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わがまま王女がわがままに紡ぐわがままな恋の行方  作者: 永井 華子
わがまま王女と騎士

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10/21

10.わがまま王女の夜会

 春の夜会、宮殿大広間。広大なシェーンニーベル宮殿の中でも最も広い空間は、まばゆい輝きに満ちている。


 天井から下がるいくつもの灯りは、それだけで芸術品といえる繊細な金細工が施され、中には均等に精霊石が配置されている。メダリオンにも小さな精霊石が埋め込まれ、灯りとともに大広間を虹色の光で彩る。


 虹色の光が、照明としての役割を損なわないように、特に風の魔力が強い『王家の精霊石』が使われている。『風の加護』は金の輝き、アマーリアの瞳の色である。今夜の主役に相応しい舞台となっていた。


 そこに集う人びとはもちろん皆、最上級の装いである。色とりどりの華やかなドレスを身につけた貴婦人たちは、装飾品にも贅を尽くして着飾っている。


 その中でも白をまとえるのは、デビュタントの令嬢のみである。だが、例年に比べると白いドレスの女性はかなり少ない。

 王女アマーリアがはじめて出席する夜会でのデビューを遠慮して、先延ばしにした家が相当あるようだ。

 高位貴族のデビュタントは王族席へ挨拶に訪れ、国王からの祝辞を賜るが、それもすぐに終わってしまった。


 しばしの休息の間に、広げた扇にアマーリアはあくびを押しつけた。

 少し離れた席からカタリーナの冷たい視線が飛び、背中にはヴァルターから小声の叱責が重なる。それでも、きらきらしくも寒々しい場に、アマーリアはすでに飽きていた。


 真珠色の美しい絹のドレスは、一見して飾り気がなく、はじめて夜会に出席する王女のために仕立てられたものとは思えない。

 挨拶に訪れた幾人かのデビュタントや付き添い人は、アマーリアのあまりにも簡素なドレスに驚いていた。


 ドレスにあわせて、装飾品も地味なデザインばかりである。もちろん質は一級品であるが、首飾りとそろいの耳飾りは、どちらも一粒石の金剛石(ダイヤモンド)に金の鎖を通しただけ。

 用意されていたクラウンティアラも、踊らないとなった時点で、アマーリアがこちらも金剛石ひとつの額飾りに変更してしまった。


 もしも、アマーリアが予定通りにダンスを披露したなら、スカートのドレープは広がり、裾に施された金糸銀糸の精密な刺繍と、金剛石が見事に輝いて参加者の目を釘づけにしたことだろう。

 その時にはじめて、頭上のクラウンティアラとドレスの刺繍が、同じ意匠になっているとわかる趣向であった。


 前日、落馬で足を痛めたアマーリア王女がダンスを披露しない、と聞いたデザイナーは、徹夜でスカートの全体に刺繍を刺すと言った。しかし、アマーリアは必要ないと断ったのである。

 泣きつく職人に、シーズン中のドレスを何着か注文する約束をして、どうにか納得させたのだった。


 職人の悲壮な顔には多少なりとも心が痛んだが、それ以外の点においてアマーリアは、自分の選択は正しいと確信している。

 王太子フェルディナントを支持する者からは、尖った視線を浴び、アマーリア王女派とされる者から注がれる熱意も、彼女の虚像、あるいは扱いやすい駒に対するものだと知っている。


 予想通りの茶番が目の前で繰り広げられている。我慢して座っているだけで、褒められてもよいはずだ。

 アマーリアがそう考えていたとき、視界にすっと濃い影がさした。


「アマーリア殿下にご挨拶いたします。ジェイソス公国より参りました。ケルンテン侯爵アルバン・エーバーハルトにございます」

「ようこそ、ケルンテン侯。お会いできて嬉しいわ」

()()お目にかかる日を指折り数えておりました」


 昨年よりも背が伸び、いくらか凛々しさを増したように見えるが、相変わらず大きな白金の瞳はいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 若い令嬢たちは、遠巻きにアルバンの姿を気にしている。


 わざわざ「また」と発言したアルバンに対して、アマーリアはにっこり微笑んで見せるが、扇で隠した口の端は下がり切っている。


「アマーリア殿下に祝辞を差し上げたく、今年もまかりこしました」

「ありがとうございます。どうぞ楽しんでいらして」


 ふっと軽く息を吐いたアルバンは、周囲の貴族たちの視線をよそに、親しげに話し続ける。

「ダンスのパートナーに、名のりをあげたかったのですが残念です。おみ足はいかがですか?」


 目の奥にはからかいの色がある。おそらく、事の次第に見当がついているのだろう。アマーリアは、扇を閉じると、ゆっくり口の端をあげる。


「もう痛みませんし、たいしたことはないのですけれど。侍医に大事を取るように言われましたので、今夜はおとなしくしておきますわ」


「では、またの機会を楽しみにしております。ああ、外遊のご予定がありましたら、ぜひ我が国も候補に入れていただきたいですね。殿下に相応しい場所をご案内しますよ」

「わたくしに相応しい場所?」


「ええ、我が国の守護は『風の精霊』です。首都の風の精霊殿には金の魔力が湧く美しい泉がございます。アンティリアの虹の泉には敵わないでしょうが、殿下の瞳は我が国の泉にも、きっと()えることでしょう」


