モテない令嬢アリシアは、それでもモテたい
日本語が共通語の異世界です。
ツッコミがいないので、ボケっぱなしです。
少しでも笑っていただけたら、嬉しいです。
アリシア・ガーネット侯爵令嬢、17歳。
栗色のウェーブがかった髪、長い睫毛に透き通るような青い瞳、誰もが振り返る美貌の持ち主でありながら──
彼女はモテない。
「おかしいですわ……なぜ私が、こうもモテないのかしら……?」
鏡の前で、アリシアはため息をついた。今日もまた、舞踏会で一言も男子に話しかけられず、ついでに自分からも話しかけられなかった。
なぜかって? それは彼女が──
極度のあがり症だったからである。
貴族の令息たちに「よい天気ですわね」と話しかけようとして、「……て、て……て…てん……」と呪文のようになり、最終的には睨みつけるような表情で黙ってしまう。
結果、「氷の侯爵令嬢」として社交界に名を轟かせてしまった。
「どうして、ああなってしまうのかしら……。普通に笑顔で会話をして、可愛らしい声で『まあ、うふふ』とか言いたいのに……」
アリシアは、他の令嬢たちのように、自然な笑顔で、男性と会話をしたいと願っていた。そして、『モテたい』とも……。
「次の舞踏会こそ、モテてみせますわ!」
かくして、アリシアの壮絶なる「モテ修行」が始まった。
◇
「まずは笑顔ですわ。鏡に向かって、にっこり……にっこり」
鏡の前で練習を始めたアリシアだったが、いかんせん慣れていない。
──にっこり。
「………………」
口元は引きつり、目が据わり、どこかの悪役令嬢が処刑前にほくそ笑んでいるような表情になっていた。
「ま、まずいですわね……。これはモテる笑顔ではなく、脅す笑顔ですわ」
それでもめげないアリシア。日課として毎日100回、鏡に向かって笑顔を作る訓練を開始した。すると使用人たちの間で「お嬢様、ついに壊れたのでは」という噂が立ち始めた。
続いてアリシアが挑んだのは、会話の訓練であった。
練習相手に選ばれたのは、侍女のマール。口こそ悪いが、アリシアの数少ない理解者である。
「マール。わたくしに……モテる会話のコツを教えてくださいませ!」
身を乗り出すアリシアに、マールは「また変なことを言い出したぞ」という顔をしながらも、腕を組んで少し考えた。
「モテる会話……そういえば、男性は褒められるのが好きだって聞いたことがあります」
「褒める、ですの?」
「はい。たしか、『さしすせそ』で褒めると良いらしいですよ」
「さしすせそ……? それはお料理の調味料ではなくて?」
「似てるけど違います。『褒め言葉のさしすせそ』って言って、こういう意味です」
さ:さすが!
し:知らなかった!
す:すごい!
せ:センスある!
そ:そうなんだ!
「この5つを会話にうまく入れると、男性は『この子、自分のことを認めてくれてる!』って気分になるそうです」
「な、なるほど……そんな魔法のような言葉があったとは。ありがとう、マール。これで、わたくしも非モテ街道から卒業できますわ!」
「まずは『すごい』あたりから練習した方がいいですね」
「わ、わたくしだって、そのくらい──す、すぅ、すぅ……はぁ……すご……ごほっ……!」
(お嬢様……想像以上にポンコツですね……)
その後、深夜まで『褒め言葉のさしすせそ』の特訓が続いた。
◇
そして運命の日。王宮主催の舞踏会。
アリシアは、ここで『モテ』を勝ち取ると心に誓っていた。
(今度こそ……今度こそ、ちゃんと笑顔で男性を褒め殺しにしてみせますわ……!)
アリシアは『特訓の成果』を披露すべく、男爵令息の一人に声をかけようとした。
「ご、ご、ご、ご、ごき……げんっ……よう……!」
笑顔は……作った。
が、般若のような顔になってしまった……。
「ひっ……! あ、あの、すみません、急用を思い出しました……っ!」
男爵令息、逃走。しかも全力で。
その場は、しん……と静まり返った。
アリシアは、ぎこちない笑顔のまま石像のように立ち尽くした。目元の筋肉がピクピクしていた。
「……にっこり、したのに……」
アリシアは会場を抜け出し、笑顔の練習を100回行った。そして、会場に戻ると今度は伯爵令息に声をかけた。
「は、は、初めまして。わたくし、アリシア・ガーネットです」
まだ、ぎこちないものの、先ほどよりは自然な笑顔ができた。
「初めまして、アリシア様。僕は、ジーク・アーバインです」
「ジーク様とおっしゃるのですね。知りませんでしたわ」
(よし! 早速、『し』をクリアしましたわ!)
呆気にとられるジークを他所に、アリシアは会話を続けた。
「ジ……ジーク様、さ、さすがですわねっ!」
「……え?」
(しまった、何がさすがだったのか自分でも分かりませんわ……)
「そ、その……こ、この絨毯ですわ。ジーク様のお召し物と同じ色、センスがありますわ」
(よし! 挽回した上、『せ』までクリアしましたわ。さあ、次!)
「あ、アリシア様……あなたは何を──」
ジークが言い掛けた言葉を遮り、アリシアが言った。
「す、すご~い、このカーテン! ジーク様の首もとのフリルと全く同じですわ!」
(よし、『す』もクリア! あとは、『そ』だけですわ……。あれ……? 『そ』って、何だったかしら? 確か、『そ』から始まらなかったような……。そ、そうだわ、思い出しましたわ!)
「ジーク様、あなたの靴もベルトも茶色……素敵ですわ。まるで、『みそ』のよう……」
(よし! 『さしすせそ』をコンプリートしましたわ!)
アリシアは達成感に満ちた笑みを浮かべ、その場から去っていった。
心配になって、こっそり様子を見に来たマールは思った。
(やっぱり、お嬢様は想像以上のポンコツでした……)
ジークはアリシアの背中を目で追いながら思った。
(なんだったんだ、あの人……でも、妙に気になるな)
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