3-15 悪役令嬢、美学に殉じるのだわ
見事、マチルダ辺境伯の私兵、チャリオット軍団を振り切った異世界トラック弐号機、
しかし、最後に立ちはだかるファランクス軍団に、
リリーと竜哉は、判断を迫られる。
キキーッ!
重装歩兵の密集隊形に突貫して、力ずくでファランクスを蹴散らしてしまう――こともなく、
俺たちの異世界トラックは停止した。
大惨事の激突を覚悟していた歩兵たちは、拍子抜け。
呆けた顔で俺たちのトラックを見上げていたが……
「あなたがた!」
そんな彼らに向かって、荷台に登ったリリーが叫ぶ。
「あなたがた、あの教皇に徴収された農民ね!」
明らかに統制が怪しい動きは、訓練を積んだ常備兵のものではない。それは俺でも分かる。
それでも、アーマーで防備を固め、揃えた長槍を突き出せば、侮れない戦力となる。
それは、市民皆兵のローマでは極めて現実的な解であり、
日本に於いても、農民兵の足軽を手っ取り早く戦力化するためには、長槍による集団戦法が用いられた実績がある。
「わたくし、あなたがたに尋ねたい!」
は? って顔してるグラディエーターマスク越しの農民兵たちへ、
「アレを作って、ここは天国になりましたの?」
リリーは訴える、
この村からでも見える――――巨大開祖像を指しながら。
マチルダ辺境領に幾つも建てられた「ありがたい開祖の像」は、高い年貢を支払えなくなった零細農民の労役で作られたものだ。
本業の農作業に影響が出るほど過酷な労役でも、それに従事することで徳を積める、罪は赦されヴァルハラが近づく――教皇グレゴリー・タスツーシンは民に篤く説いたが、
「教皇の説法通りに、このマチルダ領は人々が富み、心安らかな地に成りましたの?」
兵たち、勇ましく構えていた槍を持つ手が、力を失っていく。
「グレゴリー教皇の即位以来、この領からは自由も活力も失われ、年貢だけが高騰なさってる!
己を省みなさい、あなたがた!
わたくし、隣国イーゲイムの村々をこの目で見て参りました!
そこで働く者どもは、それは安らかに、己を尊重されながら作業に従事しておりましたわ!」
「…………」
「ここに愛はありますの?
あなたがたを慮る領主は、おりますの?
教会の顔色ばかり伺う領主は、あなたがたを幸せに致しますの?」
カラン、カランカラン……
力なく槍が手からこぼれていく。
リリーの熱弁は、農民兵の戦意を挫くに十分だった。
農民兵の忠誠度の根源は「生活防衛」だ。
たとえ戦で自分が犠牲になっても、残された家族や故郷に平穏がもたらされるのなら、命を懸けるに足る。
逆に言えば、それに疑いを持ってしまうと、「命を懸ける」ことに価値を持てなくなる。
そしてファランクスは瓦解した。
「これでいいんだ、これが正解だリリー」
人命を秤にかけた合理性など、トラック野郎の美学にそぐわない。
愚直なやり方でも、腹を割って話をする方がいい。
スガワラさんだって、そうしたさ。これを選んださ。
望まぬ徴兵で苛烈な任務を命じられた農民兵を傷つけてまで、進む価値などないんだ、俺たちのトラックには!
「竜哉!」
「リリー!」
「わたくしたち、走死走愛よ!」
パーン!
思い切りハイタッチしてセレブレーション。お互いを称え合う。
これが悪役トラック令嬢の心意気よ!
だが――――結果として――――その足止めは致命的だった。
「そこまでだ、リアンベルテ・リリー・リリエンタール!」
プシュー!
聞き慣れた蒸気の排気音。
俺たち異世界トラックも試作初号機で採用した、(軌道を走らない)陸蒸気スタイルの……なんと言ったらいいんだ?
戦車? 兵員輸送車? 発展途上国に於けるTOYOTAのピックアップ的な?
「リリー、あれは?」
颯爽と降りてきた若い王族を尋ねれば、
「ナソパ新自由主義国、第一王子――エンツォ・ピンタ」
「つまりあれは、ナソパ製の蒸気ビークルってこと!?」
さすが産業革命が現在進行系のナソパだ。
俺たちの試作初号機で最も難しい、蒸気機関のコピーもお手の物だったようだ。
この異世界にトラックという【概念】は存在しなかった。
しかし、ダンキチ号という実車サンプルが出現したことで、【大型の馬車を凌駕する巨大なフレームを、何らかのエンジンで駆動する】ビークルは、俄然、現実味を帯びたのだ。
コロンブスの卵が産み落とされたのだ、この世界に。
産んだのはリリーであり、スガワラであり、俺だ。
パイオニアが「これでいいのだ」と例を示せば、あとは技術の高い方からコピーが始まる。
(しかしまさか……弐号機に立ちはだかるのが、初号機のコピーとは思わなかった……)
それもナソパの王子だって?
まさか本気で花嫁を強奪に来たのか?
ここはマチルダ辺境伯領だぞ? 辺境領とはいえアタガメイの一部だぞ?
「もちろん、当地のご領主からは通行の許可は得ているよ。正式に、ね」
憎々しげに勝ち誇るエンツォ王子。
「ウッソだろ……」
「グレゴリー教皇なら、やりかねないわ……あの男は、国教会至上主義だもの。異教の姫との婚姻が破棄されるのなら、何でもやる人間よ」
「だからって外国の軍隊を自国に手引きするとか、どうかしてるよ……」
「竜哉……あなた、メンソレータムに手引きされた外国人だったでしょ……」
言われてみればウン、まぁ……
そっから強引に皇女を運んできたワケだしね。
「観念なさい、リリエンタール嬢。我が国の工業力の勝利です」
確かに、こんなに早く初号機のコピーを作られるとは思っていなかった。
それは俺たちの負けだ。
エンツォ王子が縁談の横取りを狙っていたことも知っていたのに、
まさかこんな直接的な実力行使で来るなんて。
「完敗か……俺たち」
王子の兵隊は、当然常備兵。訓練を受けた正規の兵隊である。
そんなプロの軍人が小隊規模でやってきたら、俺たちには太刀打ちできない。
こちとら兵隊じゃない、ただの運送業者なんだから。
彼らに四方を囲まれ、銃口を向けられたら――――抵抗など無意味だ。
哀れ、俺たち異世界トラック弐号機……あえなくナソパの蒸気軍団に白旗を揚げた。
ファランクスもギリシャ時代から存在するが、まぁ、その辺は許してくれ。
娯楽作品と思って。