歩、さらに一歩と室内に踏み込む。

「ちょ……」

 この展開はなんだかまずい。マイトは部屋に、そして寝台に向かって進む。あたしは引きずられるかのように後ずさりをするのみ。

 扉から完全に離れると自動的に閉まり、カチャリと音を立てた。外部からは鍵を開けることが可能だが、内部からはできない作りのようだ。

 ――うっそ。マイトと一緒に閉じ込められた!? しかも、この調子だと……。

 案の定、寝台に押し倒された。

「ま……マイト? 冗談だったらここでやめときましょ? ね?」

 扉に気を取られていて逃げる機会を失ってしまった。ふかふかの寝台に両手は押し付けられ、あたしの身動きを封じるようにマイトがのしかかっている。

「ほ、ほら、あたし、体調が悪いし、そういうときにこういうことするのって、卑怯じゃない? マイト、そういうの、嫌いじゃないかな? ね?」

 ――マイトの馬鹿力! 動けないでしょうがっ!

 身をよじるがびくともしない。そういう位置を選んで乗っかっているらしかった。

 ――まずい、まずいわよ、この状況!

 選出者を辞退する場合についてルークが説明していたことを思い出す。このままでは意図せずに辞退することになってしまうではないか。

「こらっ! マイト! あんた正気なのっ――?!」

 唇をふさがれた。マイトと口付けをしたのはこれが二回目。しかし、あの時とはまた違った。

「んんっ……」

 声を出せないようにするためらしい、愛情のないもの。

 ――や、やだ。こんなのやだっ!!

 ばたばたとあがいているうちに両手首を片手で押さえられてしまい、マイトの片手が自由になってしまった。その手があたしの薄い上着の裾を強引にまくる。

「んんんっ!」

 ごつごつとした指が肌を撫でる感触。徐々に胸の膨らみに近付いてくるのがわかる。

 ――やめて! やめてよマイト!

 あたしは硬く目を閉じた。そこに思い浮かべたのは、長い髪を三つ編みに束ねた眼鏡の青年。

 ――助けて! クロード先輩!

 なぜか、そこでマイトが動かなくなった。力なく崩れて、あたしの上に乗ったままだらんとしている。

 ――何が起きて……。

 あたしがそっと目を開けると、マイトの気絶しているらしい顔が横にあるのに気付く。そして、見慣れた三つ編みが目に入った。

「危機一髪でしたね、ミマナ君」

「クロード……先輩……?」

 彼は安心させるように微笑むと、あたしの頭をそっと撫でた。

「もう大丈夫です。どうかマイト君を責めないでやってくださいね。彼は悪くない。ちょっと心に隙があったのがよくなかっただけです」

 ――心に隙、とな?

 あたしの心臓はまだばくばくと激しく動いている。クロード先輩の言っている意味が飲み込めずに目をしばたたかせていると、彼は続けた。

「説明しましょう。――その前に、彼をどかしましょうか」

「あ、え、あ……そうね……」

 いつまでも圧し掛かられたままというわけにはいかない。ちょっぴりいらついているらしいクロード先輩の手を借りて、あたしはようやっと解放されたのであった。



「しかしまぁ、あなたは、相手がマイト君であるというだけで気を許してしまっていけませんね」

 すっかりのびてしまっているマイトは寝台に放置し、あたしは部屋にあった小さな机を挟んで、クロード先輩と向かい合わせに座っている。彼は頬杖をついて面白くなさげだ。

「う、うるさいわね! 今までマイトに迫られたことなんてないし、そういうことするような奴に見えないからすぐに動けないのよっ!」

 指摘されて、身体が火照るのを感じながらあたしは反論する。

 力の差ももちろんある。今までのようにマイトを負かすことができないか弱い自分に気付いている。相手がマイトだからと甘く見ているわけではないつもりだ。でも、動けないものは動けないのだから仕方がない。マイトに押さえつけられてしまえば、あたしは跳ね除けることなどできない。

