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1-9 悪役令嬢、劇場へ殴り込む

異世界の住民は、【とらつく】がどんなものか知らない。

当然である。

しかし、そのせいで、交通事故が多発する危険性に気づく竜哉とリリー。


果たして解決策や、如何に?

 悪夢の暴走トラック問題、これを解決しないことには公道に出られない。

 再び、ウンウンと頭をひねる俺、リリー、フランチェスカ。


「とにかくクラクション代わりになるものをトラックに据えればいいんじゃないか?」

 大きな音が出るものを積めば。原始的なものでも何でもいい。

「たとえば、法螺貝とか銅鑼とか鐘とか、そういうのを」

 それなら調達できるでしょ、この世界でも。

「いや、それは戦争の合図と勘違いされかねないよ、竜哉」

「あ……」


 法螺貝とか銅鑼は、そういう問題もあるのか……

 俺たちの世界ならば、救急車とかパトカーのサイレンは(一般車両では)NGみたいな話か。


「確かに、そういう誤解されそうなものは論外か……じゃあ鐘は?」

 さすがに年中、除夜の鐘は突くまい。

「それもちょっと……郊外では昼の時報に使われる地域もあるそうだよ?」

「なるほど……」

 農作業に出ている村人のためか……


 それぞれ役割が定められているんだな……慣習的に。

 それを新参者が「(別の用途で)使わせろ!」とジャイアニズム発揮するのは、横暴だよな……

(……いや?)

 悪役令嬢宣言をしたリリー的には、「そんなの関係ねぇ!」と強引突破しちゃう?

 チラリ、

 リリーの方を窺ってみたら、

「…………」

 梅干し顔でウンウンとうなっていた。

(よかった……)

 どうやらリリーは、悪の傲慢を振りかざすつもりは無さそうだ。よかったよかった。


「ならば、何か新しく考えるのかい竜哉?」

「うむ……『トラックが来たぞ~!』と知らせる手段か……」

 漫然と道を歩いていた人も、思わず振り向いてしまうような――


「あっ……」

「竜哉? 妙案が浮かんだのかしら?」

「そうだ。アレ(・・)はどうだろうか?」

「どんな策かしら? 聴かせて戴ける、竜哉?」

 ワクワク顔で覗き込んできたリリーに対して、

「歌だよ、歌」

「歌!」

「『トラックが来た!』と、誰もが条件反射するような、テーマソングを鳴らしながら走ればいいんじゃないか?」

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 ……的な。

「意味不明だけど……妙に耳に残る旋律ね……ジャミラ……」

「いや、これはあくまで例だよ例。もっとトラックに相応しい曲にしよう!」



 ☆ ☆



 というワケで……

 再び、俺とリリーは街へと繰り出した。

 今回は帝都でも飛び切りの一等地に建つ、豪華な劇場である。

「ほえー……」

 王立アタガメイ歌劇場は、帝都民ならば誰でも知っている超有名な劇場(ハコ)だ。

 主にクラシックな戯曲、オペラ、バレエなどが催され、客層は王侯貴族から豪商の大旦那まで、帝都のハイクラスが足繁く通う社交サロンでもあった。

 つまり伝統と格式を備えた超一級のシアターである。


 ☆


「これはこれは! リリエンタールのお嬢様ではございませんか!」

 恰幅のいいカイゼル髭の紳士が、揉み手でリリーを歓待した。

「ご観劇をご希望でございますか? であれば特別のVIP席をご用意させて戴きま……」

 彼の一存で上席を用意できるというんだから、この劇場の支配人か、それに近い男だろう。

「いいえ、今日は別の用事で参りましたの」

「と、おっしゃいますと?」

「歌姫をお借りしたいのだわ」

「歌姫とは……当劇場の花形歌手、ダイアン・レインズフォードのご指名でございますか?」

「ええ」

「無論、リリエンタール様のご指名とあれば、断る理由もございませんが……なにぶん、ダイアンは公演の予定も立て込んでおりまして……リリエンタール様のご希望の沿えますように、適宜(てきぎ)調整させて戴きますが……」

 安くはないぞ? とでも言わんばかりの支配人。目が「$」になっているぞ。

 拝金主義者は同じだ、どの世界でも。強欲が服を着て歩いている。

「いいえ、日時はどうでもよろしくてよ。空いている時間に借り受けたいの」

「はて? リリエンタール家の晩餐会に招く話ではございませんので?」

「ちがうわ。お父様ではなく、わたくし個人の依頼よ」

「では、いかなる催しで?」

「ダイアンに【とらつく】の歌を唄って戴きたいの」

「は?」


 リリーの説明では埒が明かないので、俺から支配人に事のあらましを説明した。

 上手く伝わった自信はないが。


 ☆


「なるほど……」

 何一つ理解できない――支配人の顔には、そう書いてあった。

「リリエンタール様のお話は承知致しました」

 いや、全然承知しとらんだろう! ……とツッコみたくなるが、自重自重……

 下手に声を荒げたところでリリーのためにはならない。

「率直に申し上げまして、リリエンタール様のお申し出につきましては、お応え致しかねます」

 やっぱ、そうなるか……

「僭越ながら、当劇場が高い格式を誇れるのは、(ひとえ)に演者の賜物にございます。選りすぐりの若者に惜しみなく教育を与え、優れたアーティストとして育て上げる。それが劇場の宝にございます」

「…………」

「そのような稀有な演者に、得体の知れない仕事を……おっと失敬失敬。口が過ぎてしまったことをお許し下さい、リリエンタール様」



 ☆ ☆



「ムカつく!!!!」

 劇場の外で待機していたフランチェスカ、支配人の横柄な応対に激おこである。

「こうなったら、拉致よ拉致! 目に物見せてやりましょう!」

 などと物騒なことを言い出す始末。

「それはマズいよ、いくらなんでもさ……」

「悔しくないの竜哉? そんな失礼な扱いされて!」

「悔しいことは悔しいけど……」


 いきなりトラックのテーマソングを唄ってくれと言われたら、怪しいと思うでしょ?

 だってトラックが如何なるものか知らないんだから。この世界の人は、誰一人として。

 そんな雲を掴むような依頼で、もし歌姫の評判に傷でも付こうものなら……

 そういうのは止めるのが事務所だよ。タレントの価値を毀損しないよう務める、タレントを守ってこそ事務所の価値がある。

 この劇場には国中のアカデミーから天才が集められているのだから。


「だけど、舐められたままでいいの? 『悪役令嬢になる!』んだよね? やるならやらねば! 悪の令嬢らしく、いけ好かない支配人の鼻を明かしてやろうよ!」

 蜂起せよ! と煽る革命家のごとく、フランチェスカは吠えるが、


「いえ、ダメよ」

「どうして!? リアンベルテ・リリー・リリエンタールは悪役令嬢だよね?」

「悪役令嬢は――そんなことしない!」

「えっ?」

「粋じゃないのよ! そんなやり方は美しくないの!」


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