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3話 仕組まれた転落

リゼリアは黙って侍女の後をついて歩いた。

わからないことだらけの状況だが、現状を知るためにも言われるがままに従うしかない。


(とりあえず私が何者なのかを知る必要があるわ…)


館内を歩くにつれ、廊下の様相が少しずつ変化していった。

彼女の部屋周辺は、古びた絨毯とくすんだ壁紙が印象的だったが、歩を進めるごとに明るい陽光が差し込み、絨毯はふかふかとした新品に、壁には花の飾りと高価な絵画が並ぶようになる。

まるで「誰が愛されていて、誰がそうでないか」が、廊下の装飾ににそのまま表れているようだった。


(ここまで露骨に差をつけるなんて...)


やがて、金の縁取りが施された白い扉の前で、そばかすの侍女が立ち止まり、静かにノックを打った。


(……私の時はノックすらなかったのに。ずいぶんと、扱いが違うのね)


皮肉めいた思考が浮かんだ直後、カチャリと扉が開く音がした。

現れたのは、陽光を帯びたような金――いや、今のリゼリアに比べれば黄色に近い髪と、若葉のように淡い緑の瞳を持つ少女。

その姿は可憐そのもので、着ているドレスは白に近いミント色。繊細なレースにふちどられ、スカートの裾や胸元には小さな宝石がふんだんに縫い込まれている。


耳元には揺れる雫型のピアス、首にはエメラルドのペンダントが輝き、ブレスレットや髪飾りも手の込んだデザインだ。

対して、リゼリアがが身につけているのは飾り気のない質素なドレス。

――並んでしまえば、その差は歴然だった。


「リゼナお姉様……!」


ぱっと顔を上げた少女――リリアナは、潤んだ瞳で語りかけてきた。


「本当によかった……無事に目覚めたんですね!大事に至らなくて……本当に……!」


胸元に手を当て、震える声と潤んだ瞳で安堵の言葉を重ねるその姿は、心から姉を心配していた妹のように映った。


(…リゼナ?……なるほど、この身体の持ち主は“リゼナ”というのね)


考えにふけっていたそのとき、そばかすの侍女が一歩前へ出る。

口には出さないものの、その目は明らかに「お嬢様、謝ってください」と言っていた。圧力を込めた無言の催促――。


(……謝るべき相手ってことなのね。つまり、リゼナは何か悪いことをしたということ?)


リゼリアは冷静に状況を整理した。状況を把握するためには、この体の人物を演じるしかない。

落ち着いた様子で、リゼリアは小さく息を吸って、リリアナを見つめる。


「リリアナ、あの時はごめ――」


言いかけた瞬間――リゼリアの脳裏に、突然映像のような記憶が流れ込んできた。


◆◆◆


「あのねお姉様、私…馬に乗るの、初めてで怖いの。だから先に乗って、お手本を見せてくれない?」


「あ、あの……でも……護衛の人たちは、あなたの忘れ物を取りに行っていて……今はいないし……戻ってからのほうが……」


「大丈夫よ!お父様が“この馬はおとなしい”って言ってたもの。だから早く乗って?」


「で、でもこの馬、魔獣との混血で体もすごく大きいのよ?女性が一人で乗るには向いてないって、厩舎の人が言ってたもの……私、馬なんて乗ったこともないし……」


「お姉様…そんなに馬に乗りたくないの…?もしかして……私だけお父様から馬をもらったのが、そんなに僻ましいの…?」


「そ、そんなこと……ないわ……」


「なら、早く乗って。私、悲しいわ…お姉様……」


「わ、わかったわ。ただ……危ないから少しだけよ……。でも、こんなに大きい馬……どうやって乗ればいいのかしら…」


「心配しないで。私の魔法があるもの」


リリアナがふわりと笑いながら手をかざすと、地面から美しい薔薇と共に棘のあるツタが伸び、リゼナの脚を絡め取るように包み込んだ。

そのまま持ち上げられ、リゼナの身体は馬の背へと押し上げられる。


「――っ…」


ツタの棘が脚に食い込み、リゼナの肌にはうっすらと血がにじんだ。

やがて彼女が馬にまたがった瞬間、リリアナの口元に、ぞっとするほど冷ややかな笑みが浮かんだ。


そして――馬の後ろに広がる茂みの中から、もう一本の棘つきのツタが音もなく伸び、馬の臀をぴしゃりと打った。


「――キャアアッ!!」


甲高い悲鳴とともに、馬が驚いて突如駆け出す。

リゼナはなす術もなく振り落とされ、固い地面へと叩きつけられた。

視界がぐらりと揺れ、意識が遠のいていく――。



駆け寄ってきたのはリリアナ。その背後には、叫び声を聞きつけて戻ってきた護衛の姿もあった。


「どうしましたか!」


「わ、私……あのとき、ただ馬を見ていただけだったのに……」


リリアナは潤んだ瞳を伏せ、震える声で言葉を継ぐ。


「お姉様が、何も言わずに……勝手に馬に乗ってしまって……それで、馬が驚いて走り出して……!どうしましょう、私……私のせいでお姉様が怪我を……っ!」


涙を浮かべながら、必死な声で護衛に説明するリリアナ。

その小さな肩を震わせる姿は、まるで姉の身を案じる純粋無垢な妹そのものだった。


けれど、リゼナの目が最後に捉えたのは――自分を見下ろす護衛たちの、心配そうでいながら、どこか軽蔑の色を帯びた視線だった。


(…リリー…どうして……?)


その疑問を最後に、リゼナの意識はすとんと深い闇へと落ちていった。

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