「――結局、今回はそこをうまく突かれてしまったわけですが」

 言って、クロード先輩はため息をついた。

「む……」

 確かにごもっともだ。あたしの弱点がマイトにあるのは間違いない。

「……そ、そうだ。まだお礼言ってなかったわ。――助けてくれてありがとうございます、クロード先輩」

 話を変えるために、あたしは礼を言っていないことを思い出して告げる。何が起こっていたのかわからなかったので、すっかり後回しになってしまった。これほど絶妙な時機に現れるだなんて、なかなかできるもんではない。本当に助かった。

 ――あのとき、クロード先輩に助けを求めていたことは黙っていよう、付け上がると厄介だから。

 するとクロード先輩はわずかに微笑んだ。

「そうおっしゃっていただけるなら光栄です。あなたが望んでいるのであれば野暮なちょっかいだとも思ったのですが」

「望んでって……馬鹿なこと言わないでよ。あたしはそんなこと――」

「そうですか?」

 言って、彼は空いている手をあたしに伸ばし、頬をそっと撫でる。

「あなたがそんなに肌を露出しているのは、てっきり誘っているものだと思っていましたが」

「なんつーこと考えてんじゃっ!」

 あたしはクロード先輩の手を思いっきり弾いて立ち上がる。

 どきどきどき。

「何言っているんですか? オレだって男ですよ? あなたを思う一人の男です。肌を見せられれば抱きたいと思うこともありますよ?」

 からかう様子はなく、えらく真面目に答えるクロード先輩。あたしは思わず、ずさささっと後退する。

 ――め、眼鏡にも触れなかったってことは、嘘でも冗談でもないとな?!

「な、ななな……」

 ドキドキしていて言葉にならない。しかし、何をどう台詞にしようとしているのか不明だ。

「あぁっ、警戒しなくても今は大丈夫ですよ? それに、マイト君と違って、オレには魔術耐性があります。そう簡単に術にはまることはないと思いますよ」

「し……信用できないもんっ!」

 あたしは距離を置いたままクロード先輩に向かって叫ぶ。彼は手招きしていたのを寂しげに揺らし、苦笑した。

「そのくらい警戒していただいた方がオレとしては安心ですよ。対マイト君でもそういう動きが出来ると本当に良いのですがね」

「うっさい! うるさい! あたしに指図するなっ!」

 むっとして膨れる。怒りや恥ずかしさでちょっと涙目なのだが、クロード先輩からは見えないだろう。

 ――って。

 あたしは少し落ち着いて、クロード先輩の台詞を反芻する。さりげなく、何か大事なことを言っていなかったかしら?

「……ねぇ、クロード先輩?」

「はい? なんでしょう」

 興奮状態が一段落したのがわかる声で問うと、彼もまた普段どおりの調子で答えてくれる。それでとりあえず一安心。

「なんで、ここに来たの?」

 マイトがやってきてから少し時間があったはずだ。どうしてそんな時間差があったのかがわからない。

「食事が済んで、メアリさんと少し話していたんです。どうしてこの町に来たのかとか、そういう他愛のない話ですよ。魔術について話したがらなかったのは、そこにこの屋敷の人間がいたからなのでしょうけど」

