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3-11 瀬戸際の花嫁

イーゲイムのエージェント、メンソレータムに導かれるがまま、

隣国の実態を、直に観察することになった竜哉。


なんか、色々とイメージとは違うことが垣間見えたようで……

 白い!

 最高級シルクに金糸が編み込まれた、ロングドレスの女性だった。

 これでもか! とばかりに開いたデコルテに、北斗の拳の肩当てプロテクターも真っ青の、立体的なパフスリーブ。最高の職人の手による刺繍が、全身惜しげもなく施されている。

 紫外線避けの日傘を担ぐ女中は元より、

 長いドレスの裾を引きずらないよう、持ち上げる係の人まで帯同して……

 一団となって歩く姿は、もはや「ユニット」だ。


 とにかく場違いな、その()で立ち。

 こんなのどかな田舎で、猛烈な異物感が漂う彼女は――頭が最も浮き世離れしていた。

 そう、それは王族のティアラ。

 銀色に輝く被り物は、至尊の証。やんごとなき中でも特にやんごとなき階層の者しか身につけることを許されない、特別のアクセだった。


 スッと跪礼で頭を垂れるメンソレータム。農婦のお母さんたちも、跪いて彼女を拝んでいる。

「はっ!」

 気がつけば俺だけが、ランチタイムの姿勢のままだった。


「あ、あ、もしかして……あなたが……!」

「ごきげんようタツヤ・アワグチ。わたくしはイーゲイム王国第一皇女、アオイ・クレアトール」


 も、もしかしてメンソレータム?

 これもキミの段取り通りなの????


 ☆ 


 ここまでして、俺に何をさせようってんだ? メンソレータム?

「…………」

 仕切り直された農村ランチの席だったが……畏まってしまって食事どころじゃない。

 圧倒的な皇女さま with お付きの者たちの存在感に、背筋が伸びる。

「淡口竜哉殿」

「は、はぃぃぃ!」

「ひとつ、尋ねてよろしいかしら?」

「どうぞ皇女殿下!」

「アタガメイの民は、わたくしを拒むでしょうか?」

「あぁー…………」

 やっぱり耳に入るもんなんだな、そういうことも。

 アタガメイ帝都での反イーゲイムデモは、かなりバイオレンスな光景だったものな……


 でも俺はこう答えるしかない。

「正直なところ、俺には分かりません。なにせ他所から来た者なんで……」

 基本的に、訊く相手を間違えてるよ皇女さま。俺は異世界転生者だし。

「そうですか……」

「ただ、一般論として言わせてもらえれば……

 隣国に対する感情って、複雑なものがあるのは常ですよ。隣の芝生が青く見えるからこそ妬ましく思えたり、対岸の火事だからこそ色眼鏡で見てしまう。

 近いからこそ、情報が歪んで伝わることも珍しくない。邪な尾ヒレがついて、ね。

 そういうエキセントリックな噂に、反応してしまう者たちもいるでしょう。どの世界でも」


 てな感じに、なるべく穏便に説明しようとしたんだけど……

「たとえ嫌われていたとしても……わたくしは構わないのですが」

「えっ?」

「地政学的に、イーゲイムは大国に囲まれた緩衝国です。いずれかの国の庇護を受けなければ独立を保てない国ですから」

「弱い立場の政略結婚でも、構わないと?」

「はい。産まれた時から覚悟はできています。それがイーゲイムの女ですから」

 と皇女さま、虚勢を張るでもなく、サラリと言ってのけた。

 本物だ。この人の覚悟は、既に完了している。

「もしこの縁談が民衆のみならず、アタガメイ王家の方々からも忌み嫌われていたとしても……わたくしは嫁がねばならないのです」

「そんな……」

 いきなり輿入れ先で冷遇されるとか、残りの人生をドブに捨てるようなものだ。

 それでもいいと?

「はい」

「どうしてそこまで……クレアトールさま……」

 求められていない縁談にこだわるのか? 自分が不幸になる運命すら甘んじて?

「民のためです」

「!」


「御存知の通り、このイーゲイムは奴隷制度の残る国です。もちろん我が国も、いずれはこの制度を廃さねばならない時が来るでしょう。それが時代の趨勢というもの。

 ですが、それは早急すぎる。

 もし、ナソパ新自由主義国が主張するような急進的な移行が進められれば、誰かが犠牲になる。

 それも最も弱い者から犠牲になっていくのです。

 教育も技能もない、彼らのような農民が取り残され、不幸に見舞われる。

 そんな姿は、見るに忍びない」


 なるほど……

 上昇志向ではなく現状維持を選んだ、お母さんたちのような方々。彼らがいきなり、競争の中へ放り込まれれば、簡単に淘汰されてしまうだろうな。

 革命の美名は華々しい。

 しかし、流れる血は英雄のものではないのだ。


「もし、アタガメイとの縁談が破談となれば、わたくしは別の国へ輿入れすることになります。わたくしと歳の釣り合う王子といえば……」


「ナソパ公エンツォ・ピンタ王子しかいらっしゃいませんわね。この期に及んで、未だ許嫁の定まっておらぬ王子など」

「リリー!」

 本日の特別ゲスト、その2。

 どうしてこんな、隣国の片田舎にリリーがいるんだよ!?

「レディオシャックのおつかいの帰りよ、竜哉」

「レディオシャックって、夏管領レディオシャック・レオパードの?」

「ひっどい会議に嫌気が差して、抜け出してきたのよ」

「おつかれリリー……」

「ねぇ竜哉? こういうの【バックレる】って言うんでしょ? スガワラが言ってたわ! これもわたくしの武勇伝に追加していいかしら? 見事にバックれてやったわ!」

 喜色満面のリリー、あまりに無邪気な悪役令嬢スマイル。

 管領の頼みであれば、それなりにオフィシャルな仕事だろうに……帰ってからの言い訳が大変じゃないの?


「あの頃と変わりなくて安心したわ、リリー。むしろイキイキなさっているようで」

「ごきげんようアオイ、久しぶり」

 今更語るまでもなく、顔見知りの二人。ほんと、爵位高そうな人、だいたい友達だ、リリー。

「アオイ、事情は了解したわ」

「はぁ?」

 なに言ってんだリリー? キミは今来たばっかりでしょうが?

「エンツォが縁談を横取りしようって話でしょ?」

「掻い摘んで言えば」

 ほら、皇女さまも苦笑いだぞ?

「奴隷制度がどうのこうのってほざいてるけど、結局あいつ、アオイのことが好きなの、昔から」

「は?」

「そんな卑怯な手段で、アオイを奪われてはいけないわ!」

「では、親愛なるリアンベルテ・リリー・リリエンタール!」

「アオイ・クレアトール! 貴女の依頼、この【冬騎王】が請け負わせて戴くわ!」

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