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3-14 竜哉、ロボットアニメの矛盾と向き合う

イーゲイムの皇女アオイ・クレアトール直々の依頼で、彼女をアタガメイ王宮まで移送することになったリリーと竜哉、

いよいよ異世界トラックは、妨害の予想されるマチルダ辺境領へと足を踏み入れたが………‥

 すいませんスガワラさん。

 あなたを疑った俺が間違っていました。


 だって……

 だって、俺たちの目の前には、あなたが言った通りの光景が広がっていたんですから。


「マッポ! マッポね! これがマッポに追われるということね!」

 目をキラキラさせて陶酔するリリー、

「それ絶対違う! 絶対にだ!」


 日本の警察なら、交通法規がアレなトラックが疾走っていたところで、力ずくの運行阻止戦術なんて採ってこない。滅多に。戦後、暴力的な左翼活動家が跋扈していた頃なら、いざ知らず。

 でもここは日本じゃない!

 異世界の、それもかなり頭のおかしい宗教指導者に専横された地だ。

 そうでもなけりゃ、こんな異常な景色は有り得ないよ!

 ――――見渡す限りのギリシャ戦車(チャリオット)が待ち伏せしているとか!

 西部警察の大門軍団? いや、むしろコレ、ラムセス二世に襲われたヒッタイト王だろ!


「逃げろ、リリー!」

「よくってよ!」

 チャリオット軍団の非常線に背を向け、別ルートへ舵を切る!


「皇女殿下! ちょっと揺れるけど、我慢して!」

「はーい」

 荷台の皇女、アオイ・クレアトールは豪奢な着物に埋もれているので、大丈夫だろう。多分。

 それよりもだ!

「ナビの出番だ!」

 お前が必要、淡口竜哉! カーチェイスで振り切れる道を探せ!


 この異世界トラック弐号機、最大の弱点は大きさだ。

 およそ長さ五メートル×幅一メートル半×高さ二メートルの図体だもの。ワインディングでは、チャリオットには絶対に敵わない。ホイールベースの差が機動力の差だ。狭い道・曲がりくねった道では、どう考えても向こうが上だよ。

 ならば!

 自分が得意とするステージへ引きずりこめ!

 俺たちが戦うべきは、秋名の峠ではなく、首都高だ。湾岸のミッドナイトだよ!

「リリー! 川沿いに出よう!」


 マチルダ辺境伯領は細長い、鋭角の二等辺三角形状に近い。

 イーゲイムとの国境となる大河エーマットに沿いに位置する領域だから。

 その二等辺三角形の、最も長い辺――それに沿う道こそ、弐号機のステージだ。

 疾走りだしたら止まらないぜ! 


「血迷ったか! 異形の馬車使い!」

 うお!

 一際大きい黒王号みたいな馬! …………いや、馬じゃない。あれ、象じゃないか!

 ハンニバルの戦象を彷彿とさせる、戦飾りの象に乗るグレゴリー教皇、

「あの馬車には邪教の姫が乗っておる! そのような者に穢れなきアタガメイの地を踏ませてはならぬ! 引きずり出して(はりつけ)にせよ!」

 とチャリオッツの兵隊たちに厳命する!


「アタガメイには信教の自由があるんじゃなかったのかよ?」

 異教徒狩りなど前時代的すぎる!

「邪教の姫が王子と婚姻など! 四管領が許しても、この教皇が許さぬ! 罰当たりめ!」

「これだから封建制は!」

 ちゃんと中央集権化シロ!


「アタガメイは、中央集権が弱いから安定していた側面もあるのだわ」

 王権が形骸化し、四管領家による季節持ち回りの権力分配が、突出した独裁を防いできた。それがアタガメイ独特の風土らしい。


 などと、のんびり異世界の社会学に言及している暇などなかった。

「ヒイッ!」

 窓から矢が飛び込んできた!

 気がつけば俺たちは追いつかれ、左右からチャリオットの挟撃を受けていた!

「あっぶね!」

 サイドミラーで後方を覗えば……俺たちを追ってきたチャリオット軍団、トラックを利用して風除けしているようだ。

 この車の真後ろで体力を温存し、攻撃の際には猛ダッシュしてこの運転席を狙ってくる戦法だ。

「考えたな!」


 機械と違って、動物のスタミナには限界がある。

 体力競争なら機械には敵わないが、動物には「休めば回復する」という特性もあるのだ。

 トラックの巡航速度なら、風除けは相当に楽になる。

 ツール・ド・フランスの独走逃げが(大概の場合)集団走行には敵わないのは、風圧が原因だ。自転車の速度でも、大いに違うんだ。馬の速さでは更に違う。

 それに、このトラックの巨大な容積は、風除けに最適じゃないか。


「竜哉、冷静に分析してる場合ですの?」

「だな!」

 並走するチャリオットから流鏑馬状態で頭を狙われるとか! 危険すぎるにも程がある!

