3-16 悪役トラック令嬢に一番たいせつなもの
マチルダ辺境領の兵を振り切り、これでアタガメイへ帰国できる……と思ったのも束の間、
精鋭の近衛兵を伴ったナソパの王子が襲来!
哀れ異世界トラック、「荷物」の皇女さまごと、敵国の王子の手に落ちてしまったのだった……
「いや! ありがとう! 敬虔なる辺境伯領の臣民に栄光あれ! 感謝に堪えない!」
まるで市中引き回しだ。
俺たち異世界トラック弐号機を牽引する、ナソパの蒸気トラック、
悠々とマチルダ領の首府を【凱旋】していく。
極上の獲物を捉えたハンターよろしく、目抜き通りを埋め尽くす群衆に手を振りながら。
「アタガメイの民が誰も望まぬ婚姻を、このエンツォ・ピンタが打ち壊してやりましたぞ!」
それを見下ろす王城のバルコニーでは、マチルダ辺境伯とグレゴリー教皇がご満悦。
領主自らがナソパの王子を称え、お祭りムードを演出しているとか!
「いやいや待て待て。こいつら外国の軍隊だぞ? アタガメイの伯爵ともあろう人が……」
「冬になったら……見てなさいよ……」
悪い笑顔だリアンベルテ・リリー・リリエンタール。
俺が見た中でも、最高に悪役令嬢っぽい表情だよ。
「そりゃま、リリエンタール公が管領に就任すれば、マチルダ辺境伯に今回の件を追求できるかもしれないが……今は夏だ。公にポストが回ってくるのは半年後じゃないか」
それまでにエンツォ王子はアオイ・クレアトール皇女を后として迎え、婚姻を既成事実化してしまうんじゃない?
「承服しかねるのだわ! そんな話は!」
「リリー……」
「並々ならぬ覚悟でアオイは、わたくしたちに輿入れ行列を頼んできたのよ! それを横取りするなんて許されるものですか!」
激高したリリーは、運転席から、馬で並走するナソパ兵を猛然とディスる。
「あーた! あーたたちは人さらいの手伝いをしているのよ、恥を知りなさいッ!」
当然、訓練された近衛兵が、挑発に乗ることはない。
小娘の演説に感化されてしまう農民徴用兵とは、質が違うのだ。
(厄介だな……この兵ども)
今やこの異世界トラック弐号機は、前方を巨大な蒸気トラック、周囲を馬に乗った武装ナソパ兵に囲まれている。彼らは銃を所持し、不測の事態には発砲も辞さない。
こちらの武器は山賊撃退用の弓くらいだ。戦力差はバカバカしいほどに開いている。
だからこそエンツォ王子は俺たちのトラック弐号機に手を出すことなく、そのまま曳航しているのだろうな。こちらに乗るのはアタガメイ王国冬管領の令嬢に、イーゲイム王国第一皇女殿下だ。いくらなんでも手荒な真似はできないVIPだもの。
「人さらいとは失敬な」
悪役令嬢トークで毒を吐くリリーに、馬を駆るエンツォ王子が応えてきた。
「エンツォ! こんな非道はおよしなさい! それでも一国の王子なの?」
「ええ、ええ。一国の王子だからこそ、このように近衛兵を動員できるのですし、このように最新鋭の蒸気馬車を運用できるのですよ、リリエンタール嬢!」
「このシャバ僧が……!」
「シャバゾー、何語です? リリエンタール嬢、あなた昔から勉強熱心な方でしたが……やはり淑女に余計な知性など不要です。そんなもの、女性らしさには何も寄与しない。ダンスのレッスンでもしていた方が随分とマシでしょう」
「リリー!」
俺は身を挺し、暴発寸前のリリーを止める。
こんなところで他国の王子をブッ飛ばしてしまったら、それこそ外交問題だ。
スクールで同級生を殴る感覚では困るんだよ。かつて本当に同級生だった奴だとしても。
ここは公衆の面前、マチルダ辺境領の民が僕らを見ている。
挑発に乗った方が負けだぞ!
「スガワラさんの言葉を思い出せリリー!」
リトルモンスターを羽交い締めしながら、諭す。
「スガワラさんなら! こんな時、どうした?」
「スガワラなら……」
理不尽な境遇に追い込まれ、不本意な仕打ちを受けたのなら、スガワラは……
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」
「そうだリリー!」
忍耐こそがトラック野郎の美徳だよ。人生は重荷を背負いて、遠き道を行くがごとし。
短気は損気なんだよ。
「自分……不器用ですから!」
やはりリリーは、スガワラの魂を理解している。正しく咀嚼できている。
「おや? ま~た殴って来ないんですか?」
エンツォはアテが外れた表情を浮かべて、
「スクールでは、ことあるごとに僕を殴っていた人が」
わざとらしく頬をさすりながら、皮肉っぽく呟いた。
「……まぁ、いいでしょう。あれも今となってはいい思い出ですよ、リリエンタール嬢。アオイ皇女を后として迎えた暁には、是非、披露宴でこのエンツォ・ピンタに祝辞を戴ければ、これ幸い」
馬上から恭しい貴族式の挨拶をして、エンツォ王子は蒸気馬車へと戻っていった。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”! しかし酷いな、この振動は! なんとかならんのか!」
「申し訳ございません、このクッションをご利用下さい、エンツォ殿下!」
「むこうの馬車は、随分と乗り心地が良さそうだったではないか……
いや、既に鹵獲したも同然なのだ。ナソパに帰り次第、分解してやろう。さすれば、あの乗り心地の秘密も分かる。
アオイ皇女も最新型馬車も、このエンツォ・ピントが戴く!」
☆
「よく耐えたな」
浅野内匠頭を抑えた梶川与惣兵衛の心地だったわ、マジで。
羽交い締めで極めていた腕を解き、深~く息を吐く。
「耐えねばならない時があるのでしょう、悪役とらつく令嬢には」
「そうだ、リリー」
今、騒ぎを起こしたところで、なんにもならない。
俺たちにも、皇女さまにも、不利な条件が積み重なるだけだ。
「俺たちはトラッカーだ」
「そうね」
「俺たちにとって、最も重要なことはなんだ? リリー」
「荷を届けることね!」
「正解だ」
俺たちが預かった『荷』を、依頼された通りに届けること――――それがトラッカーの使命だ。
運送を妨害する「敵」をやっつけたり、小憎らしい悪役を殴ることじゃない。
笑顔を届けることが仕事なんだ、
届けたいのは笑顔です!
そのためなら、安い挑発なんて買っている場合じゃない。
必ず届ける。
俺とリリーは、荷台に隠れる彼女に誓って、その決意を新たにした。