1-4 竜哉、異世界でもやらかす
超一級のパトロン、ゲットだぜ!
思いがけない展開に、テンション爆上がりのフランチェスカ。
でも、果たして、そう簡単に話は進むの?
「話は理解った!」
「理解ったのかよ!」
あまりにもあまりなほど安直に応えるフランチェスカ、思わず俺も反射的にツッコむ。
その衝動を抑えきれなかった。
☆
上機嫌のリリー嬢様がお帰りになっても、フランチェスカのうかれ気分でRock'n' Rollは収まらなかった。
うへうへ赤ら顔で、お手製の蒸気機関(?)に頬ずりしてる。
変人だ、変態だ、不審人物だ。
事情を知らないお巡りさんがコイツを見たら、即座に鉄格子の閉鎖病棟へ放り込まれるだろう。
ターミネーター2でサラ・コナーがブチ込まれていた、アレに。
「なぁ、フランチェスカ……良かったのか? あんな安請け合いして?」
まさに【安請け合い】だ。
なにせフランチェスカに限らず、この世界の民は「トラック」が如何なるものなのか、見たこともないし知りもしない。
【概念】がないのだ。
フランチェスカだって、蒸気機関らしき構造物を組み上げていたものの、これをどうやって実用化したらいいのか思いつかなかったから、工房内で無用の長物と化していたんだろう?
そもそも、この世界には【魔法】が存在する。
ちょっと面倒なことは魔術師に処理を任せれば、そこそこ解決してしまう。
なかなか工業化が進展しないのも、そのせいだろう。
「トラックなんて作れるのか?」
「さぁ?」
「さぁ、ってお前…………」
なんていい加減な。
「大丈夫! 大丈夫よ竜哉!」
「根拠あるのか? そう言い切れる根拠は?」
「貴族のお嬢が欲しがる乗り物なんて、なんか一風変わった馬車でしょ? 『馬が牽いてないのに馬車が動いてますわ! 不思議でしょ?』とか自慢したいのよ、貴族様の集まるサロンで!」
悪い顔フランチェスカ。詐欺師の顔だ。悪徳コンサルの顔だ。
こいつを現代へ連れ帰れば、サイコパス女優として一世風靡するに違いない。
「だぁーいじょぶだぃーいじょぶ! もう勝ったも同然よ! もう勝った! 儲かったァ!」
☆ ☆
「だいたいやねぇ!」
なんだお前は? 竹村健一か? サザンオールスターズか?
「リリエンタール家といえば! 都でも指折りの名家よ! お金持ちなのよ!」
酒臭い。
僕の首根っこを抱えながら管を巻くフランチェスカ。完全に出来上がっている。
前祝いと称して酒場へ繰り出すフランチェスカ。
当然、僕に拒否権はない。居候なので。
事務所の社長や先輩に誘われた時と同様、唯々諾々とお相伴に預かる立場だ。
「使っても使っても使い切れないほどのカネ持ってる! お大尽なのよ!」
「そうなの?」
「自分の欲しい物があれば、金に糸目をつけず、ジャンジャン使ってくれるパトロンなの!」
ま、中世の貴族なんてそんなもんだろうな。
領地からの税収を湯水の如く浪費できる特権階級だもんな。
「そんなお嬢様とコネを得られるなんて、錬金術師として最高の出会いよ! ベストマッチよ!」
「はぁ……」
「これでもう、胡散臭い精力剤とか化粧品で小銭稼ぎしなくともいい。研究費を捻出するために、要らん知恵を絞る必要もなくなるのよ! 分かる竜哉、分かるぅ?」
分からない。
学者先生の懐具合なんて、分からんよ。
俺の生きてきた業界とは世界が違う。
でも、
「分かる」
そう言わないと泣くからコイツ。女は共感の動物なので。一度臍を曲げたら、明日まで尾を引く。それはもう現代でも異世界でも変わらない。古今東西、どこでも通用する鉄則だ。
「分かるフランチェスカ、大変だった! お前よく頑張った! 偉いよお前、立派だ」
「ちーがーうー竜哉……」
急にしおらしくなった酔っぱらい錬金術師、メロウな転調で俺に囁く、
「あのお嬢を連れてきてくれたのは竜哉、あなたよ? あなたこそ幸運のキューピット、私を幸せにしてくれるフォルトゥーナよ」
いやはや、やはり酒は魔物だ。
錬金術師というよりは、生き馬の目を抜く敏腕拝金主義者として、日々、損得勘定に余念がない女も、ちょっと飲みすぎたらコレだ。
恥も外聞もなく取り乱し、泣いたり甘えたり、感情の虜となる。
ダメ! 飲みすぎゼッタイ! 酒は人生を誤らせる悪魔の飲み物だ!
