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猿神たちの正面に回るよ


 異形の群れ──猿神《エン=ムカ》たちは、こちらを見ている。


 額に輝く第三の目。

 うねるように動く六本指。

 狂気と理性がないまぜになった猿の群れは、視界の奥で静かに膨らむような圧を放っていた。


 詩乃が俺の腕を強く引く。


「師匠、今は逃げるべきです……!」


 必死の訴え。

 詩乃の目からは嫌というほどに、焦燥の念が伝わってきた。


 

“師匠、逃げろって!”

“猿神の群れなんて、こんなの即死案件だろ”

“詩乃さんだけでも逃げて!”

“しののん、お願い。生きてくれ!”



 そして明らかに増えたコメントの通知。

 これを見れば、さすがに自分が世の中の常識とかけ離れていることがよくわかる。


 だけど――

 

「……その前にやることがある」


 生涯探索していても、一度出会えたらラッキーと言われている希少種モンスターに出会えたんだ。

 しかも仲間を引き連れて。


 こんな極レアなもの、もう二度と巡り会えないだろう。


 俺はペンを強く握った。


 ここで描かなきゃいつ描く、悠生!


「あぁぁぁん、もう終わったぁ……」


 表情を歪め、力の抜けた悲鳴を出す詩乃と俺の周りには、四方から囲むように接近してくる猿神エン=ムカ。


 第三の目も含めて、仲間同士で目配せし合っている。

 口元は緩み、まるで自分たちが優勢だと分かっているような余裕ぶり。


「やっぱり相当頭良さそうだね、スゴイな」


「い、言ってる場合ですか――っ!」


「だけど少し構図が悪いな。囲まれちゃ、全員を描けない」


「……ダメだ。師匠、全然話聞いてない」


 俺は手を広げた。


 俺たちを囲う猿神たちは、警戒の色を少し強める。


 だけどもう遅い。


「重縛っ!」


 魔力を巡らせ、俺は最大出力で発動する。


 バシュッと空気を裂く音がして、俺の手から無数の透明な糸が全方位に放たれる。

 瞬間、四方の猿神たちが、まるで操り人形のようにビタリと停止した。


 ……よし、止まったな。

 

 拘束スキル、糸縛の強化版。

 複数の捕えるのに有効らしい。


 もっとも、実戦では初めて使ったけど、上手くいってよかった。


「……重縛っ!? 師匠、使えたんですか!?」


「え、うん。こういう場面に使えるかな、と思って」


「でもこのスキル、C級探索者でやっと覚えるような中級の……ってまぁ師匠なら覚えてても不思議じゃないか」


 詩乃の拍子抜けした顔と爆発的に増えたコメント通知。

 

 

“止まった!? 全員止まったぞ!”

“え、なにこれマジ!? どういう原理?”

“師匠……F級だよな? なんでこんな……”

“詩乃さん説明求む!”

“この人、この前青銅竜も止めてたからなぁ。重縛使えても全く違和感ない”

“てか重縛って猿神レベル捕まえられんの?”

“……えっと、魔力コントロールをあげれば、ギリ……いや奇跡的にできるかも”

“できねーわwwww 俺B級だけど、六体も同時にとかE級のモンスターでもキチィい”

“つまり師匠がイカれてるっことか”

 


 だが、その時。


 一体のエン=ムカが拘束を破った。

 腕がバキリと音を立てて動き、俺に飛びかかってくる。


 俺は一歩も動かず、腰に巻かれた黒革のペンケースにペンを仕舞った。


「……邪魔、しないでっ!」


 そして魔力を纏った拳で一発、軽く跳ね除ける。


 ドンッ、と鈍い音を立てた後、地面を転がる猿神。


 場に一瞬、静寂が訪れた。


「え、今の……倒したんですか? 一撃で……?」


 詩乃が呆然とつぶやく。


 

“ファッ!?!?!?!? 一撃っ!?”

“何が起こった!?”

