3-12 クランク棒でルンルン、ドルルンルン
「望まれない政略結婚でも構わない。わたくしはお嫁に行くの」
瀬戸際の花嫁、アオイ・クレアトールの願いを叶えるため、
リリーと竜哉は彼女の依頼を請けるのだった。
「ママは来たわよ~、今日も来た~」
この岸壁に足を運ぶのだ、俺とリリーは。連日の日課として。スガワラ譲りの妙な歌を口ずさみながら。
港に並ぶ倉庫群、人影疎らな隅の倉庫へ運び込まれた、船便のコンテナ。
通関用の添付書類には「農具転用向け、鉄くず」と記入されているが……
「わぉ……」
開けてみれば一目瞭然。見る人が見ればスグに分かる。
これは分解された車のフレームだ。
何度かに分けて送られたパーツを組み上げることで、弐号機が出来上がる。そういうカラクリ。
「ねぇ竜哉……」
「なんだいリリー?」
「これって密輸よね? 密輸!」
最高にクールな悪戯を思いついた顔で、サムズアップしてる、この貴族さま。
「最高にワルいでしょう? 極悪よ! 極悪役令嬢よ! わたくし!」
そりゃ悪いか悪くないかで言えば、猛烈に悪いけど……
「スガワラも度肝を抜かすワルの所業よね! 武勇伝よね!」
いや、リリー……ワルの方向性がガチというか、なんかちょっとおかしいよ、キミ。
密輸はしないだろ、トラック野郎は……ねぇ、スガワラさん?
密輸でウハウハとか、それもう外国のギャングだよ。マフィアだよ。
ちょいと小粋なアウトローの範疇を確実に超えている。
とても貴族の御令嬢が踏み入れていい領域ではない(真顔
「竜哉~」
そして、最後に船便でやってきたのは、錬金術師フランチェスカ・フランケンシュタイン。
それと刀鍛冶ルーシー・エインズワースに絵師タンユー・カノープスの姿も見える。
「よく通関できたな……これ?」
三人が手荷物として運んできたのは……地蔵サイズの改良型ルノアールエンジン。
台車に載せないと、とても運べないようなゴツい手荷物だが、
「アタガメイで流行っている新型ストーブ、って申告したらOKだったわ」
確かに、放熱フィンだけ見れば、暖房器具に見えないこともな……見えないな(断言
「とりあえず、これだけはロストバゲージするワケにはいかないからな。心臓部だもの」
「というかフランチェスカ、かなり機構が変わってないか?」
シリンダーブロックの形状からして、随分と違うような……
「前のタイプは熱効率が悪すぎたからね。今度のは違う! かなりゴキゲンなパワーが出るはずだからさ、お嬢!」
「フランにおまかせ~フランにおまかせ~フランにおまかせよ~」
全面的な信用を表す、ふしぎなおどりで応えるリリー。
「よし!」
これで全部整った! 役者は揃ったぜ!
「この改良型弐号機で、一泡吹かせてやろう! やってるでー!」
「「「「おー!」」」」
☆ ☆ ☆
「できた……」
数日かけた突貫作業で、異世界トラック試作弐号機が組み上がった。
「素晴らしいわ、錬金術師先生!」
メンソレータムが提供してくれた場末の倉庫で、光り輝く、その勇姿。
ルノアールエンジンを載せた検証車は、ほぼほぼ軽トラサイズのミニカーだったが……
今度の車体は全長四メートル長、幅一メートル半、高さ二メートル弱――まずまず、トラックを名乗ってもいい存在感だ。
未だにフロントノーズが長い、アメリカ~ンなフォルムだが、エンジンの整備性などを考慮すれば致し方ない。この世界では、未だ内燃機関は、試行錯誤の途上にあるのだ。
特に今回は、新設計の2ストローク機構が採用され、クラーク式ともデイ式とも言えない、ハイブリッドなシリンダーになっている。
俺はフランチェスカに対して「そういうのもあるよ?」的な漠然としたアイディアしか語っていないのに、ここまで仕上げてくるのは、錬金術師として基礎研究の下地があったお陰だろう。
それにしてもスゴいけどな……何も先例がないところから、ここまで組み上げるとは。
「ま~だ、安心するのは早いよ、竜哉」
そのフランチェスカ先生からクランク形状の鉄棒を渡される=「男の仕事」を促される。
「やっぱ俺かよ!」
体力には自信あるけど……これは結構な重労働なんだぜ?
「アワグチの! ちょっといいとこ見てみたい!」
なんだそのバブル期のコンパみたいな掛け声は?
「ハイッ! 竜哉! 竜哉! 竜哉! 竜哉!」
とはいえ、誰かがやらないことには、トラックは始まらない。
渡された棒をエンジンの正面に突っ込んで――思いっ切り、回す! 力任せに回す!
「せいっ!」
ばるるるる!
「せいっ!」
ばるるるるる……ばすん!
「おしい!」
ヤンヤの喝采で僕を囃し立てる仲間たち。フランチェスカ、タンユー、ルーシー。
お気楽なもんだ! 一番大変な仕事を俺に押し付けて。
「がんばれ♪ がんばれ♪」
何度も何度も、汗だくになりながら、クランク棒を回し、始動を試みる。
「エンジンがかからないと、作業終わんないぞ~竜哉~」
「ほんとに回るのか? これ? フランチェスカ!」
「回るって」
「ほんとか?」
「【走死走愛】よ! 竜哉! わたくしとあなたのとらつくは【走死走愛】なのだから! 立ち止まってなんていられないのよ!」
クソっ! リリーにそう言われちゃ仕方ない! 奮起せよ日本男児! アンビシャスジャパン!
「せぇぇぇぇぇいっ!」
乾坤一擲、渾身の力を込めてクランク棒を回せば、
ドルン! ドルルン!
「っしゃー!」
意固地なエンジンが、やっと回ってくれた!
☆ ☆
「んじゃ、行きますか!」
「よろしくお願い致します。リリエンタールさま、竜哉さま」
メンソレータムが深々と頭を下げると、おつきの従者、女中たちからすすり泣きが聞こえた。
何年も傍に仕えた皇女との別れは、今生の別れとなる可能性も高い。
俺たちは彼らの想いも背負って『大事な荷』を届けないといけないんだ。
責任は重大だ。気を引き締めて当たらねば。
「任されましたわ」
ブォン! ブォォーン!
リリーがアクセルを踏み込めば、見違えるほどトラックらしい排気が響く。
「必ず届けて差し上げますから。ご安心なさって、トラン……いえ、メンソレータム」
「リリエンタールさま……」
「美しき花嫁をアタガメイの王宮まで、届けてみせる! 悪役とらつく令嬢の名に賭けて!」