「それで?」

 あたしは椅子に戻る気も失せて、その場に腰を下ろす。毛の長いふかふかとした絨毯は座り心地も悪くなかった。

「お暇しようと話を切ろうとしたのですが、彼女はオレを解放してくれませんでして。そのうちに、マイト君がお手洗いに行くといって席を立ったんです」

「まぁ、自然よね。だいぶ長居していたんですから」

「きっと、その場にいてもあなたの眼から見たらそう映っていたと思いますよ」

 言って、クロード先輩は口の端に笑みを浮かべた。なかなか絵になる冷たい笑顔。

「――どういうこと?」

 意味ありげに低めた声で告げられた台詞に、あたしはごくりと唾を飲み込む。

「あの食事には魔術が仕込んであった。あなたの心を弱らせて、そこをオレたちに襲わせる、そんな術が」

「……そんな魔術があるの?」

「性に関したものってかなり多いんですよ? 人間の本能に近いところにあるからか、好奇心や探究心を刺激するんでしょうね」

「で、でも、なんでそんな魔術をあたしたちに使うわけ?」

 そんなことに一体何の得があるのだろうか。あたしが襲われたとして、メアリに得があるとも思えない。

「今回のは魔術と言っても呪術的なもの。誰かに試してみたかったんじゃないか、そう思っていたんですがね」

 眼鏡の奥のクロード先輩の瞳が暗く光る。何かを探るような、確かめるかのようなねっとりとした視線を感じる。

「ん? 何よ、その含みのある物言いは」

 いつになく真面目な雰囲気に耐えられず、あたしはわざとらしく軽めの口調で返す。

「――オレに隠し事をしていませんか? 選出者に関して、例の神の使いって奴から何か忠告を受けたのでは?」

 ――鋭い。

 あたしは思わず視線を外す。

「あぁ、やっぱりそうなんですね」

 クロード先輩はあたしの反応を見てすぐに頷いた。

「よくありがちな話ですと、純潔じゃないといけないという制約が付き物ですよね。そういう類いではありませんか?」

「……」

 たぶん、耳まで赤くなっている。この距離と暗さならわからないと思っていたが、クロード先輩の観察眼は侮れない。

「なるほど。あなたが言いたがらないわけだ。マイト君の前ではなおさら言いにくいかもしれませんね」

「ま、マイトは関係ないもん……」

 あたしがむすっとして黙ると、クロード先輩はくすくすと笑う。

「そんな返事をする時点で、充分に意識していると言うことですよ。まったく、あなたって人は」

「ほっといて」

 話がそれていることに気付き、あたしは小さく咳払いをする。

「――で、マイトのあとをすぐに追ったってわけ?」

「様子が少々おかしかったので。お酒に酔っているような、と言う感じでしょうか。あれほど素直にかかることはなかなかないと思いますよ? 現に、あなたは気分を悪くしただけで、そういう気分にならなかったわけで」

「……って、下手したらあたしも正気じゃなかったと!?」

「えぇ、可能性としては。食事の途中で抜けたのが良かったのかもしれませんが」

 ――やっぱりあたしには幸運の女神がついているわね……。

「話し続けて」

 あたしは自分の頭を掻きながら促す。まったくやってられない。

「オレにもいろいろ盛られていたのは気付いていましたので、術にかかった振りをして部屋を訪ねたわけです。そしたら、まぁ、……押し倒されたあなたがいたわけで」

「抵抗したの! したけど敵わなかったんだって!」

 思わず感情に任せて反論してしまったが、問題はそこではない。思考を切り替えて続ける。

「――で、でも、よくあたしを助けられたわよね? 腕力じゃ、クロード先輩はマイトに勝てるはずがない……」

 よくよく考えてみればおかしな話だ。クロード先輩が登場するなり、マイトはおとなしくなってしまっている。どんなカラクリがあるものか。

「えぇ。腕力で勝負しようなどと思いませんよ。痛いのは嫌いです」

「じゃあ、どうやって?」

 目を閉じていたために見ていない。目を開けていてもあの状況下じゃ把握できなかっただろう。実際、あたしはクロード先輩が部屋に入ってきていたことに気付いてさえいなかったのだから。

「魔術にかかりやすいのがマイト君です。ならば、他の魔術もあっさりかかると考えるのは自然でしょう」

「……え? どういうこと?」

 他の魔術にだってかかりやすいという道理には納得ができる。しかし、魔術を扱うのは並大抵の人間ではできないことなのだ。知識も要るし、素質もいる。誰でも習得できるわけではない――はずなのだが。

