守護神に祈りを
こんにちは
ミディア寝子です
こちらの小説は短編にさせていただいてます
他にも小説をあげておりますので、どうぞ最後までご一読くださいませ
重たくも澄んだ鐘が鳴り響く。ここは公国メトラ。王はいるものの、支配権はほとんど国教メトロンの聖女に委ねられていた。魔法のあるこの世界では、魔法よりも秀でた治癒と守護を行える神聖力が、何よりも貴重だった。聖女は神聖力と白い髪を持って生まれる。そして、公国メトラは聖女が生まれる希少な国の一つだった。
新しい聖女が誕生すれば、それは現在の聖女の死期を表している。そうして絶えず聖女が国を守ることにより、公国メトラは小さいながらも他国に侵略されずに済んでいるのだった。
現在の聖女はリエルス・フェルアス。神聖力のうち、治癒力に優れている。そのため、守護力が少なくても十分に国を守護できるのだった。もっとも、聖女リエルスは神聖力の他にも多数の魔法を扱える、歴代最高とまで謳われる人物であった。
「守護神メタトロン様に祈りを」
静かな聖堂に澄んだ声が行き渡る。月に一度、聖女自ら行う祈りの儀式だ。物音ひとつ立てない信者たちに、聖女は内心呆れていた。というのも、リエルスはメタトロンに一切関心がないのだ。物心つく頃から崇められると同時に、聖女というものに縛られて生きてきたのだ。唯一、彼女を理解してくれていたのは先代聖女であるマセリアと、その息子であるレオディエンだけだった。
マセリアは同じ聖女としてリエルスの気持ちを汲み取って、まるで我が子のように大切にしてくれた。レオディエンもリエルスを妹の様に可愛がってくれたのだ。
聖女が子を持つということは、博愛を捨てるということ。決して悪いことではないが、公国ではそれが聖女の寿命を減らしていると言われている。なんせ、聖女が子を産むと必ず五年以内に新たな聖女が誕生しているのだから。そして、新たな聖女が聖女として任を果たせる年になると、代替わりが行われる。
「自殺行為だ」と嘆く人もいるほどに、今まで子を産んだことにより死んでしまう聖女が多かったのだ。
そのこともあったのだろう。レオディエンは唯一家族と言える関係にあるリエルスにとても甘かったのだ。同じ人を母と慕った幼い少女を、誰よりも大切にしていた。
今日も、つまらない祈りを終え、真白な聖服を揺らしながらリエルスは部屋に帰る。布団に倒れこもうとした直後、コンコンとノックの音が聞こえた。リエルスは「はーい」と言いながらも、布団に沈む。
数秒たち、扉が開くとクスクスと笑いながら部屋に入るレオディエンが見えた。
「こら、僕じゃなかったらどうするつもりだったんだい?」
そう言いながらも、怒っている様子は全くない。リエルスは少し体を起こし、レオディエンを見る。
「だって、お祈りが終わってすぐ来るなんて、レオンくらいじゃない」
リエルスは悪戯っ子のように笑うと、またゴロゴロと寝ころび始めた。そんなリエルスを見ながら、レオディエンは少し低めの声で話し始める。
「リエルス、貴族が動き始めた。きっと、また縁談だろう。今度はバーディウス家の嫡男だ。先に決めておこう」
「そう、またなのね」静かな声で、リエルスはつぶやいた。この頃多発する縁談。それに嫌気がさしたのだろう。今日の夜にでも本人に合うわ…そう言って、レオディエンに微笑みかけた。
「静かに…ゆっくりおいで」
レオディエンの手が差し出されている。ここはリエルスの部屋の窓。窓からこっそりと抜け出し、リエルスはバーディウスの嫡男に会いに向かった。場所は城下広場の噴水前。時間通りに来ていた嫡男、オスカルにリエルスは後ろから声をかけた。
「こんばんは、こんな夜更けにごめんなさいね」
「ああ…リエルス様。私なんぞの面会にご快諾ありがとうございます。今宵は月の女神でも現れたのかと思うほど…」
「いいの、社交辞令なんて。何の用かしら」
おだてているつもりなのだろうか。甘ったるい言葉に吐き気がしそうになり、リエルスは言葉を遮った。
「私は、恐れ多くもリエルス様をお慕い申し上げて…」
「そう、そうなの。けれど、貴方は信仰心をお持ちでないでしょう?礼拝にもいらっしゃらないのに」
リエルスは、バッサリと言い切った。と同時に、じっとオスカルの瞳を見つめ始めた。いつの間にやら焦点の合わなくなったオスカルの目。オスカルは、そのままリエルスに背を向けて家へと帰ってしまった。
一体何をしたのか…レオディエンでもわからないことだが、その次の月からオスカルは毎週礼拝をおこなうようになった。リエルスに言われたにしては以上の間での寄付金を伴って。
何か月たっただろう。オスカルからまた面会の願いでが来たのだ。リエルスは前と同じように噴水前へと向かう。
「リエルス様!これで私の想いは伝わりましたか?」
オスカルが胸を張ると、リエルスは少し微笑みこう言った。
「そうですね」
「では!…っ…」
そう言った瞬間に、オスカルはこと切れてしまった。リエルスの純白の聖服が真紅へと染まっていく。それでも、笑顔を絶やさず聖女は言葉を紡いだ。
「最後の審判の時間ですわ。オスカル様。貴方は寄付金を作るために領民に重労働を行わせましたね。守護神メタトロンの名の下に貴方に裁きを…。来世は良い人生となりますように」
レオディエンが後ろで剣の汚れを取り除く。その様をリエルスはうっとりと眺めていた。
「ねぇ、レオン。もし…私が人を操れたら、真っ先に貴方を婚約者にするのだけれど」
リエルスが零した言葉に、レオディエンは笑う。
「きっといつかはお前にもいい男が現れるよ。僕としては可愛い妹を大切にしてくれる誠実な男がいいんだけどね…。どうしてこうも、君を好きになる男は悪いことをして好かれようとするのかな」
「そうね、今までの人は皆、一度会った後悪さをして気を引くものね…。」
そう悲しげに笑う少女は、そっと心の中で泣いていた。
__本当に…好きな人に好かれないと意味なんてないわ…。レオンを操るなんて、私にはできないもの__
こうして、リエルスはまた元の生活へと戻る。守護神メタトロンに捧げる祈りは、いつまでも届かずに…。