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19.公爵の求婚

「嫌です」


 ヴィッテンベルク公爵家本邸の貴賓室が、アマーリアの部屋となってひと月ほど。

 ソファに座ってくつろぐヴァルターの向かいのひとりがけには、不機嫌なアマーリアがいる。


 ふたりの間のテーブルには、美しい雨上がりの虹の光を放つ通信石が置かれている。魔力の光の中には、国王アルトゥールがこめかみに指をあてながら、眉間に皺を寄せる像が浮かんでいた。


「……今後の話も進めねばなるまい。とにかく一度帰ってきなさい」

 アマーリアは懇願する父と目を合わせることなく、態度で拒否を表している。


「アマーリアは体調を崩して療養しております。お父様が仰ったのでしょう?」


「そうは言っても、もうひと月になる。王宮にいないことをいつまでも隠し通せるものではないぞ。ヴァルター、聞いているのだろう? アマーリアを連れてくるよう命じたはずだが?」


 ヴァルターは通信石の裏側にいる。親娘の会話は聞こえているが、アルトゥールにヴァルターの姿は見えていない。

 無礼極まりないことに、ヴァルターは国王に対して、姿を見せないまま口を開いた。


「それは承知しておりますが、私がアマーリア様をお連れしたら、陛下はことを公にするとうかがいましたので。アマーリア様に瑕疵があるような噂が立つことは、万が一にもあってはなりません。陛下に逆らうのは本意ではありませんが、長年お仕えしたアマーリア様をお守りするのは我が務めと心得ております」


 父親が苦虫を噛み潰したような顔で肩を震わせる様子を見て、アマーリアは笑顔を取り戻す。父の像の後ろで同じく笑っているヴァルターは、アマーリアに片目を閉じて見せた。


「……わかった。好きにするがよい。可能な限りそなた達の希望に添う。だが、アマーリアは王女として王宮から嫁がせる、それは譲らんぞ」


 ヴァルターは立ち上がって、アマーリアの隣に立つとアルトゥールに礼をとった。

「もちろんです、陛下。では、近いうちにアマーリア様は一度王宮へお帰りいただきます。それで、よろしいですね?」

「うむ」


 口を挟もうとするアマーリアを制して、通信石へ注ぐ魔力を閉じる。国王との会話を一方的に打ち切るなど、不敬罪に問われる所業だが、非公式の場である。さらに言えば、国王がふたりを説得する立場にあるのだ。


「まだ帰らないわよ?」

 アマーリアは口をとがらせて、請うように見上げた。ヴァルターは穏やかになだめるように口を開いたが、出てきた言葉はアマーリアの予想を超えていた。


「年内はここに居ればいい。年明けの最初の御前会議で降嫁を願い出る。その前には帰っていてもらわないと困るけれど」


 虹の瞳をまるくして、アマーリアはヴァルターを仰いだ。

 紺碧の瞳は優しく弧を描く。このところ、甘い視線を向けられる度に、アマーリアは恥ずかしくて顔をそむけてしまう。見つめるヴァルターはさらに表情をやわらげて、彼女を腕に閉じ込めるのだ。

 顔を上げられないまま、腕にしがみつくアマーリアにヴァルターは念を押すように言った。


「陛下は好きにしてよい、と仰った。私は自らの意思で、アマーリアを妻に迎えたいとお願いにあがる」


『風の精霊』の加護の泉から帰ったら、すぐに王宮へ帰されると思っていたのに、好きなだけいてかまやないと言われた。

 敷地から出ないよう制限はされたが、公爵邸には狩場や果樹園、温室や庭園、図書室と王宮ほどではないにしても、はじめて訪れたアマーリアが当分は飽きないだけのものがそろっていた。


 使用人たちはよく理解していて、突然現れた虹色の瞳の少女が何者なのかわかっていても、余計な詮索をすることなく、ただの貴賓として接している。


 ヴァルターは忙しくしていたが、ほどよくアマーリアを放置して、時間ができるとふらっと顔を見せる。そして、以前には考えられないほど甘やかして、たがが外れたかのように、心の内をあらわにするのだ。


 今もアマーリアは信じられない気持ちで聞いているが、ヴァルターの口調は落ち着いていて、全てが彼の本心であることを疑う余地はない。


「そこまでしなくても、お父様は……」


 大きな固い掌に包まれた腕に、力を入れて引き抜こうとしても動かせない。それでいて痛くもないのだから、魔法でつなぎとめられているのかもしれない。


「アマーリア王女をヴィッテンベルク公爵に降嫁する、とご自身で命じるおつもりだろうね」

「なら、どうして?」

「私が嫌だからだよ。それに、陛下に遠慮しすぎていたと気づいたからね」


『ヴァルターが望んで迎えるのでなければ』という条件は、アマーリアがヴァルターを選んでいることが前提となっている。ヴァルターは、アマーリアの意思に反することを望まない。


 それも含めて全ては国王の(はかりごと)だったのではないか、とも思う。

 ヴァルターがアマーリアを望むようになるまで、相当の時間がかかったのは確かで、それすらも計算の内なのかもしれない。


 それでも、今アマーリアが腕の中にいることを幸せだと思う。彼女を望む気持ちは確かに胸にあり、それを隠し通す意味がなくなった今、より強くなった。


「私は陛下の命で王女を娶るのではない。私がアマーリアを望んでいるのだから。そこははっきりさせておかないと」

「本当に? いいの?」

「御前会議の面々がどんな顔で驚くか、見ものだな」

「そうではなくて!」


 ヴァルターは、信用がないな、とつぶやいて立ち上がると、アマーリアの前に跪く。『風の精霊』の加護の泉で、同じ姿勢をとっていたことを思い出して、アマーリアの頬が熱くなる。

「そういえばまだ、返事をもらっていなかったな」


 アマーリアの指先に、騎士の大きな手が触れた。

「アマーリア様、私の妻になっていただけませんか?」


「……い、いいわ。なってあげる。その代わりずっと、ずっと一緒にいてくれないと許さないから」


 抱きついてきたアマーリアを、床に座り込みながら受け止める。肩にかかる彼女の髪をなでつけて、形のよい耳に口を寄せた。

「もちろん、なにがあっても」


 そのまま金の虹に唇を近づける。虹を覆うまぶたに落とした唇は、優美な曲線を辿ってアマーリアのそれと重なった。

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