 クロード先輩は満面の笑みをこちらに向けた。

「独学で魔術を習得した魔導師なんですよ? 気付かなかったんですか? 避けの技術、あれも生まれ持った身体能力ではなく、魔術だったんですが」

「な……なんですとっ?!」

 ――いや、落ち着け。

 あたしは大きく息を吸って吐く。

 よくよく考えてみれば、彼の言う話もわからないでもない。クロード先輩の知識欲があれば、あるいは魔術を身につけることが可能なのかもしれない。メアリが握っていた本についての知識も、そこに関連しているのだろう。

 なるほど。どおりでマイトが魔導師のことを悪く言ったことに対してあれほどつっかかるわけだ。ふだんのクロード先輩なら軽く流すであるだろうところをしっかり反論してきたのにはそんな理由があったのだ。

 ――ん? あれ、じゃあ、マイトは自分が魔術にかかりやすいってことを自覚しているからこそ、異常に魔導師を嫌っている?

 あたしはちらりとマイトを見て、そしてクロード先輩を見る。

「魔導師と言っても、大したことはできませんけどね。攻撃魔法は向いていないらしく使い物になりませんし。あなたやマイト君を強化することならおそらくできますが」

 避ける魔法というのは肉体を強化するものということか。ふむとあたしは頷く。

「なんでそれを黙っていたの? 秘密にする必要なんてなかったのに」

「どうでしょうか。マイト君は魔導師を目の敵にしている節がある。偏見の目があるのもわかっていますからね。――でも、あなたはちょっと違うようだった。少なくとも拒否するところはないように見えた。ですから明かしただけ。マイト君にはナイショですよ」

 言って、クロード先輩は人差し指を立てて微笑む。

「そうね……余計にギクシャクするのも得策といえないし、黙ってしばらくは様子を見ることにするわ」

 マイトに対して秘密を持つのはなんとなく気がひけるが、しかしこれは旅の安全のためだ。やむを得ない。

「――ところで、なんだけど」

「なんです?」

 あたしは大事なことを思い出し、視線を扉に向ける。鍵のかかる扉はきっちりと閉ざされたままだ。

「閉じ込められている状況なんだけど、どうにかならないかしら?」

 魔術的なもので鍵がかけられているのではないか、期待してクロード先輩に目をやると、彼は肩を竦めた。

「残念ながら、あれはカラクリのようですね。物理的に破壊するしか、出ることはできないでしょう」

「あぁ、やっぱり……」

 そこまでの運はなかったようだ。

「いいじゃないですか。このまま朝を迎えてしまいましょう」

「せっかく部屋がたくさんあるっていうのに、なんで三人でまた同じ部屋なのよ……」

 二人が来るまで別れて行動するのは得策ではないと反省したのとは別のことを考えている自分のことを、なんとも都合の言いやつだと罵りながらあたしは大きなため息をついたのだった。



「あなた方は本当に仲がよろしいのですね。あれだけたくさんの部屋がありましたのに、同じ部屋でお休みになられるとは」

 爽やかな笑顔でそう話しかけてきたメアリに、あたしは引きつりそうになる頬を笑顔のまま保つべく努力する。

「鍵がかかっていて、出られなかったから仕方なく、ですよ」

「あら、それは気付いていませんでしたわ。修理しておくよう伝えておきます」

 ――よくもまぁ、しれっと言えたもんね……。

 今は朝。寝台で伸びていたマイトを床に落として一眠りし、朝食の用意ができたと呼びに来たサニーに連れられて食堂にいる。正面にメアリ、その隣に立って待機しているのがサニー。メアリの正面があたしで、右側にマイト、左側にはクロード先輩が座っての朝食だ。美味しそうな香りを放つパンやスープなどが机に並んでいるが、あたしは警戒してまだ手をつけてはいない。

