1-6 異世界Uber Eats、絵がないとヤル気が出ない、とか言い出す
異世界の工業技術水準からいって、ムチャクチャな仕様を突きつけたリリーお嬢様。
当然フランチェスカは七転八倒右往左往。
果たして、そんな調子で上手くいくの? トラックの制作とか?
「できた」
と言っても、仮組みだが。
いきなりリリーお嬢様の要求を満たす『とらつく』は作れないので、実験機一号である。
取り敢えず機関システムを載せるフレームをほぼ原寸大で鉄骨を組み、そこに(工房で放置気味だった)蒸気実験炉を据え、シリンダーからクランクに伝える動力機構を積んでみた。
車軸は二本備えているので、動かそうと思えば動かせるところまで組めた。
「トラックと言えば言えないこともないような気がしないでもない」くらいのテストモデルだ。
「すごいな……」
「金に糸目をつけない、とはこういうことなのだよ竜哉くん。フッフッフ」
さすが、守銭奴の言葉には重みがある。
「まぁ、実際はこの子のお陰だけどね~」
どうも……と会釈する赤髪の彼女。人見知り系かな?
「ルーシー・エインズワース……人呼んで、聖剣の刀鍛冶」
「聖剣!」
「女でも腕は確かよ」
「だろうな……」
でなけりゃ、この短期間で、ここまでのフレームを仕上げられないよ。
骨組みだけなら、すぐに正式採用してもいいくらいの出来栄えだ。
「いい仕事だルーシー」
「……………」
嘘偽りのない賛辞に対して、ルーシーも僕の手を握り返してくれた。
いつの時代も真摯な職人仕事は素晴らしい。それは現代だって異世界だって同じさ。
口下手でもシャイでも関係ない。いい仕事は敬意に値する。
「あーた、ダメね、これじゃ」
「リリーさぁぁぁぁぁん!?!?!?!?」
お前、なんてこと言うんだよ!
ルーシー涙目じゃないか!
せっかく、無理めのスケジュールの中で頑張ってくれたのに!
ひどい! 鬼! 悪魔! パワハラ悪徳令嬢!
「な、なにが気に入らないんだよ! リリーさん!?」
ルーシーに代わって抗議しようとする俺を、
やめろ! パトロン様は絶対正義! と強引に押し留めようとするフランチェスカ。
拝金主義者固めで僕の口を塞ぎにかかる!
(※拝金主義者固め=オクトパスホールド。よいこはまねしないでね)
ここは言ってやらんと可哀相だろうが! ルーシーに落ち度はないのに!
だが、フランチェスカはあくまで卑屈な愛想笑いを浮かべて、
「やっぱりアレですか? リアンベルテ・リリエンタール様、もっと貴族令嬢に相応しい可憐なキャブがお好みなんですよね?」
できることなら百kmを二時間で走り抜けるモンスターなどには挑みたくない錬金術師は、遥かに簡単な馬車制作へ話を誘導しようしたものの……
「なにを言っているの錬金術師先生?」
「は?」
「華よ! 悪の華が足りない、このとらつくには!」
予想外の剛速球を喰らっていた。
まぁ、理解らんではない。
フランチェスカと刀鍛冶ルーシーは、ぽか~んと呆けたが……俺は理解らんでもない。
リリーが思い浮かべる【トラック】とは、ある種の美学を伴ったものだ。
その美学に沿った自己顕示欲が具現化してるもの=リリーの考えるトラック、だ。
おそらく……リリーの口走った【スガワラ】という男から得た知識なのだろう。
そのスガワラという男、もしかしたら、俺とは時代の異なる時間軸から喚ばれた転生者かもしれない。俺の世界では【そういう美学】はもはや下火だったからだ。
ま、それはそれとして……
リリーが欲しているのは絵だ。トラックを飾るための絢爛たる装飾絵巻を欲しているのだ。
俺には分かる。
「この中で、絵が描ける人~?」
シーン…………
「……となればやはり、プロに発注するしかないか……」
☆ ☆
ナーロッパなので、貴族には各家御用達の画工が存在する。
リリエンタール家にも、常日頃から懇意にする絵画職人がいた。
「ここよ……」
幾つものアトリエが軒を連ねる職人街、
「イーサン画工工房……」
リリーに案内されたのは、古色蒼然としたレンガ造りの工房だった。
「これはこれはリアンベルテお嬢様! ようこそお越しくださいました!」
画工の頭らしい恰幅のいい男が極めて慇懃に俺たちを迎えた。
なんか胡散臭いプロモーターみたいなヤツだな……フランチェスカとは少し違う意味で拝金主義者の臭いがする。
「そろそろ縁談向けの肖像をお描きせねばならないと思っていたところです、我ら一同、腕によりをかけて制作させていただきますよ」
「いいえイーサン、描くのはわたくしではなくってよ」
「では、どのようなモチーフをご所望で?」
「こんな感じの」
とリリーは持参してきたポートフォリオを開いてみせた。
「…………」
絶句である。
そもそもリリーの絵がヘタクソで分かりにくいせいもあるが……
「あの……リアンベルテ様? できればご説明を頂ければ幸いです……」
「かみさまよ、かみさま。あーた、分からないの?」
こんな神様いたか? と顔を見合わせる画工イーサンと彼の弟子頭。
仕方ない。
だってそれ多分、風神雷神図屏風だ。下手すぎて伝わらないが、元絵を知っている人なら「あ、言われてみれば見えなくもない?」となるはずだ。
二柱の神の配置が、まさしく俵屋宗達のアレである。
風神の風袋が謎のパラシュートに見えちゃうのもご愛嬌。
「これはいったい、どのようなシチュエーションなのでしょう?」
厚い教典を持ち出し、イーサンは尋ねるが……
「知らないわ」
いやいやリリー、知らないんじゃなくて載ってないんだよ。
風神雷神、遡れば級長戸辺命とか、伊邪那美命とかに辿り着く、この世界の教典とは全く関係がない存在だよ!
