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1-5 異世界Uber Eats、悪い令嬢宣言する

都でも屈指の名家、その令嬢をパトロンに迎え、

錬金術師として私も安泰だ! と有頂天のフランチェスカ。


果たして、そう上手くいくのかい?

「これは――――何かの間違いでは?」

「もちろん本気よ、わたくし。錬金術師先生」


 ゆるゆるとベッドを抜け出し、工房へ向かってみると……フランチェスカが壊れていた。

「……! ……! ……!!!!」

 吐きたい言葉は湯水の如く湧いてくるが、理性が声帯を無理矢理押し止める。

 パトロンは神なので、研究者は厳に口を慎まなくてはならない。NGワードが山程あるのだ。

 結果、人間フラワーロックと化して、ヤバい動きを繰り返している。

「おいおい、どうしたんだ? フランチェスカ?」

 これ。これ。

 悶絶するフランチェスカは、手にした紙を僕に押し付ける。


とらつく(・・・・)仕様書……?」

「わたくし、錬金術師先生に仕立てて戴くキャブの、オーダーをまとめて参りましたの」


 得意げに胸を張るリリー、彼女が書き留めてきた「要件」とは――


・帝都アタガメイより港町アカッサまで一刻で到着すること

・荷台は馬二十頭を積めること


「ちなみに都から港町アカッサまでは、徒歩で四日、早馬で二日といったところよ……」

 と、ヨレヨレのフランチェスカが補足してくれた。

 人と馬から類推するに、距離は百km前後といったところか。

 その距離を一刻……この世界は不定時法なので、現代ならだいたい二時間ほど。

(二時間!)

 なるほど。

 錬金術師が卒倒する理由も理解る。

 これは無理難題もいいところだ。

 |異世界Uber Eatsリリーが乗っていた異世界スーパーカブ、平地では自転車の速度しか出なかった。あれがこの世界の「エンジン」の実力なのだ。技術の粋を集めて、あの程度なのだ。

 それをなんだ?

 速度的には軽く五倍以上、更には百kmを走り切る航続距離を保証しろと言っている。

 この嬢様は。


 そりゃ泡を吹いて倒れるよ、天才錬金術師も。

 だって本人は「社交界向けの一風変わった馬車を作ればいいんでしょ?」くらいの認識でいたんだから。それで楽に一儲けできると祝杯を上げていたんだから。

 それに比べたら、要求スペックが異常だ。天と地の差がある。

 いくら自力で蒸気機関を組み上げた天才錬金術師でも、ハードルが高すぎる。

 まさに安請け合いが仇になったな、フランチェスカ。

「確認させて戴きますが……桁が一つ、間違ってませんかリリエンタール嬢?」

 ストリートファイター2のコンティニュー画面ばりにヨレヨレのフランチェスカが問うも、

「いや、これでいいんだよ」

 リリーではなく僕が答えた。

 だって、トラックとは(・・・・・・)そういうもの(・・・・・・)だからだ。


「いいワケがない!」

 フランチェスカは錬金術師の立場で反論する。

「考えてみて! 遠方までの航続と大積載量を可能にするためには強力な機関(エンジン)を載せないといけない。だけど、機関を強力にすると重くなる。重くなると、それを動かすために更に強力が機関が必要になる!」

 まったくクレイジーなこと、と首を振るフランチェスカ。

「いたちごっこよ。とても実現可能なスペックとは思えない!」


「いいえ錬金術師先生。とらつくは、そうでなくては(・・・・・・・)いけないもの(・・・・・・)なのよ」

「じゃあ、せめて荷台は省きませんか、嬢様? どう考えても過大です!」

 多少でも現実的妥協点を求められないか、フランチェスカ、藁をも掴む勢いで提案するも、

「了承しかねますわ」

「ならば、このキャブ専用の軌条を敷きましょう。そうすれば、多少はマシに……」


「「それじゃトラックにならないよ」」


 打ち合わせしたワケでもないのにシンクロした――僕とリアンベルテ嬢の声が。

「「…………!!!!」」

 互いに顔を見合わせて、言葉を失う。

 そして一拍置いた後、

「「(グッ!)」」

 親指を立てて『同志』と、暗黙の意気投合を果たすのだった。


「フランチェスカ」

 そして、僕は彼女に告げる。

「出来るか出来ないかは問題じゃないんだ。トラックとはそういうものなんだ」

「竜哉ぁ~」

 お嬢の無茶振りを(たしな)めてくれる王子様――彼女は俺にそれを期待したが、残念ながら希望には沿えかねる。

 結果、孤立無援の錬金術師は敗北した。


 ☆


 卒倒したフランチェスカを寝かしつけると――

「異邦の人」

 リアンベルテ嬢に尋ねられた。

「あなた、スガワラと同じ世界から来た人なの?」

「確証は出来ないけど……おそらくそうだろうね」

「ほんとうに?」

「俺がいた世界では『スガワラ』は普通の名前だし、なにより僕らの世界にはトラックがある」

「うそ……そんなことってございますの? これはまさに神様の巡り合わせかしら!」

 目をキラキラさせて僕の手を取るリアンベリテ。

「もう離さないわ、異邦の人! あーた、わたくしと結社を組みなさい!」

「結社?」

「裏切ることも離れることも許さない、血盟の誓いを結ぶのよ!」

「そんなこと言われても……」

「盟約の名は何に致しましょう……リリエンタール家は冬の騎士の家柄だから……そうね、冬の騎士の王『冬騎王』、それでいいわね!」

 なんて押しの強いお嬢だ。俺の事情などお構いなしでグイグイ話を進めてくる。


(でも……)

 彼女が助けを求めてるのなら、力を貸すのもいいのかもしれない。

 なにしろ、この世界でトラックという【概念】を理解しているのは俺とリリーだけだ。

 どうせこんな命、生きる価値もない男なら、最期は彼女に尽くして終わるのもいい。


「分かったよ。俺に何が出来るのか分からないけど……貸せる力があるのなら使ってくれ」

「異邦の人……お名前をもう一度伺っても?」

「竜哉――淡口竜哉だ」

「わたくし、リアンベルテ・リリー・リリエンタール。わたくしたちは盟約で結ばれた者たち」

「決して裏切らず、断じて逃げない。キミにこの生命を捧ぐ」

 俺は彼女の前に(ひざまず)き、誓いの口づけを贈った。


 何の因果か、この異世界。

 可憐なお嬢様とトラックを作る羽目になるとは――人生分からないね。

 でも、いいさ。

 こんな行きあたりばったりで破天荒な生き方も、俺らしいだろ。


 そして、彼女は――

「これで役者は揃ったわ!」

 恍惚の笑みでリリー・リリエンタールは宣言した。

「わたくし(ワル)になる! 悪役令嬢になるのよ!」


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[良い点] >「わたくし悪ワルになる! 悪役令嬢になるのよ!」 これで役者がそろったって、どういうことなの~!?
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