3-13 皇女の決意は、猫免許
隣国イーゲイムの皇女、アオイ・クレアトールから、直に依頼を受けたリリーと竜哉。
異世界トラック試作弐号機の出番だ!
……試走もしてないのに?
そんな準備で大丈夫か?
「状況を整理しよう」
ドライバー:リアンベルテ・リリー・リリエンタール、
ナビゲーター:淡口竜哉、
俺たちが駆るトラック試作弐号機は、異世界初の内燃機関動力による「馬車」だ。この世界の法に照らし合わせれば、おそらくそういう乗り物だ。車検も自動車税も存在しないが、税金をかけられるのなら馬車に相当する扱いだろう。
しかし、馬換算で税金をかけられるとしたら、何頭分払わんといかんのだ?
腐っても小型トラック級の車体を駆るのだから、数十頭分か?
しかもこいつ、飼料代もかかるしな……スライム生物に毎日毎日。
・蛍光ポリン(電飾)
・アイシクルポリン(吸血鬼の棺の冷却)
・ハイドロポリン(ショックアブソーバ代替)
最初のは完全にリリーの趣味(スガワラの趣味)だし、もう二番目とか悪魔的すぎて説明もしたくない(事故の際、被害者を吸血鬼化=不死化させて搬送する)けど……
三番目は本当に重要。
極上の乗り心地を達成するためには、不可欠の要素だからね。
こいつ抜きで、長距離ドライブとか絶対にしたくない。
それくらいの重要パーツなので、餌やりは欠かせないのよ。
そんな異世界トラック試作弐号機、
今回もまた、試走なしのぶっつけ本番。
失敗したら外交問題になりかねないような『極めて重要な荷物』を運ぶミッションとか、正気の沙汰ではない気もするが……リリーがやると言えばやるしかない。俺は、それを支えるだけだ。
いや……
さすがにちょっとヤバい気がしないでもないが……今回は。
だって荷物は「人」なんだよ? それもVIP中のVIPであるお姫様だ。
『荷物』アオイ・クレアトール――――イーゲイム王国第一皇女である。
何か遭ったら「ごめんなさい」じゃ済まないぞ?
「それでも……成し遂げなくちゃいけないわ」
「皇女さまの願いだから?」
「いいえ」
「違うの?」
「かつて懇意にして頂いた、学友の望みだからよ」
リリー……理解ってきたじゃん。
それだよ。そのさりげない人情味が、トラック令嬢の情けだよ。スガワラも納得だよ!
その答えには満点をあげたい。
しかしだ……
「現実は、そう簡単じゃないぜ、リリー……」
アタガメイ王国とイーゲイム王国の間には、アレがある。
トラックを毛嫌いし、不浄のものとして排斥した、あの教皇が支配する辺境領が。
「ええ、マチルダ辺境領」
地図を見返せばマチルダ領、鋭角の二等辺三角形っぽいフォルムで、国境の川沿いに続いてる。
どうしたって、この辺境領を通らないと、アタガメイの都までは抜けられない。
「あの頭の固い教皇の、目の前を通って行こうっての?」
「もちろん」
いやぁリリー……それはさすがに蛮勇が過ぎるのでは?
狂信的な宗教指導者とか、何をしてくるか分からないよ?
「いいえ竜哉。それでも行くのよ」
「ほんとに?」
「ええ、これは輿入れ行列なの。であれば、裏道なんて通っちゃいけないの。堂々と陽のあたる道を歩んでいかないと。嫁入りする側の正統性をアピールしないと!」
そ、そういうもんですか? 政略結婚って?
「何のためにアオイは、とらつくに依頼してきたと思っているの、竜哉?」
「それは……」
「後ろめたい方法でお国入りしたくないからよ。堂々と胸を張って、突破してみせたいのよ。立派なお嫁さまとして!」
い、勇ましいー!
なんて勇ましいんだ、異世界の姫さまたち!
いや、平和ボケした俺たちが知らないだけで、王族とは元々、そんな覚悟がキマってる人たちだったのかもしれないが。
「いわば、アオイは【なめ猫】なのよ! 竜哉!」
「は????」
「【全日本暴猫連合 なめんなよ】なのよ! 【なめられたら無効】なのよ!」
い……いやぁ……いったい何を教えてるんだ貴族の令嬢に、スガワラさん……
そんなの若人は知らないよ。何年前だよ?
まぁ、意味は何となく合ってるかもしれないけど、ミームとして古色蒼然だわ!
「それにスガワラなら、逃げたりしない」
「リリー……」
「スガワラも言ってたもの。『自分、何百台のマッポに囲まれても正面突破でした』って」
いやいやスガワラさん! さすがにそれは盛りすぎでしょ!
たかが暴走トラック一台に、警察車両何百台は有り得ないよ!
純真な貴族の娘さん、信じちゃってるじゃない、あなたの盛りすぎ武勇伝を!
「大丈夫、竜哉……このとらつくなら、何とかなる」
「リリー」
「わたくしとわたくしを支えてくれる人たちの結晶だから、このとらつくは!」
それは確かに。
トラックなんて影も形もないこの世界で――ここまでのものを造り上げたのは、情熱の賜だ。
マッドサイエンティストと刀鍛冶とペンキ絵師が、五里霧中からの試行錯誤で造り上げた、奇跡の逸品と言っていい。
その端緒は、リリーがスガワラを信じたからである。
スガワラの伝授したトラック野郎の生き方に、共鳴して心酔したからこそ、俺とリリーはこの道を疾走っている。いろんな人の想いを載せて、荷を運べている。
ならば――殉じるべきか、その『美学』に。その『生きざま』に。
「分かったよリリー、それで行こう」
喧嘩上等! 御意見無用! なめられたら無効!
我ら【冬騎王】、マチルダ辺境伯領をまかり通る!
首を洗って待ってろ、教皇グレゴリー・タスツーシン! 逃げも隠れもしないぜ、俺たちは!
☆ ☆ ☆
イーゲイムとアタガメイを隔てる、大河エーマット。
深い峡谷に架けられた頑丈な石橋を渡り切ると――そこはマチルダ辺境伯領。
さぁ、鬼が出るか蛇が出るか?
「なんだこの馬車は!?」
「馬が牽いていないのに動いているぞ!?」
国境の関を仕切る役人たちも、初めて見るトラックに目を白黒させている。
「この鎧の下に、馬を隠しているのか?」
ロングノーズのボンネットを叩いたり開けようとしたりする役人に向かって、
「気安く触らないで頂けるかしら、あなたたち?」
ホーン代わりの蓄音機から歌姫ダイアンのレコードを流せば、群がる役人たちも後ずさる。
「控え控えぃ!」
助手席から降りた俺は、ボンネットの突端を指さした。
そう、古いダイムラー車ではお馴染みのスリーポインテッド・スターの位置だ。
「この紋所が目に入らぬか!」
言ってみたかった!
日本人が人生で一度は言ってみたい台詞、トップテンに必ず入るアレだ。
「はっ! ははーっ!」
悪代官のように土下座……まではいかないが、まことやんごとなき家紋を前に、役人たちは完全に気圧されてた――そう、それはリリエンタール家の紋章だったからだ。
「通らせてもらうわ。よろしくて?」
いくら辺境伯領とはいえ、アタガメイ王国の一部、
天下の四管領家に逆らえる者など、いるはずがない。
ごめん――いた。
前言撤回。
少なくとも、一人いるのだ、このマチルダ辺境領には。