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1.わがまま王女の事情

ヴァルターの年齢を修正しましたが、話にかかわるものではありません。

「もう一度言って?」


 お茶の時間に自室でくつろいでいたアマーリアは、目の前に立つ護衛騎士の顔を見上げた。

 深い青の瞳は、真っ直ぐにアマーリアに向けられている。


 耳に入った彼の言葉に、あまり注意を払っていなかったのはいつものことだ。しかし、今日はなにか聞き捨てならないものが確かに含まれていた。


「ですから、実家の爵位を継ぐことになりましたので、殿下の護衛の任を辞すと……」

「だめよ、許さないわ!」


 返答を最後まで言わせることなく、強い口調で厳命する。

 アマーリア・ジビュレ・ニーベルシュタインは、アンティリア王国国王アルトゥール・ラインハルトの長女にして第一子である。



 アンティリア王国が中央に座すその大陸には、精霊の加護の力が漂っており、全ての人がその力を受け止める器を持って生まれてくる。


 器にはそれぞれに精霊の加護が与えられ、加護によって魔力と瞳の色が定まっている。

『大地』『水』『森』『風』『火』『氷』の精霊の加護の力は、人びとの器に魔力として注がれる。

 その魔力によって魔法を使うことができるのだが、民の魔力はそれほど多くはない。


 しかし、王侯貴族は大きな器を持ち、その身のうちに多くの魔力を宿す。その魔力を空からの石と呼ばれる特殊な鉱石に込めると、それは魔力を留める精霊石となる。


 精霊石を用いると、小さな器しか持たない者でもより大きな魔力を使えるが、己の器以上の魔力を必要とする魔法を使うには、修練を要する。


 器に注がれる魔力は、それを扱う能力があればこそ魔法として操ることができる。


 精霊石を作る魔力を持っていることが、貴族の資格である。器が小さく、精霊石を作れない者は貴族の家に生まれても貴族籍に加えられない。

 精霊石を領民に配分して、彼らの生活を成り立たせることも貴族の義務であるからだ。


 そして、アンティリア王家の直系に生まれた者だけが持つ、特別な瞳がある。

 全ての精霊の加護を宿すその瞳は、虹色の蛋白石(オパール)のような輝きを放ち、その中に特に強い加護が必ずひとつ現れる。


 この年、十六歳になる王女アマーリアの器は『風の精霊』の加護が強い。それを表す彼女の瞳は、虹の遊色の中に、舞い散る黄金の煌めきが際立っている。


 明るい栗色の長い髪はゆるやかに波を描き、陽の光の下では金髪のようにも見え、朝のバルコニーに立つ姿は『暁の姫君』と呼ばれている。


 しかし、彼女にはその美しい呼び名とは真逆のふたつ名も存在する。


 ――アンティリアのわがまま王女――


 アマーリアにの二歳下には、弟のフェルディナント・アルブレヒト王子がいる。フェルディナントはすでに王太子に立てられているのだが、アマーリアのほうが女王に相応しい、とささやく者は少なくない。


 フェルディナントの器は『火の精霊』の加護が強く、濃い紅色を帯びた虹色の瞳を持つ。父王譲りの艶やかな金髪に、少し切れ長の目もとは、瞳の色に反して冷たい印象をあたえる。それでも美貌の王子の人気は高い。

