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3-10 悪役令嬢、半年ROMってろと啖呵を切る

メンソレータムの手引きで、隣国イーゲイムへと上陸した竜哉、

そこで「奴隷の実態」を垣間見る。


同じ頃、「世界秩序会議」なるコンベンションで、リリーは困り果てていた。

 こういう事態をなんと呼べばいいのか?

 わたくし知っていますのよ。スガワラから聞いたので。

「半年ROMってろ!」ですわよね。リリーしってる。


 ナソパ王子エンツォ・ピンタの空気読めなさは異常だった。

 他国への強制力のある決議など、前代未聞である。「世界秩序会議」は、そんな会議ではない。

 と、いくら各国の代表者たちが目で合図しても、エンツォ王子は止まらなかった。

 「わきまえない男」の、なんと醜いことか……いいえ、女も醜いですわね。

 性別は関係ありませんでしたわ。


 エンツォ王子が初日顔合わせの朝食会で訴えた【奴隷解放宣言の明文化】を頑として譲らず、各国の代表全員が顔を見合わせる事態となっていた。

「ナソパ公、仰ることは理解できる。しかし拙速が過ぎるというもの」

「僭越ながらナソパ公。外交交渉とは地道な根回し、すり合わせによって合意形成なされるもの。目立てば良いというものではございませんぞ」

 額をひりつかせながら、長老衆が王子を諫めるが……

「爺様方! それが古いと言っておるのです!」

 血気盛んなエンツォ王子は怯まない。

 というか実質、各国貴族の親睦会であるこの会議で、参加者の平均年齢を大いに下げているのはエンツォ王子とわたくしである。初参加の若手は大人しく話を聞いていればいいものを。

「先例先例と過去にこだわっては、何も前へ進みませぬ!」

 それはそうだが……と渋い顔の参加者たちを尻目に、

「この中で、奴隷制度は悪ではない、と胸を張れる方はいらっしゃるのか?」

 シーン……

 そうなのだ。

 彼は正しい。

「どなたかいらっしゃるのなら、ぜひ名乗り出て頂きたい! 正々堂々、このエンツォと舌戦を戦わしましょうぞ!」

 エンツォ王子の言い分は「基本的な理念としては正しい」のだ。誰も反対はできない。

 ただ、それを他国にまで強いていいのか? という点で躊躇がある。

 自分がされたくない内政干渉を、他国に強いる――その先例を作るのが、皆、嫌なのだ。

 基本的に、国の代表たる貴族が集まった会議なので、金持ち喧嘩せず、厄介事は有耶無耶にして先送りしてしまいたい――それが参加国代表のメンタリティだ。


 しかしながら……そんな膠着状況に助け舟を出したのも、またエンツォ・ピンタ王子だった。

「考えてみて戴きたい。大陸全土の奴隷解放宣言を出したところで、困るのはただ一国、イーゲイムのみにございます」

 確かに、公式に奴隷制度を認めているのはイーゲイムだけである。

 他の国は、奴隷に類する下層階級は存在するが、制度としては(・・・・・・)存在しない(・・・・・)

「我がナソパがイーゲイム第一皇女を后として迎え、両国が固い縁戚関係を結んでしまえば……私がイーゲイムから、その非人道的な制度を廃止させましょうぞ」

 それならば内政干渉にはならない。実質的な共通君主による統治であれば、内政干渉ではない。

 ああ、なるほど、そう来たかー。

 現実的なエンツォの解決案に、参加国から安堵が漏れる。


 とはいえ、

「しかしナソパ公。イーゲイムの第一皇女はアタガメイ王室に輿入れなさるという話では?」

 情報通の貴族からは当然のツッコミも入るワケで。

「ええ確かに。しかしながらその婚姻話、頓挫しつつあるとのことですぞ?」

「なに!?」

「現地アタガメイでは民から猛烈な婚姻反対の声が上がっており、姫はアタガメイに入国すらできぬ状況と伺っております。果たして、この話が流れずにまとまりますかどうか……」

 どうせ上手くいくはずがない、とばかりに笑みを浮かべるエンツォ王子。

 なんだその余裕は?

 ムカつくな、昔からだけど。

「公よ」

「これはリリエンタール嬢。是非アタガメイの民意をお聞かせ願いたい!」

「あー……」

 もはや意識高い系の鬱陶しい演説は懲り懲りだ、適当に収めてくれ――そういう類の視線が集まる中で、わたくしはエンツォ王子に尋ねた。


「聞けばナソパ、近頃、鉱脈が見つかった石炭を用いて、蒸気機関による殖産興業が盛んになりつつあるとか」

「さすがの見識でございますな、リリエンタール嬢!」

「ところが、その排煙でナソパの都は昼も暗……呼吸器疾患の患者が山ほど……」

「あー! あー! あー!」

「しかも急激な労働者不足で、児童労働が横行……」

「あー! あー! あー!」

 子供か!

 ちょっと都合が悪くなると、あからさまに誤魔化す性格……昔から、全く変わってないな、エンツォ・ピンタ!

 (注:リリエンタール家とピンタ家は互いに交換留学する間柄。同世代は顔見知り)

「リリエンタール嬢」

「何か?」

「僭越ながら……そのような内政干渉は、いささか無作法であると存ずるが……」

 お前が言うな、お前が! エンツォ!

「無作法で申し訳ない! なにせ若輩者であるがゆえに」

 まるで悪いとは思っていない顔で、エンツォに謝罪した。してやった。

「他国の内政に口を出す輩など、この場に相応しくないと存じますわ」

「は?」

「よって不肖リアンベルテ・リリー・リリエンタール、この議場より退場させていただきます!」

 鳩が豆鉄砲を食ったようなお歴々を前に、わたくし宣言する。

「不勉強な若輩者は、態度を弁えるがよろしい! そうでございますね? 各々方?」

 と悪役令嬢ムーヴで周囲を見渡すと、

「会議よ、さらば!」

 生意気な若輩者一号(わたくし)は、堂々と退席す!

 ここまで言ったら、二号もいたたまれないだろう。

 エンツォ・ピンタの傍若無人も、これまでよ。



 ★ ★ ★



 メンソレータムの案内で、港町カモニーシからイーゲイムの都まで向かう予定だった俺、淡口竜哉だったが……

 街道沿いの大地主の家で一泊したあと、

 なぜか、奴隷さんの家で昼食を共にしています。


 ふくよかな農婦のお母さんが我々を歓待してくれた。

「いかがです? 外国の方のお口に合いますか?」

「美味しいですお母さん、お世辞抜きに」

 そりゃ美味しいに決まってる。だって、そこの畑で採れたての野菜だもの。

「それはよかった。たんと召し上がれ」


 パンとワインと野菜を、涼やかな風が通る木陰で戴くランチ。

 のどかだ……確かに地主の豪邸と比べれば質素だけれど、生きるための必要十分が過不足なく揃っている。実にのどかだ……

 これが奴隷さんの生活か……


「そういえば、お母さんはこちらにご夫婦で住んでいらっしゃる?」

「息子らは都の職業訓練校におりますんで」

「ああ、市民権を取りに……」

「私らも若い頃は市民権を夢見たこともありましたが……もうこんな歳ですから。残りの人生は、ここで穏やかにすごせれば満足ですわ」



「ええ。その思いを、私は守りたいのです」

 そんなのどかなランチに、思わぬゲストが姿を表した。


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