3-9 メンソレータムの見せたいもの
ま~た酒のせいで大惨事を引き起こしてしまった! と頭を抱える竜哉だったが……
話は意外な方向へ。
粗相の相手は、なんとあの【奴隷姫】の従者だった????
「ここがイーゲイム……」
翌日、俺はアカッサから船で隣国イーゲイムに入国した。
いや、よく入国できたな、俺?
そもそも転生者とは【素性の怪しいヤツ】である。
「別世界からやってきた」とかいう輩には、自分の素性を公的に説明する方法がない。
むしろ俺は幸運だったのだ。
フランチェスカという変わり者と出会って、保護してもらえただけでも。
スガワラさんがいい例だよ。結局、彼は奴隷として売られてしまったんだから。
アタガメイは表向き「奴隷制度は廃止された」ってことにはなっているが、貴族のプランテーションの労働者、債務奴隷、もしくは身寄りのない子とか、その辺が人身売買の対象になっているのは事実らしい。社会の枠からはみ出してしまった部分は、見て見ぬふりをされているのが実情だ。
こと貴族の内々の話ともなれば、咎めようがないのである。
そういう意味でも、このイーゲイムという国には好感は抱けない。
そもそもの話、現代人の感覚で異世界のモラルを語るのは傲慢すぎるが……
奴隷はイカンだろ、奴隷は……人として。
この港湾施設でも多数の労働者が荷運びを行っているが……あれも奴隷なんだろうか?
それにしては足枷も首輪も焼印も見当たらないけど……
主人に命じられるがまま苦役に就かされて、使い捨てられる――さすがに中世レベルの通念がまかり通る社会でも、痛ましい。
「こちらです、竜哉さま。馬車をご用意しました」
俺が嘘みたいスムーズに入国できたのは彼女、メンソレータムのお陰だ。
本職は【奴隷姫】の側近らしいが、こんな『危ないこと(素性の怪しい外国人を手引する)』をやってる以上、本名はマズい。
(公衆の面前なら)メンソレータム(仮)くらいで丁度いい。
うっかり本名を漏らしてしまう危険を考慮すれば、知らない方がマシだ。
そんな有能エージェント、メンソレータムの段取りで、何も疑われることなく、俺はここ、イーゲイムにいる。
それにしたって上手く行きすぎなのは【最初から計画されていた】からだからだろう。
俺が堤の修繕現場で無償奉仕したがっていたのを知っていたのも、
そこで美しい医療助手が俺を篭絡したのも、
俺の性格を承知の上で、皇女の救難メッセージを聞かせたのも、
全部、掌の上だったんだ。
彼女――メンソレータムの。
☆
そこから俺はメンソレータムの案内で、イーゲイムの都へ向かうことになった。
「なるほど……」
フランチェスカの言っていた通りだ。
馬車から見える風景は、地平線まで続く金の絨毯だった。
「聞いていた通りの、農業国なんだ……」
数kmごとに宿場町が設定されているが、広大な畑に小さな集落が点在する景色が基本だ。
でも……
正直、あまり裕福な国には見えない。
アタガメイを始め、周辺国は機械化の入り口にいる。近い将来、蒸気機関や内燃機関で世界は一変するだろう。
しかしこのイーゲイムは、そんな気配は全く感じられない。
家畜を使った古くからの伝統農法ばかりだ。
近代化の目印である電柱も立ってないし。
いやま、それを鵜呑みに出来ないのが、魔法のある世界なんだけど……「必要は発明の母」という言葉を簡単に超越するのが、魔法の存在だからな。
☆
用意周到のメンソレータム、街道沿いの大邸宅で馬車を停めた。江戸時代の日本で言うなら、庄屋とか名主クラスの、地元の名士の家だ。
「ようこそおいでくださいました、スタグ……いえ、お名前は伏せた方がよろしいですね?」
「ご配慮、痛み入ります」
「長旅でお疲れでしょう。ささ、こちらへどうぞ」
「ほー」
広々とした屋敷の裏手は、小麦、蕎麦、トウモロコシ、芋、豆などの畑が広がり、果てが見えないほどだ。そこでは沢山の農夫や農婦たちが畑仕事を行っていた。
「……もしかして、あれが?」
「ええ、皆、奴隷です」
「でも……」
なんかイメージと違う……
「お客人、外国の方ですかな?」
家主の旦那が、穏やかに尋ねてきた。
「ええ、まぁ……」
「外国の方は、よく戸惑いなさる。『あれが奴隷なのか?』と」
だって……それは当然じゃないか?
