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適正価格  作者: lilhytte
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※不備を見つけた際は誤字報告受付まで。


適当で良いよ、多分ね。



 よくある会議室とよく知る顔ぶれ、そこに目新しさは全くない。

そして、この場に対する嫌悪もまたしかり。

強いて言えば、後に来るであろう新しい構造に希望と夢を抱いた若者の顔ぶれ程度が違うというものだ。

私は不遇にも、この部屋の指揮を任された存在にすぎない。

それを除いたとして見ると、随分と人外の多い顔ぶれだ。記者が居れば、確実に目潰しされる事だろう。彼らに容赦などない。



「さて、始めようか」



 その一言で、会議室に集っていた我々は静まる。

事前に手渡されている企画書や資料には既に目を通していた。

ここに居るのは、多忙の中に暇を持て余す事が出来る奴らであって、暇人ではないのだ。



 顔ぶれを一瞥し、問題ない事を確認してから控えていた助手に目配せをする。

それを受けた助手は足早に会議室から退出していった。彼の仕事を全うする為だ。

そんな彼だが、元はこの部屋の住人だったという点は興味深いものだ。

今は管理人だが . . .











 さて、予定されていた我々の仕事は終わった。

何人かの若者は、今まさに夢を手にした事だろう。逆に、浅い希望を打ち砕かれた者も居る。

それがこの部屋だ。

何人かの者は次の仕事へと急ぎ早に向かう支度を始めた。何人かの者は今日提示された新たな可能性を持ち帰る支度だ。



「では、これで」



 恐らくこの世でも希有なほど忙しい奴がそう言って席を立った、丁度その時にそれは来た。



 ノックだ。



 我々は、その全員が助手の方へ振り返り、説明を求めた。

気迫されたのか、助手は慌てた様子で首を横に振る。そういうつもりではないのだが。

いずれにせよ、どうやら、彼のミスではないようだ。

つまり、私の判断に委ねられるという事だ。



「入りたまえ、用件はなんだ?」



 それを聞いたノッカーは再びノックをしてからゆっくりと扉を開け、その姿を見せる。

両手で抱えた紙束、やるせない顔、皺が目立つ白衣 . . .

正直に言おう。彼もまた、この部屋の住人だ。

我々は数度顔を合わせた顔見知り、つまりは隣人といったところか。



 立ち上がったまま帰れなくなった奴は皮肉にも座り直す事になる。

まったく、この隣人は困ったやつだ。我々の多忙さには目もくれない。

だが、我々もまた困ったものだ。その隣人に割ける時間が無いのだから。



 部屋に入ってきた住人は我々の目の前に立ち、口を開く。



「少し時間を頂けますか?」



 そうだろう。それ以外に出る言葉などない。最初から理解している。

だからこそ、我々の回答は決まっているのだ。



「1時間―――」

「ふむ」



 一番多忙な奴から反対された。そういえば君は時間を融通できない予定が入っていたな。

悪かった、修正しよう。



「30分だ。それ以上は無理だ」



 誰からも反対が出ない事を確認しながら、絶対条件を伝える。

我々の目の前でそれを聞いていた彼は時計を確認し、直ぐに両手に抱えていた紙束を我々に提供する。



「ありがとうございます。では、早速説明させてください」



 とは言われたが、期待はしていない。

我々は一応、紙束の中身を確認するが、凡そ予想通りだった。

この内容を我々は既に数回確認している。

つまり、この30分は無駄になる可能性が高いという事だ。



「先ず、私の研究について説明します。資料に記載されている通り、私は―――」



 このペースで彼に喋らせては、我々の寿命が先に尽きるだろう。彼はそういう人間だ。

とても30分には収まらないので、仕方なく話を折る事にする。



「その説明は我々には不要だ。飛ばしてくれ」



 ハッとした表情で彼は恐らく、脳内で数ページ先まで飛ばした事だろう。

そして、すぐに何を話すべきか整えている。この辺りは流石というべきか?

頭の回転の速さだけはこの部屋でもトップクラスと言える。天才と称されるのは伊達ではないのだろう。



「では、基礎理論を説明しましょう。記載の通り一般的には、状態の変化に用いられる―――」



 彼が続けた内容は既に我々の既知である。何度聞かされたことか?

