1-7 竜哉、風呂の魔力に負ける
トラックを飾る豪華な絵を発注しようとしたリリーお嬢様だったが……
リリエンタール家贔屓の画工には、「そんなものは描けない」と拒否られてしまう。
失意のお嬢と竜哉、気分転換に、異世界スーパー銭湯へ向かったものの……
竜哉氏、いいのか?
サウナの後で、黄金色の炭酸水に手を出していいのか?
淡口竜哉曰く――「温泉には魔力がありますよね。人の欲を解き放つ魔力が」
疲弊する日常を離れ、熱い湯船に身を預ければ……張り詰めた心も、栓が解かれる。
厚い虚勢のガウンを脱ぎ捨てて、裸の自分を曝け出す。
身体の解放区でもあり、心の解放区でもある。
温泉とはそういう場所なのだ。
だから温泉に歓楽街が付き物なのは、非常に合理性がある。
そう淡口さんは語るのです。
頭を抱えながら。
「またやっちまった……」
なぜ俺という男は「一杯なら大丈夫」などという根拠なき確信に全てを委ねてしまうのか?
これまで幾度となく失敗しているのに。
「……お客さん、どうしたの?」
サウナの乾きにビール、それが悪魔的なマッチングだから?
いやいや、そんなの単なる責任転嫁だと分かってる。
俺が救えないのは、ビールガブ飲みでベロベロになってしまったのに、それでも、丹前風呂を探し当ててしまうところだ。
女向けのサービスがあるのなら必ず男向けのサービスもあるはずだ、と計算が働くところだ。
何の看板も出ていない、ぁゃしぃ長暖簾を躊躇なく潜り、果ては自分好みの湯女を指名してる辺りが本当にダメだ。
「まだ頭痛い? お水持ってきてあげようか?」
「いや、もう酔いは醒めたよ……大丈夫」
サウナ&ビールに溺れた末に記憶が途切れ……気がつけば狭い個室で見知らぬ女子と二人。
短~く白いバスローブ姿の。まるで、ラブいホテルのアメニティみたいな。
ま、これは「臨戦態勢」だろうな。
酒で記憶が飛んでいても、簡単に(欠損部の)展開を補完できる。
グデグデに酔っ払っていた俺が、どんなことをしていたのか。
ああ俺は本当に好色一代男だ。もしこの世界に井原西鶴がいるのならば、破滅の愚者として後世に伝わっていくよ。
「お客さん、もしかして何か悩み事でもあるの? ならスミレが聞いたげよっか? 誰かに話すと楽になるかもしれないよ?」
しかし、なぜだ俺?
泥酔していたはずなのに、最高に好みの湯女を選んでる審美眼。我ながら恐ろしいわ……
清楚系の爆乳エルフさんを選ぶとか。
「ほらほら遠慮しなくていいから。スミレ、聞き上手ってみんなに言われるの♪」
このくらいの上玉なら、相手してやってるのよ的な塩対応でもおかしくはないのに、
お水の子らしい(良い意味での)馴れ馴れしさ、初対面なのに気後れせず、相手の懐へ飛び込める大胆さは大したもんだ、この子。
品があるし、気が利くし、話し方にも知性を感じる。
底辺ギャルのルーズさ、だらしなさは微塵も感じられない。
(後腐れなく仮初めの恋人ごっこを過ごすには、最高の子じゃないか?)
お仕事感丸出しの「イヤイヤやってます」の空気を完全にシャットダウンできているのが、プロの鑑だよ。
お客様を楽しませるには、ユーたちが楽しんでいるところを見せないとダメよ、と事務所の社長に諭されたのを思い出す。一流のサービスを提供する者なら、そう務めなくてはならない。
「じゃ、ちょっとだけ聞いてくれるかな?」
いつしか俺は、そのスミレ嬢に心を奪われていた。
☆ ☆
「えぇ~? そんなことあったんだ? ひどいね、げきおこだよ!」
指名時間の大部分を潰し、ままならない異世界生活を俺は彼女に吐露した。
「スミレだったら、そいつらボコボコだよ、ボコボコ。窓ガラス全部叩き割ってブッチだよ~」
ただ話を聞いてもらうことで、こんなにも心が軽くなれるなんて。
ああ、この心地よさに包まれていたい……
冷静に考えて、どうせトラックとか走らせるのは無理だし、誰も絵を描いてくれないし、このまま頑張っても報われそうもない……
だったら、ここで溺れてしまえばいいんじゃない……?
このスミレちゃんみたいな子と自堕落な毎日を送れるのなら……
「じゃ、そろそろ時間きちゃうし、する? するでしょ~お客さん?」
精神は充足されたが、まだ肉体はアイキャンゲッノーサティスファクション。
「ちゃんとスッキリさせてあげるから、スミレに~まかせてまかせて♪」
サービス精神満点の湯女スミレに手を引かれ、一緒に女湯でも男湯でもない第三の風呂場へ乗り込んだところ……
「「あーっ!!!!」
思わず叫んでしまった。
そして、俺と同じタイミングで、高い壁で仕切られた隣の隣の風呂場からも叫び声が聴こえた。
おそらく異世界エステが終わって、最後にひとっ風呂浴びて帰ろうとしたお嬢様の声が。
「「……これだ!」」