「――しかし、昨夜はさぞかし素敵な夜だったんじゃないかしら?」

 探るように細められた瞳がこちらを見る。

「気分が悪くてそのまま眠ってしまいましたからね。途中で寝ぼけたマイトに起こされはしましたけど」

 言って、あたしはちらりとマイトを見やる。彼は何も口にしていないにも関わらず、ぐふっと小さくむせていた。

 朝目が覚めるなり土下座をしてきた彼の話を聞いたところでは、あの時も一応意識はあったらしい。ものすごい勢いで頭を下げて謝ってきたが、とりわけ弁解はしてこなかった。下心があったらしいことを隠さない素直なマイトはいつもどおりの彼で、あたしは怒る気が微塵も起きず許したのだが。

「あら……残念。私なりに気を遣ったつもりでしたのに」

 彼女の口元が片方だけ意味ありげにきゅっと上がる。あたしが言葉を返そうとすると、首筋にひんやりとしたものが当たった。下ろしていた髪がすくわれて、首元が光に晒された。

「確かに月影の乙女の証は残っているようですね」

 あたしの背後に立って、髪を持ち上げていたのはサニーだった。

 ――あたしとしたことが、動けなかった……? いや。

 今もなお、動けない。サニーから発せられる気配に圧倒されているのだ。冷や汗が頬を伝う。あたしの視界に入るマイトとクロード先輩の顔から驚愕しているのがわかる。

 ――この気配、ルークのものに似ている……。

「あーもう、本当に残念ですわ」

 メアリは立ち上がり、くすくすと笑う。

 昨日と違って部屋にはこの屋敷に仕えている他の人間はいない。あたしたち三人と、メアリとサニーだけだ。

「あなた、選出者なのね」

 あたしはメアリを睨んで問う。

「ふふっ。ようやく気付いた?」

 言って、彼女は上着の釦を胸の少し上まで外して、鎖骨周辺を晒す。そこには太陽を記号にしたような形の痣が広がっていた。

「そう。私は選出者の一人、陽光の姫君。そしてそこにいるサニーは神の使いの一人ですのよ」

 サニーに後ろに立たれたままでは身動きが取れない。髪を握られているのもあって、なおさら自由がきかない状態だ。彼の手元があたしの首のそばにあるのもあまりよくない状況で、マイトもクロード先輩も牽制されたような状態になっている。とりあえず、あまり刺激し過ぎない程度に交渉するしかない。

「それで邪魔者であるあたしを辞退に追い込もうと画策したってわけね……」

「えぇ。見ず知らずの男に襲わせるのも良かったんですけど、町で鞄を盗んだあの男に対する動きを見て、普通に襲わせたんじゃ意味がないな、なんて。それに、好きな男に抱かれるなら悪くないでしょ?」

「あほなこと言うなっ!」

 声を上げたのはマイトだった。メアリは目を丸くして動きを止める。

「な……何を急に。あなた、彼女のことが好きなんでしょ? 抱いて自分の物にしたいって考えることだってあるんじゃないの? 私の術で、あなた自身の願望を抑えている理性を取っ払って差し上げたと言うのに、あほなこと、ですって?」

