第7話
夜が再び村を覆った。
縁側に腰を下ろした真琴の耳に、池の方から水音が届く。ぽちゃん、ぽちゃん、と小石を投げ入れるような規則的な音。
耐えきれずに外へ出ると、薄暗い道を抜けた先で池が月光を浴びていた。
水面は静かだ。だが、確かに自分を呼ぶ気配がある。
足が勝手に前へ進んだ。
頭の中で「行くな」という祖母の声が響く。それでも止まれなかった。
水のほとりに立つと、黒い鏡のような水面に自分の顔が映った。だがそのすぐ隣には──俊がいた。
俊は穏やかに笑っていた。口が動き、声にならない言葉が水の奥から伝わってくる。
“おいで”
真琴の足首に、あの夜と同じ冷たい感触がまとわりつく。
視線を落とせば、透明な水の底から白い手が伸び、そっと自分を掴んでいた。
恐怖よりも、不思議な懐かしさに胸が満たされていく。
──次の瞬間、真琴はふらりと前へ倒れそうになった。
膝まで水に浸かり、足元からじわじわと冷たさが這い上がる。
月明かりが雲に隠れ、辺りは闇に沈んだ。
最後に真琴が見たのは、静かに広がる水面と、そこに浮かぶ俊の微笑みだった。
その笑みが救いなのか、罠なのか──誰も知ることはなかった。