 大陸にはアンティリア王国のほかに六つの国があるが、七か国の中でアンティリアは盟主といえる地位にある。

 それはアンティリアの王族だけが、すべての精霊の加護を得る虹色の瞳をもっているからだ。


 ジェイソス公国の守護精霊は、彼の地が王国であった頃から『風の精霊』である。歴代の君主と同じく、公国となった今もジェイソス公は金の瞳をもつ。

 アンティリアの王族とは異なり、君主の一族が皆『風の加護』をもって生まれるわけではないが、ほかの加護の者が上に立つと必ず短命に終わるという。


 アンティリア王国以外の国々では、ときに王族の魔力が弱まり、王朝の交代が起こったが、アンティリア王家だけはその力を失うことなく、連綿と血を繋いでいる。

 いくつかの国は、婚姻によって庇護、あるいは虹色の瞳を得ようと試みてきたが、嫁いだアンティリアの王女が他国で虹色の瞳の子を産むことはない。


 しかし、アンティリア王家の血を引く者と王女との婚姻では、ごくまれに王族の器を持つ子が生まれることがある。


 現在のジェイソス公家は、過去にアンティリア王女が降嫁したアンティリア王国の侯爵家の裔である。

 ジェイソスが公国となって以来、アンティリア王国との婚姻はない。


 十九歳のアルバン公子と、十五歳のアマーリア王女。

 『風の精霊』の加護の国の公子と、強い『風の精霊』の加護を映す虹の瞳の王女。


 ふたりの会話に耳をそば立てながら、ひそひそと人びとが囁きあう。


 アルバン公子が今年も来訪した理由は、もしや。

 本当にアマーリア様をジェイソスに?

 ジェイソス公家の血筋なら、王女を迎えればあるいは……。


 喧騒の中に、わずかな緊張感が広がっていく。それに気づいた風でもなく、アルバンはほんの一瞬、にやりと笑う瞳をアマーリアの背後へと向けた。


「では、本日はこれにて失礼いたします」

 アルバンの長い黒髪が遠ざかると、アマーリアは再び扇を広げた。



 今夜の主役であるはずの王女は、大事をとってはやめに退出した。


「ああ、もう疲れたわ」

 自室に戻ったアマーリアはソファに座ると、侍女が用意した果実水を、行儀悪く一気に飲み干した。


「お疲れ様でした」

 本来はもっと長く拘束されて、何人もと踊るはずだったのだ。それでも、はじめての夜会で大人の王女として振る舞うのは、緊張して疲れたことだろう。


「ねえ、ヴァルター。ちょっと外の空気を吸いに行きたいの」

「王女殿下がお出かけになる時間ではありませんよ」

宮殿(ここ)の屋上でいいわ。今日はずっと我慢していたのよ。少しくらいいいでしょう?」


 ヴァルターはため息で呼吸しているかのように、首を振りながら何度か息を吐き出した。

「ただでさえ、今夜は警備の者は気を張っております。負担を増やすようなまねはできません」

「転移すれば、警備の手をわずらわせることにはならないわ。フェルディナントの精霊石(いし)があるのでしょう?」


 アマーリアがほんの少し視線をそらした。ヴァルターがその精霊石をもっている理由を、知っていたからだ。

 しかし、ヴァルターはそれには気づかず、アマーリアの劣等感によるものだと思い、困り顔で力なく笑った。


「アマーリア様がなさるのでしたら、おともいたしますよ」

「意地悪ね。わたくしが転移の魔法を使えないと知っているのに」


 アンティリアの王族は自らの魔力を用いて、望む場所に自在に転移できる。

 ヴァルターは、『王家の精霊石』の魔力を使わなければ転移することはできない。しかも、あらかじめ魔法陣を敷いた場所にのみである。

 ヴァルターが使う転移の魔法は、魔法陣に書き込まれた術を発動させるだけであり、王族の使うそれとは原理が異なる。


 アマーリアは充分な魔力を備えていながら、転移の魔法が習得できていない。しかし、こればかりはヴァルターには教えられるものではない。


「使えますよ。その魔力をおもちなのですから」

 ぷいっと横を向いたアマーリアは、口をとがらせた。ヴァルターは眉を下げて、最後の説得を試みる。


「まだ夜会は終わっておりませんから、人目に触れるかもしれません」

「貴方なら、結界を張ったままでも転移できるわよね?」

「……少しだけですよ」


 普段よりは幾分はやく諦めたヴァルターの言葉にアマーリアは、ぱっと笑顔になって手を差し出した。

 ヴァルターは、その手をとってアマーリアを立たせると、控えていた侍女に目を向ける。心得た侍女はうなずき、苦笑を返した。


 紺碧の(とばり)の中に虹色の霧が浮かび上がり、ふたりは姿を消した。

 しかし、ヴァルターが先に結界を張り、周囲にはなにも見えなくなっていたので、幻想的な青の虹は侍女の目には映らなかった。


「本当に、無駄に綺麗すぎるのよ」

 抑揚のないアマーリアのつぶやきも、ヴァルターの耳にしか届かなかった。

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