 納得しかねるという表情を浮かべ、苛立ちと困惑の入り混じった声で矢継ぎ早に問う。

「俺はそんなこと望んじゃいねぇよ! 余計なお世話だ!」

「あら、そんなことを言っていてもいいのかしら? ミマナさんを狙っているのはあなただけじゃないかもしれませんのよ? そうは思いませんの?」

「……え?」

 予期せぬ問いだったらしい。台詞の途切れたマイトに、メアリは続ける。

「クロードさんも、ミマナさん狙いですよね? あなたも、彼女をさっさと抱いておけば良かったのに」

「たとえオレがミマナ君を抱きたいと思っていたとしても、オレは彼女を襲ったりしませんよ?」

 即答するクロード先輩に、メアリはいらついた目を向ける。

「だって、蹴り飛ばされるのがオチですからね」

 ――そこかっ!? そこが重要なわけっ!? ……あ、いや、まぁ、確かに襲われりゃ反射的に蹴り飛ばすだろうけど。

「でもあなた――」

「何か?」

「いえ」

 メアリは何か言い掛けるが、クロード先輩の鋭い視線に圧せられて黙り込んでしまった。

 ――魔導師であることを言わせまいとした、ってところかしら……。

 あたしは二人の目の動きを見ながらそんなことを考え、話に割って入ることにする。

「――とにかく、よ。あんたがあたしを邪魔者だと思っていることはよくわかったわ。でも、あたしはあんたの邪魔をしようとは思わない。あたしはあたしの意志で行動し、選出者として任務を全うするだけ。ほっといてくれれば、あたしだってそっちに手を出したりしないわ。だから、解放してくれない?」

「そうもいきませんわ」

 あたしの提案に、メアリは凛とした態度で断ってきた。

「なんで? 誰が神を倒そうとも、あたしたち選出者には関係ないことじゃ――」

 疑問を素直に口にすると、彼女の鋭い視線があたしを睨む。

「関係ないですって? あなたにはどうでも良いことかもしれませんけど、私には重要なことでしてよ。私が神を倒して、必ずサニーを神の側近にしますの」

「か……神の使いを執事扱いでそばに置いているくせに、どうしてそこまで……」

 熱のこもった言い方に圧倒されて、あたしは目をぱちくりさせて問う。さすがにあたしにはそこまで明確な理由も意思もない。

「サニーは私に魔導書の読み方を教えてくれた、魔法を使えるように指導してくれた、私に少しばかりの自由をくれた、私を選んでくれた、私のそばにきてくれた、私を求めてくれた――だから、私は彼の望むことをするの! あなたに先を越されるわけにはいかなくってよ!」

 ――この子、サニーのことを……。

「えぇ、メアリお嬢様。あなたには神を倒し、新たなる神を産み落としてもらわねばなりません」

 妙にまとわりつくようなねっとりとした声が耳元で聞こえる。サニーの声だ。背筋がぞくぞくする。

「ルークなどに神の側近の座をやるわけにはいかない。ましてや、星屑の巫女の連中には絶対に抜かれてはならない」

 ――星屑の巫女、か。月影の乙女、陽光の姫君に並ぶもう一派、ってところかしらね。しかし、ルークはどっちを神の側近にしたいのかしら?

 思い出し、彼が何も告げていなかったことに気付く。これでは両方から攻撃されたときにどう動いたら良いのかわからない。

 ――言葉足りなさ過ぎでしょ、あの黒尽くめ……。次に会ったら、いろいろ訊いておかなきゃいけないわね。

 そんなことを考えて、心の中で大きくため息をつく。

「あなたたちがどう考えているのかはだいたいわかったけど、あたし、そこまで積極的に選出者の仕事をするつもりはないわよ? ルーク自身も、神の側近になることにはあまり興味がないみたいだし」

「でしたら、すぐに選出者を降りて下さい。目障りだ」

 声を低めてあたしの耳元で囁いてくるサニー。不気味なその声に身体が思わず震えてしまうが、あたしは続ける。

「あたしは保険みたいなものよ? あたし以外の選出者が、神を倒す前に万が一その資格を失ってしまったら、神の使いであるあなたとかもう一人だとかが困るんじゃない? 神の交代を望んでいるのは確かなんでしょ? だから、そのときはあたしが責任を持ってその仕事を引き継ぐわ。だから、今は見逃して欲しいっていっているの。わからない?」

「……なるほど。あいつが考えそうなことだ」

 呟いて、サニーはあたしの髪から手を離した。

「どうしたのです? サニー」

 威圧していた気配が唐突に消え去った。メアリもそれに気付いたのだろう。慌てたようにしてサニーを見る。

「急いだ方が良さそうです、メアリお嬢様。おそらく星屑の巫女は神を倒す直前まで段階を踏んでいる。月影の乙女を放置している理由は、ワタシたちを引き付けておくため。星屑の巫女を一刻も早く見つけ出し、その力を奪わねば我々の目的は達成できません」