天才ではない我々ですら、流石に覚えてしまうほどだ。つまり、これも飛ばすべきである。



「その話は必要ない。我々は既に君の研究が何たるかは説明されている」



 あまりにも我々の予想と一致する展開に、ため息や苦笑いが出始める。

彼は、それでも続ける気のようだ。

その気力と意気込み、そして突き進む能力は認めている。

だからこそ、こうして我々は時間を特別に割いているのだから。



 しかし、このままでは埒が明かない。

我々が求めている部分を明確にするくらいは手伝っても良いだろう。

彼は天才だが、我々も凡人ではない自負がある。

ただ、相手の流れに任せるだけが仕事ではないのだ。



「再度、話を遮って申し訳ないが、単刀直入に聞こう。

君は我々から融資を受けて、具体的に何をするつもりかね?何がしたい?何を達成する?」



 再び彼の研究である素晴らしい内容を話し始めていた彼は、そう返されてしばし戸惑う。

しかし、その後すぐにその眼光で我々を射抜かんとする勢いに返した。



「絶対にこの研究を成功させます!」



 そうか。いや、そうではない。それではダメなのだ。

もう一度チャンスをやろう。



「具体的には?」



 これが最後のチャンスだ。我々も判断をする為の時間が必要で、それを含めての30分である。

そして、これ以上押し問答を続ける気が私には無い。



「理論は完璧で、その通りに実現するだけでいいんです。どうかお願いします!!」



 そうか、それが君の答えなのだな?

我々が判断に必要な材料は揃った。よって、新たに必要なのは時間だ。

そして、未だに祈願か、或いは念願する彼には一度退出して貰わねばならない。

それがこの部屋のルールであり、彼を守る為の行為でもある。



「退出してくれ。結論が出次第、助手を遣わす」



 我々の隣人である彼は、その言葉の意味を理解している。

彼は静かに入ってきた扉へと向かい、部屋は閉め切られる。

ここからは我々の仕事だ。



「さて、条件を整えよう。資料は我々が既に何度も見ている物とほとんど一致している。

彼は具体的に何を成したいのか示せなかった。

しかし、理論自体は完璧であるそうだ」



 私が、つらつらと並べる条件を確認した所で、我先にと手を挙げる者が現れた。

私が自由に発言する事を許可すると、その者は一切のブレなく答える。



「私の結論から言うとNOだ。彼には出資しない」



 それを聞いたひとりが返す。



「流石は金の狙撃手、判断が速いな。俺もNOだ。何をしたいのかが分からない相手に、金は出せない」



 他の者も各々にそうだと頷く。

やはり、我々の予想通りなのだろう。

しばしの間に、私ともう一人を除いた全員が結論を述べた。

そして、今やこの部屋の視線は私に向いている。

私の番が来たという事だ。



「私個人の結論としては、やはりNOだ。彼は天才かもしれないが、我々の予想を超えたものでもなかった点は変わらない」



 私の結論を聞いた最後の一人が熟考の姿勢から復帰する。

そして、しばし机を鳴らした後に重い腰を上げてこの部屋の総意を放つ。



「つまり、全員NOという事だな。彼に出資はされない。そして、彼は特例的に何度も参加を許可したが、これ以上続けても期待に応えられないと判断しよう。これ以上は無駄だな」



 最後に、私はこの部屋の結論を復唱する。

全員が頷いたのを確認してから、助手に目配せをした。









 助手に連れられてきた彼は我々の開口を、いや、私の開口を待っている。

私は重い口を開いて伝えねばならない。



「残念だが、ここに居る者の総意は変わらなかった。

”君には出資できない”

それが我々の下した決断だ。こうなってしまった事は深く残念に思う。話は以上だ」



 私の宣言を聞き終えた後、皆が退出の用意を始める。



「では、秘書が速く来いと今にも襲ってきそうなので私は失礼する」



 そう言って一番多忙な奴が立ち上がる。



「まったく、マンモスのCEOは多忙だな?死に急ぐなよ!」

「ほぅ?そういう君は予定が空いてるのか?」

「個人勢は暇してるんだろうよ。羨ましい限りだ」

「個人投資家かは関係ないが、俺は暇してるんでな。あぁそうだ、この後飲みに行かないか?良い店があるんだよ」



 最後はどうやら私の方に聞いたらしい。生憎、個人勢の私だが、次の予定が埋まっている身なのだ。

悪いが今回は見送らせてもらおう。



「すまないね、私も次の予定があるんだ。また今度にするよ」

「あちゃ~振られたか~!次こそは誘うからな!絶対だぞ!」



 荷物をまとめた私は程々にしてくれと返しながら身なりを整え、再度確認し、問題が無い事を確定させてから一番最後に退出しようとする。



 ふと、彼が視界の端に留まる。

向き直して見ると、彼は茫然とし、この部屋に在りて、この部屋に虚き如しに果てている。

私は、ここ数年、若者がああいう顔をするのを頻繁に見る事になっている。

あれは、我々の生み出した結果である。

だから私はこの部屋が嫌いだ。



「すまない」



 最後に部屋を退出した男は、目元まで深く被った帽子に手を当て小さく嘆いた気がした。

あとに残されるのはただ永遠と続く静寂のみである。



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