劇場通り
ティローサは芸術都市といわれるだけあり、大劇場を中心として東西南に、美術通りと劇場通り、文学通りの三つの大通りが存在し、それぞれの分野ごとに特色ある発展を遂げていた。
厳密に区分けされてはいないため、それぞれの通りに当てはまらない分野の興行は、似通った分野の大通りで行われている。
ティローサ大劇場の西側、劇場通りに面した広場から、大通りに出たラルジャンとミストラルは、路上演劇で盛り上がる人混みを、苦にすることなく歩いていく。
「ここはどこ? 私はだれ……? あの人は……」
ふと、切実な声が耳に入り、ラルジャンは足をとめ、素早く周囲を確認した。
大通りの中央に立ち尽くす女性が一人と、その隣に男装をした女性がいる。
路上演劇か? 随分演技が上手いな。
「またなの? 貴女はソーニャでしょ」
「……ソーニャ? いいえ、違うわ。私の名前は……えっと、あれ? ごめんなさいルーシー。寝ぼけてたみたい」
「まったく! 花形役者なんだからしっかりしてよね。そろそろ公演の準備に行かないと」
ラルジャンの予想とは裏腹に、彼女たちはそんな会話を交わした後、足早に大劇場へ向かって歩き出した。
なんだ。単にぼんやりしてただけなのか。それにしては、真に迫った様子だったが。
『美味しそうな匂いがする』
精霊石を寝床にしているアルフェが、ポンと肩に出現したかと思うと、ソーニャと呼ばれていた女性目指して、飛んで行ってしまった。
「こら待て!」
慌ててその後を追う。
「なになに? 可愛い! 見たことない生き物だけど」
スラリと背が高い、ルーシーと呼ばれていた女性が、隣りに立つソーニャの腕に飛び込んだアルフェを見て、歓声を上げる。
「猫に見えるけど、羽が生えてるから違うのかしら?」
おっとりした性格なのか、ソーニャは突然腕に飛び込んだアルフェに、動揺してはいないらしい。
冷静にアルフェを観察していた。
こいつはソーニャの何に惹き付けられたんだ?
「迷惑かけてすまねえ。そいつは俺らの仲間だ」
頭を掻きながら、二人に近づき声をかけた。
「興奮しておるの。どうしたのじゃ?」
ソーニャからアルフェを受け取りながら、ミストラルがアルフェの様子を確認する。
「その動物、可愛いですね! 品種改良された猫とか?」
「……似たようなもんだ」
精霊だって教えても、面倒なことになるだけだよな。
「へぇー! 可愛い子を見せてくれたお礼に、いい物あげます。お二人とも、よければ観に来てくださいね」
「劇団 凰花の公演観劇券です。私たち、演技には自信があるので、後悔はさせませんよ」
ルーシーとソーニャは、ラルジャンたちに観劇券を渡した後、慌ただしく去って行った。