第18話 白昼の静寂に潜む者
そして夜――
「あー、舞〜!やっと来たよ。も〜心細かったんだからね!」
夢の中で目を覚ますと、目の前にドアップの理瑚の顔がある。
「うわぁ、ビックリした。ちょっと近すぎるから」
覆い被さるように見下ろす理瑚を押し退ける。
「いないからさー、もうやられちゃったかと思ったよ」
「ゴメンゴメン、明日は土曜日で休みだからゲームして夜更かししちゃったよ」
寝る時間まで決めなかったからね、心配させたなら悪かったな。
「しかも、このボロい事務室みたいな場所!昨日と全然違うんだけど!」
「あー、そうだ、この場所を作った陸上部の奴等がいなくなったから元に戻ったんだ」
昨日の立派な控室は消え去り、元の小汚い事務室に変わっている。昨日と雰囲気も違うし、心細かったよね。理瑚は、私の存在を確認してようやく落ち着きを取り戻した。
「だけど舞が出てくる時さぁ、ジワジワ浮かび上がってくるのね、結構不気味だったよ」
「あぁ、そうなんだ。昨日理瑚が寝た時も、ジワジワ消えてったから、同じかもね」
この夢の世界への出入りは、現実世界の睡眠とリンクしている。私達は24時間起きてるような感じだな。
私達は建付けの悪い事務室のドアを開け、外に出る。空には太陽が昇り、世界を明るく照らしている。
「さぁ〜て、どこ行こー?出来れば、こっそり近づいて後ろから斬りつけたいね」
そう言って理瑚がおどける。卑怯なようだけど、この世界では現実的な手段だ。
私達は今まで行ったことが無い地域、学校から見て西側に位置する住宅街の方へ向かった。
目立たないように、建物の影から影へ身を隠すように歩いていたが、そのうち疲れてダラダラと普通に道の真ん中を歩くようになった。
「それにしても、いつもの街に人っ子一人いないのは、やっぱ不思議な感じだよね」
「確かにね、犬とか鳥さえもいないもんね」
おそらく夢を見てる人以外は入ってこれないのだろう。例外として西園寺が飼っていたイグアナやヤモリはいたが、多分能力に関わっていると思われる。
「でも、暑くないのがいいとこかなー。通学の時とかさ、汗だくになるもんね」
夢の中は現実と同じ、夏の空そのものだが、暑さは感じない。
「それは言えるね。舞のその変なマスクつけてても暑くないか〜」
「えっ、今変なマスクって言った?昨日はカッコいいとか言ってなかった?」
「あー、ゴメン、変なマスクは言いすぎだった。どっちかといえばカッコいいよ」
「どっちかといえば!?ちょっと!これ取れないんだからね」
う〜ん、学校の制服に顔の上半分を覆ったマスク。やっぱり変かなぁ?理瑚は襟とリボンのついたノースリーブのシャツにショートパンツ。随分身軽な格好をしている。盾を背負ってるのは変だけど。
それにしても、こんな特殊な環境にいるから余計にそうかもしれないけど、理瑚とは昨日初めて話したのに、以前から友達だったような感覚で、お互い気を使わないし、口下手な私でも気まずくならない。
「いや〜、しかし誰もいないねー。思えばこの広い街でクラスの人に会う確率はかなり低いかもね。アタシと舞が出会ったのって、運命的なものだったのかもよ」
「運命的って、大げさだなー」
でも、確かに凄い偶然かも。出会ったのが理瑚で良かったって、今になって思う。恥ずかしくて口には出せないけど。
そんな、たわいもない会話をしながら、のんびり住宅街を歩いていると、理瑚が急に立ち止まる。
「ちょっと待って、あの建物なんかおかしくない?」
見ると住宅街の中、家3つ分ぐらいの大きさの近代的な建物が窮屈そうに建っている。2階建てで、ホールか美術館といった見た目だけど、入口は普通のドアが1つあるだけだ。
「舞、これって……」
「間違い無い、能力者の影響で変化した建物だよ」
いる、この中に誰か能力者が。ゴクリと唾を飲み込む。
「行くしか無いよね」
「うん、行こう」
私達は周囲を警戒しつつ建物に近づく。
「チャイムは押した方がいいかな?」
「いや、いらないでしょ!わざわざ、コッチの存在を相手に教える必要は無いよ」
ゆっくりとドアノブに手をかける。
「開いてる……」
鍵はかかっていない。もしかして罠なのか?という疑念も浮かんだが、もう引き返せない。
中に入ると、そこは何の敷居も無い1つのガランとした空間で、人影は無いようだ。ただ壁際にズラッと並んだ棚には、本がギッシリ詰まっている。
「まるで図書館みたい。1階は何もなさそうだ」
「2階に行くには……あの階段しかないみたいだね」
私達は部屋の角にある黒い鉄骨でできたような階段をゆっくり上る。
息を潜めて2階に到達すると――
「あっ!いる……」
広い空間の中、奥の方にポツンと机と椅子があり、眼鏡を掛けた制服姿の女の子が本を開いて座っている。
あの横顔は――学級委員長の上條 亜来だ。
こちらに気づいてない訳はないと思うのだが、ピクリともしない。
私はジリジリと近づいていく。
「舞、気を付けて!」理瑚が小声で囁く。わかってる、ここは相手のテリトリーだ。どんな攻撃をしてくるかわからない。
ほんの5メートル程の距離まで近づいたとき――委員長は本を閉じると、おもむろに席を立ち、こちらを見据える。
く、来るか……!?
「舞!見て、窓に!」
突然、理瑚が声を上げる。
理瑚が指差した、委員長の右側の窓には、大型犬ぐらいの黄色に黒の斑点のヤモリが2匹も張り付いている。
「コイツ、私の家にいたヤモリと同じ!?」
その気味の悪いヤモリは、窓を割り、部屋に侵入すると、近くにいる委員長に飛びかかった!
「キャアァァァッ!」
私は瞬間、間合いを詰め、「ズギャン」と剣を出現させると、右手を振り抜き、倒れた委員長に覆い被さったヤモリを真横に斬り裂く。そして、すぐ後ろの今にも飛びかかろうと後ろ足で立つ2匹目のヤモリに向かい、右手を振り降ろした。
――が、浅かった。剣先は身体をよじらせたヤモリの左目を斬っただけだ。傷を負ったヤモリは叫び声をあげながら窓から逃げていった。
「ハァ、ハァ……逃がした」
窓から覗くと、もう姿はどこにも無い。
「舞!」
走ってきた理瑚が私の前に出ると、盾を構えて委員長を睨みつける。
そう、思わず助ける形になったが、ここは委員長のテリトリーの中、何をしてくるかわからない。