「ミスター・フォルトゥーナ……あんたも呑みなさい、ちったー付き合いなさいよ!」
「俺は呑まん!」
そう固く決めたのだ。
違う世界へ転生したからノーカンノーカン♪ ……なんてお気楽極楽にはなれないよ、俺は。
「えぇ~? いいじゃんいいじゃん、今日くらいいいじゃ~ん? この都でも最上級のパトロンをゲットした記念日なんだよ? フランチェスカ・フランケンシュタイン、はじまったな! くらいのオメデタイ日なのに~♪ 一緒に祝ってくれよこの唐変木! 朴念仁!」
痛い痛い、脇腹つねるなフランチェスカ!
「ねー? いいでしょ竜哉~少しぐらい付き合ってくれても~今日だけ! 今日だけだから!」
ごくり……
僕の鼻先に掲げられた彼女の手には――
シュワシュワと泡が立ち上る黄金色の上面発酵酒。清涼な香料が鼻を刺激してくる。
この心地よい苦味フレーバー。油っこく塩っぱい肴ばかり食べた舌には、禁断の風味だ。
「竜哉ぁ~」
ごくり……
「す、少しならいいか……」
どうせビールだ。アルコール度数も低い。蒸留酒とは違うのだよ蒸留酒とは。
ホンの一杯や二杯程度で酔うものか。
☆ ☆ ☆
「やっちまった…………」
ちょいと一杯のつもりで呑んで、朝、目覚めたら、このザマだ。
「どしたの竜哉? KONOYO NO OWARIみたいな顔して~?」
頭を抱える俺を覗き込んでくるフランチェスカ。
「そんな落ち込むこと?」
「そりゃ落ち込むよ……」
自制心の箍が外れて家主様を襲ってりゃ世話ないって。
「記憶にございません!」と言えるのなら、まだ救いがあるかもしれないが……バッチリと覚えている。一杯が二杯、二杯が三杯と酒が進むうち、理性は蒸発。
いいではないかいいではないか状態で家主様をベッドに押し倒していた。
「嫌よ嫌よも好きのうち、が夜のスパイスでしょうに?」
そりゃ独り身同士の自由恋愛なんだから、その辺の塩梅は阿吽の呼吸かもしれないけどさ……
(それじゃダメなんだよ俺は)
無責任なアバンチュールはもう禁止、って固く誓ってたのに……
「夜の営みは夜の営み。お日様が登れば、後腐れなく日常を取り戻すのが大人の嗜みよ、竜哉」
昨夜の残り香を振り払うように、ベッドから降りたフランチェスカは――
普段通りに、錬金術師の顔で身支度を整え始めた。
デキる女だフランチェスカ・フランケンシュタイン。オンとオフをバチッと切り替えられる。
それに比べて俺は……
『おい竜哉! 今度こそ約束だからな!』
『お前ホント、酒さえ呑まなければ良いヤツなんだから、とにかく酒は止めろ!』
「ごめん……」
俺、また約束を破っちまった……
あんなに散々言われたのに……俺のことを思って、皆が諌めてくれたのに……
異世界へ転生しても、俺という人間は全く変わっちゃいない。
(もうホント、死んだほうがいいな……)
やっぱり俺は吸血鬼に吸い殺されてた方が良かったんじゃないか?
「あっ! これはリリエンタール嬢様! お早いお出ましで!」
いまだgdgdベッドの上で、出来るだけ迷惑のかからない死に方を考えていると……
「錬金術師先生! とらつくの諸元をまとめてきたわ。目通し戴けるかしら?」
工房の方から弾む声がした。
「ええ、もちろんです嬢様!」
朝イチで意気込むリリー嬢と、パトロンの来訪にご機嫌フランチェスカ。
まさにウキウキ・ウェイク・ミー・アップな朝である。
俺を除いて。
だが……
そんな平穏も、
「うえええええええええ!?!?」
錬金術師の素っ頓狂な声で、突然の終焉を迎えた。