絢サイド
「んー、だいすきー。」
ぎゅうっと抱きつき、甘える彼女。
ちゅっちゅっと頬や鼻、目などをキスする。
「すきー。」
すりすりと頬ずり。
「私も大好きだよ。」
そう言うと嬉しそうに微笑み、ポケットからじゃらりと鍵を取り出した。
「絢にあげる。」
「え、いいの?」
「うん!」
合鍵だった。
受け取ると、彼女は再び唇を寄せてくる。
「あーや、愛してるー。」
愛しい愛しい私の想い人。
恋人同士ではない。
私はただの旧友。
愛しい親友は、お酒が入るとキス魔になる。
そして、翌日には覚えてない。
静かに眠る彼女に毛布を被せ、部屋を出た。
本当は隣に眠って泊まっていきたかったが、それはもうしない。
初めて彼女の酒癖を知った時の朝、やっと両想いになれたと心踊らしていると、彼女は酷く驚いた顔で私に言ったのだ。
「なんで絢がいるの?」
そして彼女は私にキスした事も大好きと言った事も覚えてなかった。
心はズタボロだった。
あれが本心だったらと何度も思った。
でも、合鍵を渡したということは、酔ってない時に作ったと言う事だし、もしかしたらまだ望みはあるんじゃないか。
酔った勢いで抱いてはいけないと、事あるごとに蛇の生殺し状態だった日々。
今夜こそ、はっきり出来る日に違いない。
「遅いな・・・。」
チラリと時計をみる。
もうとっくに帰ってきてもいい時間のはず。
勇気をだして合鍵を使い、部屋で待っていたがこうも遅いと寝てしまいそうだ。
彼女の好物ばかりの夕飯もすっかり冷めてしまった。
「あ・・・これ、懐かしいな。」
時間潰しに何か見ようと探していると、懐かしいビデオが出てきた。
年期の入ったビデオデッキにセットすると、映像が流れてくる。
彼女らしい、字幕だった。
私は洋画は吹き替えでいと見ないタイプ。
DVDだと両方みれていいのに。
がちゃり
「お邪魔しまーす。」
「はいはい、・・あれ?誰かきてる?」
やっと帰ってきたかと思えば、1人ではなかった。
声からして同性らしいのが幸いだが、残念。
「おかえり、沙織。」
「あー、絢かぁ。」
またその驚いた顔。
笑顔で迎えてくれないんだ。
「わあ!凄い料理ですね!」
知らない女性はテーブルに並ぶ料理に感激していた。
気付いた彼女もわぁと驚く。
「ありがとう!作ってくれてたんだ。」
「うん、突然お邪魔しちゃったしね。」
「私も頂いていいですか?」
「どうぞ。手、洗ってきたら?」
年下らしい女性は人懐っこい笑みで洗面所にむかった。
「ねえねえ、絢。」
「なに?」
「私・・合鍵、渡してたっけ?」
ああ、やっぱりか。
覚えてるはずないのだ。
あれは彼女にしてみれば、夢みたいなものなのだから。
無言の私に、しまったみたいな顔しないで欲しい。
渡す相手間違えたとか、そう疑ってしまう。
しかし、実際そうなのかもしれない。
彼女はとても美人で人気がある。
実際、一年前まで彼氏もいた。
「私、用事が出来たからこれで帰るね。」
「え、絢も一緒に食べようよ。」
「そうしたいけど、ごめんね。」
そんなふてくされた顔をされたら、キスしたくなってしまう。
尖った唇から目を逸らし、鍵を返した。
「え、持ってていいよ。」
「ううん。私は、もつべきじゃないよ。」
「絢・・・。」
「おやすみ、沙織。」
くしゃっと彼女の頭を撫で、扉をしめた。
いい加減、夢を見るのはよそう。
これではっきりした。
あれはその場限りの夢の時間なのだと。