「な……おとりですって?! 卑怯なっ! ――だとすれば、この方たちに構っている余裕はありませんわね。急ぎますわよ、サニー」

 いつの間に移動したのか、メアリの前に現れたサニーは彼女の手を取る。

「行きましょう、メアリお嬢様」

 頷いてそう答えるなり、二人の周囲を光る文字の帯が包み、やがて姿を消した。

「――転送魔法……まさか目の前で見るとは」

 驚いた表情のまま、クロード先輩が呟く。

 ――って。

 あたしは立ち上がり、クロード先輩を見やる。

「あのー、クロード先輩? 蹴り飛ばされるのがオチってどう言う意味です?」

 クロード先輩の返事が聞ける前に、マイトも立ち上がり移動してきた。場所はあたしのやや前、クロード先輩との間。

「ミマナ。俺はクロード先輩からもミマナを護るべきなのか? そういう目でミマナを見ているって……」

「――二人とも、ちょっと落ち着いてください」

 あたしたちに両方から攻められて、クロード先輩は降参とばかりに両手を挙げる。

「落ち着いてられっか! 俺はミマナを護るって仕事があるんだ。クロード先輩にそういう気持ちがあるなら、一緒に旅なんかできない!」

 本気で言っているのがよくわかる。でもその気持ちが、仕事を全うしたいという義務感からくるものなのか、あたしのことを想っているが故のものなのかが今ひとつよくわからない。

 そんなマイトに対し、クロード先輩はにこやかに微笑んだ。

「罠にかかってミマナ君を襲いかけたマイト君に言えたことですかね?」

「む……」

 思わず言葉を詰まらせるマイト。クロード先輩がいたからこそ、あたしが無事であった事実を知っているだけに何も言い返せないのだろう。

 クロード先輩は続ける。

「オレはミマナ君の足手まといにはならない。そうなるとわかった時点で去る覚悟はできています。オレは非戦闘員ですから、ミマナ君の邪魔になってしまうのでね」

 優しげな笑顔はあたしにも向けられた。あたしに何を言えと?

「――そんなことよりも、オレたちも急いだ方がいいですよ」

「なんで?」

 クロード先輩は真面目な顔をすると立ち上がる。あたしにはクロード先輩の言っている意味がわからない。

「鈍いですね。目の前で、この屋敷で大事にされているご令嬢が執事とともに逃避行しちゃったんですよ? 二人が急に消えてしまって、その現場にオレたちがいたら、この屋敷にいる人間はどう思うでしょうか?」

 ――どう思うかって言ったら……。

 あたしははっとして、辺りをまず確認する。

「宿屋に帰ってこの町をすぐに出ましょう。あたしたちも立ち止まっている場合じゃないんだから」

 動き出したクロード先輩に合わせてあたしも動く。屋敷の人間が来る前にここを出なければならない。

「え? どういうことだ、ミマナ?」

「アホマイトっ! つまり、この屋敷の人間はメアリの失踪にあたしたちがかんでいるって考えて捕まえに来るってことよ! あのコがどこまで計算していたかは知らないけど、選出者としての役割を果たすためにはあたしたちもじっとしているわけにはいかないわ。あれこれ説明したりそのために罰なり何なりを受けている場合じゃない。ここはさっさと逃げてしまうのが得策と言うわけ」

「悪いことしていないのに逃げるのか?」

「そうなるけどいいの! マイト、あたしと一緒に逃げなさい!」

「む……仕方がないって言うなら、そうするか」

 差し出したあたしの手を取り、しぶしぶマイトも動き出す。

 こうしてあたしたちはメアリの屋敷を抜け出し、宿屋で荷物をまとめると町を出発したのだった。


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