 とはいえ、こんな真正面から弓の撃ち合いとか、正気の沙汰じゃない!


「アオイ皇女!」

「はい!」

「申し訳ないが……揺れますよ!」

「お構いなく!」

「リリー!」

「ブレーキだ! 思い切り踏め!」

「しゃー! 雷怒音隊夢!!!!」


 ガツン!

 シートベルトが、ヤバいくらい身体に食い込む!

 ブレーキパッドから煙が上がるほどのフルブレーキング!

「ギャーッ!」

 すると後方から、断末魔の声が上がる!

 トラックを風除けとしてコバンザメしていたチャリオットが、根こそぎスイープされたからだ。

 先頭の数台が転倒すると、後続も続々と巻き込まれて、兵士たちの悲鳴が連なっていく!

 まさにツール・ド・フランスの大落車事故の再現だ!


 気をつけろ、車は急に止まれない――――しかし、生物はそれ以上に止まれないのだ。


 特にチャリオットは御者が手綱で馬を操作しているのだ、咄嗟の急停止など困難を極める。

 車輪と制動装置は、人が思うよりずっと革新的なシステムだからな。

 これを使えば、弓矢での各個撃破より、ずっと現実的な撃退システムとなる!

「見たか、教皇!」

 これで虎の子のチャリオット軍団は壊滅に等しい!

 あの象では、このトラックに追いつけるはずもない。


「よし! 勝ったな!」

 進路を再び、アタガメイの帝都へ採る俺たち、

 このまま巡航を続ければ安全圏まで時間の問題だ――――と思ったのだが……


 ☆ ☆


「竜哉……あれ何かしら?」

 アタガメイ - マチルダ辺境伯領の国境に近い小さな町……そうだ、前回、マチルダ辺境伯との交渉の帰り、あの農夫を下ろした村じゃないか?

 その村の前で、鈍く光る盾が並んでる……数にして、ざっと三桁を越えるほど。

「は? ファランクス?」

 ギリシャ戦車(チャリオット)の次はファランクス(ローマ重装歩兵)かよ!

 古式ゆかしいにも程がある! どういう趣味だよ、グレゴリー教皇!


 だが……

(これは効果がある。悔しいが)

 もちろん、このまま突っ込めば大ダメージを受けるのは向こうだ。

 衝突事故は質量が物を言う。軽いものが重いものにペシャンコにされる。それが当然の結末だ。

 しかし、このトラックを運転しているのはリリーである。

 人が人を轢く躊躇は、そう簡単には拭えない。

 さっきは、全く視界の取れないトラック後方だったが、今回はモロだ。


 これは……ロボットアニメの矛盾だ。

 ロボットが敵のロボットを倒せば、当然敵パイロットは死ぬ。

 だが、その絶命シーンは(相当のネームドキャラでなければ)視聴者の目に触れることはない。

 結果、戦果だけが持ち上げられ、視聴者はヒロイズムに酔える。

 むごたらしく内蔵が散ったり、皮膚が焼けただれるような描写を挟んだり、首チョンパしたりしたら、それどころじゃないんだ。罪悪感が先立ってしまう。

 言ってみれば、ロボットアニメのヒロイズムとは餃子みたいなものだ。

 肉片を直接見ることなく、肉の旨味を味わえる。


「クソっ! どうしたら……」

 この村を抜ければ、アタガメイとの国境は近い。そしてこの図体で安全に通れる迂回路は(近くには)無い。

 目をつぶって、思い切り旧式の密集鎧軍団を弾き飛ばせば、容易に逃亡が可能だ。

 しかし……

(それが正しいのか?)

 俺はリリーに「アクセルを踏め」と命じるべきなのか?

 ここで立ち往生したら、拘束されるのは俺たちだけじゃない(・・・・・・)

 大切な『荷』である皇女殿下も、あの教皇(凶皇)に捉えられて、異端審問にかけられる。

 ――――それは本当に本当にマズい。

 その切迫度はリリーも分かっているはずだ。

 マチルダ辺境領は、腐ってもアタガメイ王国の一部。

 ロシアの皇太子を襲った大津事件で済めばいいが、大公フェルディナンドを射殺したサラエボ事件みたいなことになってしまえば、もう取り返しがつかない。

 アクセルを踏み込めばば――

 何人かの兵の犠牲と引き換えに、そんな悪夢は払拭される。

(それで……いいのか?)

 俺はリリーに、少しだけ手を汚せ、と囁くべきなのか?

 どう考えても、それが最も合理的な犠牲だと諭すのが正解か?

 【悪役】令嬢であれば、むしろ武勇伝のレパートリーが増えるじゃないか?

(そう……だろうか……)


 ――――その時、


 俺とリリーの目が合った。

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