 十四歳ながら才知に長け、王太子としての期待に応えるだけの能力を備えている。


 それでもアマーリアを女王に、との声があがるのには、もちろん理由がある。


 ――アマーリア殿下の器は、王太子殿下の器よりも大きいらしい――


 アマーリアの『精霊の加護』の器は()()()()()は、決して大きくはない。

 王族の器は他を圧倒する魔力を宿す。もともと民草はおろか、高位貴族の器ですら、王族の足もとにも及ばない。

 しかし、器の小さな者には己のものよりも大きなそれを、測ることはできない。王族の器の大小が見える人間など、存在しない。


 確かに、フェルディナントよりも、アマーリアのほうが少しばかり大きな器を持っている。

 それでも、その差はわずかなものであり、ふたりがともに王族である時点で、それは玉座を左右するほどの違いではない。


 王冠を戴く資格は、いかに魔力を御しえるかに尽きる。

 そして、アマーリアは、その器に注がれる大きな魔力を操る能力を持っていなかった。幼い頃には身に余る魔力を、しばしば暴走させた。


 王族の虹色の魔力が流れ出る様は、見る者が恐れを抱く前に、恍惚となって茫然とするほどに美しかった。


 魔力が暴走し、金の粉が流れる虹色の霧に包まれる王女は、真に神々しく見えた。


 美しい王女に心酔し「アマーリア殿下こそ次代の女王に相応しい」と喧伝したのは、アマーリアの魔力を直接目にした少数の貴族たちである。美貌の上に重なる高貴な魔力こそ、王者の証だというのである。


 対してフェルディナントは、常日ごろ完璧に魔力を制御している。それゆえに、アマーリアの器ほうが大きいのではないか。いや、そうに違いない、と信じる者が増えてしまったのである。


 しかしながら、アマーリアが引き起こす魔力の暴走は、国王にとっては大きな悩みの種であった。


 扱える魔力が少ない幼児の頃は、まだよかった。王宮に勤める者たちは下級の女官であっても貴族か、それに準ずる器を持っている。支給される王家の精霊石によって、アマーリアの魔力の暴走は抑えられていた。


 だが、十歳を過ぎる頃には王宮の使用人たちでは、手に負えないほどの魔力が流れ出るようになった。


 王女が、身のうちにある強大な魔力を制御できない。それは国の中枢である王宮が、つねに危険にさらされていることを意味する。


 アマーリアに修練を積ませ、己の魔力を操れるようにしなければならない。


 魔力は精神の鍛錬によって、精緻に操れるようになる。逆にそれが未熟な者は、少しの感情の起伏が呼び水となって荒れ狂う。

 その頃、魔力の暴走を引き起こさないために、アマーリアに仕える者たちは、彼女の機嫌をそこなわないように注力していた。

 結果、アマーリアは立派なわがまま王女に成長した。


 自分の能力が足りないことはわかっている。

 どれだけ信奉者がいようとも、実際にはフェルディナントのほうが優れている、と王族や重臣たちは知っている。


 アマーリア自身もわかっているからこそ、いらだちや不満を周囲にぶつけるようになっていた。

 魔力の専門家である精霊術士を招いても、聞く耳を持たない。

 さりとて、高位貴族に王家の瑕疵ともいえる事態を明らかにはできない。なにより、彼らの中にもアマーリアの信奉者も多く、軽々に近寄らせることはできない。


 王家に忠実な者であっても、日々執務に忙殺され国政に携わる重臣を、王女の傍に侍らせるわけにもいかない。むろん、国王や王妃が四六時中つき添うこともできない。


 そこで、騎士の叙任を受けたばかりのヴィッテンベルク公爵家の嫡男、ヴァルター・クリスティアンに白羽の矢が立った。


 表向きはアマーリアの専任護衛騎士。求められる真の任務はアマーリアの魔力の暴走を抑え、魔力の制御を指導することである。


 次期公爵が王女の護衛騎士になるなど、前代未聞であったが、ほかに適任者がいなかった。


 過去に王女が降嫁したこともあるヴィッテンベルク公爵家の当主は、代々器が大きく、それに見合う魔力も実力も備えている。

 ヴァルターもその例に漏れず、同世代の貴族には並ぶ者はない。


 ふたりの出会いはアマーリアが十歳、ヴァルターが十六歳の春であった。

アマーリア 16歳

フェルディナント 14歳

ヴァルター 22歳

でのお話ですが、しばらく過去話が続きます。

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