「ボロボロの衣服に鉄球の足枷をつけて、焼印の被差別民が働いていると思いましたか?」
正直……
「いやいや外国の方、『奴隷は財産』ですから。少なくとも、このイーゲイムでは」
「財産?」
「粗末な扱いなど出来ませんよ。そんなことしたら逃げられてしまうではないですか」
そうか。足枷も焼印もない彼らは、逃げようと思えば逃げられるのか……
「奴隷に逃げられたなど、主人の恥ですよ、お客人」
「そうなんですか?」
「奴隷の衣食住に関しては、主人が保証しなくてはならない。イーゲイムでは法律に明文化されています」
知らなかった……
「まともな待遇を与えれば、逃げ出す奴隷などおりません。野山で隠れ住むよりも、雨風をしのげる宿舎の方がマシに決まっています。ちゃんと食事も出ますしね」
「そりゃ確かに」
「それに、彼らが望めばイーゲイムの市民権だって獲得できますから」
なんと!
「相応の対価は必要となりますが……それを稼ぐための専門教育や職業訓練も受けられます。彼ら自身が望みさえすれば。見込みがありそうな子なら、私どもから教育機関へと推薦状を送ることも珍しくないのです、お客人」
「マジすか……」
「逆に、そこまで頑張る意思も才能も自分にはない、と思うのなら、この農村で働き続けることもできる。彼らのように」
農園の彼らは、和やかな会話を交わしながら、リラックスして作業しているように見える。
あからさまな強制労働の痛々しさなど窺えない。
穏やかで安穏とした田舎の風景だよ……
「なんか……想像していたのと違う……」
意外なほど、上昇志向と現状維持のバランスが採れた世界じゃないか?
強欲な主人が、ムチで非人道的な激務を強いる……そんな絵面とは程遠い。
「村の生活も悪くはないですよ。結婚もできるし、自宅も持てる」
「奴隷が、ですか?」
「ええ。家を建てるのなら、私どもが彼らに資金を用立てます。金利手数料はこちら持ちで、長い期間をかけて返せばよいと」
へー……
「子供が産まれれば祝い金を贈るし、三歳と五歳と七歳の節目には、無事育ったことを神に感謝する儀式を行います。
そして、ヴァルハラへ送る際も我々が面倒をみます。葬式から墓の手配まで、手厚くね」
☆ ☆
夕刻、日の入りと共に農作業を終えた奴隷たちは、母屋の外れにある小さな祠に立ち寄った。
邪魔にならないように覗いてみると――それは、ささやかな礼拝堂だった。
祀られていたのは、名も知らぬ土着の神さまだったけれど……
俺はそれを、とても尊いと思った。
安らかな一日を過ごせたことに感謝する彼ら彼女らを、「穏やかだな」と感じた。
そこには、自らの境遇に対する卑屈さも、不平不満も、醜い嫉妬もない。
あるがままの自然に足りている、という安らぎがあった。
「竜哉さま」
「メンソレータム……」
「私たちも祈りませんか?」
「いいのかい?」
「神は、あなたと私のここにいますから。信じるものしか救わない、なんてケチなことは仰っしゃりませんよ」
彼女、自分の胸と俺の胸に手を当てながら、そう呟いた。
そして俺は、他国の神の寛容さに感謝しながら、聖母の像の手を合わせたのだった……
☆ ☆ ☆
「ハァ!?!? そんなの許されると思ってんですか? このご時世に? ナンセンス!」
同時刻、都の会議は荒れに荒れていた……などと、その時の俺は知る由もなかった。