「ええとそれは……遠くオリエントの彼方の民間伝承の神でして……」
全く要領を得ないリリーに代わって俺が補足すると……
「「…………!」」
またも絶句である。イーサンも弟子も真顔で固まっている。
「このモチーフを描いて頂きたいのよ。サイズは城の大広間に掲げられるくらいの……」
「リアンベルテ様」
申し訳なさそうにイーサンは切り出した。
「お戯れが過ぎますよ、お嬢様」
「戯れ……?」
「私どもに異教の神を描け、などと……お戯れ以外の何物でもありますまい」
「イーサン工房はリリエタール公様は元より、王家筋や他の三騎士族からもお引き立て戴く、由緒正しい工房にございます」
「そのような工房が仮にも『異教の神を描いた』などと風評を立てられてしまったあかつきには、商売上がったりでございます」
そんな冒涜的な絵は描けない――明白な拒絶の表明だった。
「リアンベルテ様が大版の絵をご入用でございましたら、こちらから適当な題材をご提案させて頂きますが……」
「定番の、最後の晩餐など如何でしょう? 我が工房、得意のモチーフでございますし、納期もご相談させていただきますよ?」
「あるいは受胎告知などは大版向きでよろしいかと!」
☆ ☆
「竜哉」
「なに?」
「やりますわよ。今夜」
「何をですか?」
「あの工房の窓ガラスを叩き割りますわ。そしてバイクを盗んでやりますわ」
帰りの馬車の中、リリーは決起表明した――――いや、するな。
「お嬢様のやることじゃないよ……いくら胸糞悪い思いをしたからってさ……」
「『舐めたシャバ僧』に対する報復は、そうやってなさるんでしょ? 竜哉の世界では?」
昭和の頃なら、そうだったかもね……
てかスガワラさん何を教えてるんだよ、いいとこのお嬢様に……
(でも、そうなんだよなぁ……)
正真正銘、リリーは「いいとこのお嬢様」だからこそ、そのコネは使えないんだ。
さっきの画工みたいな応対をされることになる。
リリーが求める【トラックの美学】は、あまりにアヴァンギャルドで理解しがたいものだよ、この世界の人にとっては。
かと言って、この世界に来て間もない俺では、コネクションなんてたかが知れている。
どうしたらいいものか……リリーの願いを叶えるためには……
「降りなさい竜哉」
「へ?」
ウンウンと善後策を考えていたら、急にリリーに命じられた。
「切り替えるの。あんなシャバ僧はガンガン切り捨てないと、真の悪役令嬢にはなれなくてよ!」
彼女に続いて馬車から降りてみれば……
「これは……竜宮城!?」
じゃない。
竜宮城的な雰囲気だが、アタガメイ・スパリゾートという看板が掲げられている。
中に入ると、ローマ風呂を模したような公衆浴場だった。
(なるほど、異世界スーパー銭湯的な場所か……)
ひとっ風呂浴びて、気分を切り替えようってことだな。
「悪くない気分転換じゃないか、リリー」
案内見取り図を参照すれば、エステ的なサービスも行ってくれるらしい。
「じゃあ竜哉、あーたもゆっくりなさって」
リリーは満喫する気マンマンで女湯エリアへ消えた。
当然ながら俺は男湯ゾーンである。
「よし……ここは一発、サウナでもキメるか!」
☆
「くはぁ!」
最高だな!
アチアチのサウナの後のビールは!
何事にも代えがたい、喉越しの快楽よ! もう、これのために生きている!