“ただの重撃に見えたけど”

“いや、そんな初期攻撃スキルで、あんな威力出るわけないって”

“拳一振りでモンスターってあれだけ飛ぶんだな”

“コイツがF級ってマ? 俺、探索者、やめようかな”

“↑諦めないでくれww 師匠が規格外なだけだから”


 

 いつもは極限にまで出力を下げ、位置調整のみに使用する『重撃』という拳スキル。


 これを逆に出力を上げ切ってしまうことで、この『重撃』の威力は跳ね上がる。


 初めはここまで威力は出なかったけど、出力下げの練習をすればするほど、上げる方も上手くなったんだよな。

 いや……むしろ上げるほうが簡単とまで言える。


 しかし、複数体の重縛はやはり安定性が悪い。

 

 さっき一体解けたことで、順に猿神は自由を得てしまった。


 まず一体が跳躍。

 二体目が突進。


 陸と空から攻めつつ、他は俺の動きを目で見張っている。

 

「コンビネーションもすごいな」


 だけどここで全て倒してしまっては、元気な猿神を描けない。


 だから俺は、彼らに分からせる必要がある。


 決して届かない相手だと。


 そのための一撃。


「――重撃ッ!」


 もう一段階ギアを上げ、跳び上がり、空から迫る猿神に本気の一撃を叩き込む。


「グボ……ッ!?」


 胴体にめり込んだ拳に、猿神は鈍く濁った呻り声を上げる。

 体がくの字に曲がり、一体目よりも派手に吹っ飛んだ。


「糸縛っ!」


 わずかに遅れて迫ってきた陸側の猿神には、より強力な拘束を。


 縛られた猿神はその場に転げ、倒れ込む。


 これで残るは三体。

 彼らはどう判断するのか。



“対応力エグ”

“手も足も出ないってのはこのこと”

“相手にすらなってないの草”

“重撃って言ってたよなやっぱ”

“つまり師匠の技は全て規格外”

 


 猿神たちはピクリとも動かず、仲間内で目配せし合っている。


 そして答えが出たのか、踵を返し、ゆっくりとダンジョンの奥へ足を進ませていった。


「……エン=ムカが帰っていく。師匠の勝ちだ」


 さっきの戦闘を見て、判断したのだろう。


 俺を勝てない相手だと、


 そう悟ったんだ。


「師匠、すごいですっ! あの数のエン=ムカを一人で撃退しちゃうなんて……」


「いや、ここからだよ、詩乃。重縛ッ!」


 俺は猿神の背に向けて、手をかかげた。


「ファァァッ!?!?」

「グギャアッ!?」

「ッギャアァア!?」


「わりと可愛い声で鳴くんだな」


「……えっ!? 師匠、何を!?」


「何って、絵……描くんだけど?」


 そんなポカンとした顔をされても、これからが本番なのに。


 詩乃と猿神が双方硬直してる中、コメントの通知が再び爆発する。



“え、逃げようとしたヤツ縛ったの!?ww”

“師匠、もうやめてあげてww”

“今の鳴き声、人じゃんwwww”

“さっきまで神だったのに、今ただのサル”

“もはやサル側に同情する”

“おっ、ようやく写生タイムですか”

“詩乃さん、正面にカメラ回ってください”

“大丈夫? サルさん、泣いてない?”

“もう佇むその背中が可哀想だよ笑”

“↑↑ここの平然と絵を描く猛者達、なんなん?笑”

“こんな狂気的なチャンネル初めて見た”



 よく分からないけどコメントも盛り上がってるみたいだな。


 だけど、俺のやることは変わらない。


「詩乃、猿神たちの正面に回るよ」


「……え、あっ、はい!」


 彼女も正気を取り戻し、カメラマンとしての立ち回りに戻る。


 そして俺は再び、ペン先を動かした。


 フッフッフッ。

 

 初めての猿神エン=ムカ。

 初めての希少種。


 描いても描いても描き足りない。


 だから、もう少しだけ。


「……もう少しだけ、大人しくしててくれよ」


 ここから一歩も動かずに立ち尽くしている猿神に対して、俺はそう言い聞かせ、写生を続けていくのだった。

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